帝国
魔道具と聖域を使えば、帝国なんてすぐだった。
アランは、わざわざ昔使った筆頭魔法使いの服で、帝国の宮殿に行く。
「それ、目立ちますよ」
「この服には色々としかけがあります。隠し通路にかかった迷いの魔法を効かないようにするのですよ」
「なるほど」
だから、わざわざ着替えたのか。隠し通路をうまく歩いて、アランはどこに向かうのか、僕はわからない。ただ、ついていくだけだ。
しばらく歩いていくと、執務室に出た。そこには、さっき見た、エリカにそっくりの人が仕事していた。帝国の女帝だ。アランが突然、隠し通路から出てきて、驚いた。
「お、お父様!」
「お久しぶりです。突然ですが、ロンガールとヘインズを呼んでください」
「ヘインズはもう」
「生きてるほうだけでいいです」
アランもかなり高齢だから、知り合いもだいぶ、亡くなっている。
いきなり来て、人を顎で使うアランに、なんとも不機嫌な顔を見せる女帝。父親なんだから、抱擁とかあってもいいはずなんだけど、アランは突き放している。
女帝は人を呼び、まだ生きているロンガールを呼びに行かせた。しばらくして、かなりよぼよぼのおじいちゃんがやってきた。
「ア、アラン!」
「生きてたんですね」
「ザガンは死んだよ」
「………そうですか」
ちょっとだけ、アランは悲しそうに顔を歪めた。ザガンという人は、アランにとって、思い入れがある人のようだ。
ロンガールは、今にも倒れそうなので、アランのほうから手をかした。
「僕が皇族教育した三人は元気ですか?」
「元気だ。今は、女帝の補助をしている。なあ」
「あの、一体、誰なのですか? その三人って」
思い当たる人がいないようだ。女帝が困っている。
「表に出ないように動いていますね。さすが、優秀です。ライアン、コモン、テリウスです」
「え、嘘」
全然、気づいていなかったみたいで、驚く女帝。
「ライアンはかなり優秀ですから、使いなさい」
「でも、私の前では怠け者です」
「あなたは人を使うのが下手だからですよ。ライアンは相手を選びます。僕がきちんと頼んでおきますので、三人を呼んでください」
渋々、また、人を使って呼ぶ女帝。今日は、とっても忙しそうだ。
「あの、この二人を紹介してもらっていいですか?」
ちょっと時間がかかるようで、僕とロバートのことを気にする女帝。
「こちらは、僕の弟子のポーです。その隣りは、例の妖精男爵家に代々使える妖精の子孫ロバートです」
あえて、僕の身分を隠すアラン。うまいな。
「私も、妖精憑きになりたいわ。きっと、みんな、私を認めてくれる」
妖精憑きの皇女が死に、残ったのは普通の皇女だったから、過去、色々とあったのだろう。
アランは女帝の愚痴を聞き流す。女帝としては、父親に何か言ってほしいだろうに、アランは冷たいな。
「アランアラン、ほら、娘に何か言ってあげなよ」
「父親失格の僕からは何も言えません」
「いっぱい、子育て経験あるってのに、それはないよ」
「え、子育て経験って、他にも子どもがいるのですか!?」
「いませんよ。僕が魔法使いの修行をした家では、子どもがいっぱいいたんです。そこで、修行しながら、子育てを手伝いました。アナスタシア様も育てましたね。ポー、あなたも僕が教育しました。昔は帝国では、魔法使いの教育もしましたよ。皇族まで教育させられましたね。もう、うんざりです」
いっぱい子育てしたようで、アランは疲れた顔をした。
「私も、お父様に育てられたかったです」
「意外と、娘は失敗したかもしれませんよ。ほら、キリト様は娘と孫、両方、失敗しましたから」
あ、失敗例は僕だ。確かに。
「血が繋がらないから、良かっただけですよ。きっと、血の繋がりのある娘たちは、僕ではダメにしてしまったでしょう。十分、あなたは優秀ですよ」
優しい顔で最後に誉めるアラン。それをちょっと喜ぶ女帝。なんだかんだいって、アランは人を操るのがうまいな。ちょっと勉強しよう。
そうやって、話しているうちに、アランが呼んだ三人がやってきた。
一人は眼鏡をかけた勉強できますなコモン、一人はガタイしっかりしたテリウス、一人はちょっとつかみどころがない風格のライアンだ。
アランを見て、三人はアランの前で跪く。
「お久しぶりです、師匠!」
「お元気でしたか、師匠!」
「生きてたんですね、師匠!」
ライアンだけ、ちょっと言い方がずれている。確かに、ライアンは使うには、難しいのかもしれない。
「そういうのはやめなさい。あなたたちは皇族です。僕より上です」
「ですが、アランはもう、筆頭魔法使いのあの焼き鏝、なくなったんでしょう」
「それでも、僕は帝国の魔法使いとしての誇りはあります。ほら、立ちなさい」
アランに言われて、三人は立った。
「この三人は、僕が育てた皇帝候補です。ほら、お前たち、僕の娘の力になりなさい」
「はい」
「わかりました」
「ええーーーー!?」
やはり、ライアンだけ、否定的である。やっぱり、ライアンは難しいかも。
女帝としても、ライアンはいらない、みたいに見ている。
「もう、仕方がありませんね。ライアン、約束通り、僕を捕まえたご褒美をあげましょう。覚えていますか?」
「えー、今更ー?」
「随分、経ちましたね。でも、欲しいでしょう、僕が育てた暗部」
「欲しい!!」
ライアンはアランの出したご褒美に食いついた。
「アランの暗部、今でも欲しいです! だって、アランが育てた妖精憑きの暗部ですよ!!」
「そんなもの、持っていたのですか!?」
僕もびっくりだ。この穏やかに笑うアランの見えない恐ろしさを感じてしまう。
「僕はただ、使えない妖精憑きを暗部向きの才能へ伸ばしてあげただけです。さて、どうしますか? ライアン、僕の娘の力になってくれますか?」
「いいよ、それで」
「………見た目も声も、ライオネル様と瓜二つになりましたね」
アランはライアンを忌々しいとでもいうように睨む。
「俺、一番お祖父様にそっくりだから。ほら、俺、じゃなくて、私の所に戻ってこい、アラン」
「………似ているだけに、タチが悪い。そういう悪ふざけはやめなさい。ただし、カシウスはあげません。カシウスは僕の側にいたいというので、除外です」
「相変わらず、カシウスはアラン大好きだな。いいぞ、それで」
これで、交渉は終わったようだ。ただ、何故、帝国にわざわざ僕を連れてきたのが謎だ。
「ロンガール、次の筆頭魔法使い候補はいますか?」
「二人ほどいる。もしかして、鍛えてくれるのか?」
「二人ですか。なら、その二人をちょっと借ります。王国側で、とても珍しい妖精事件が発生しています。きっと、良い経験になります」
「わかった。呼んだ」
ロンガールは妖精憑きなので、妖精で人を呼んだ。
「それで、一体、どんな妖精事件なんだ?」
気になるロンガール。リリィって、事件になっちゃうんだ。
「大魔法使いアラリーラの再来かもしれませんよ」
「伝説の? 大魔法使いアラリーラの正体は、筆頭魔法使い以上、皇帝しか知らないこととなっている。今だと、伝える者がいなくなってしまったから、誰も知らないが、アランは知っているのかい?」
「僕は父上から直接聞いています。父上は、アラリーラの側仕えでしたし、筆頭魔法使いになって、賢者まで昇りつめた方です。筆頭魔法使いとなるのなら、実際に見たほうがいいでしょう」
それは僕に向かっても言っていることだ。
そうしていると、筆頭魔法使い候補二人がやってきた。
「お呼びでしょうか、ロンガール様」
「ただいままいりました、ロンガール様」
礼儀正しい二人だ。妖精もまあ、いい感じだ。
「二人とも紹介する。元筆頭魔法使いのアランだ」
「え、伝説の!!」
「皇帝殺しの!?」
驚く二人。アランって、帝国ではすごい存在なんだ。帝国に行ったことがないから、知らなかった。
「名を名乗りなさい」
穏やかな物腰で名乗りを許すアラン。ここにきて、立場が上であることを示した。
「私は、サイゼルと申します」
「俺は、ヒアートと申します」
「僕はアランです。そちらの子は、王国での僕の弟子ポーです。ポー、ご挨拶してください」
「アランの弟子のポーといいます。若輩者ですが、よろしくお願いします」
サイゼルとヒアートは僕とそう歳がかわらないが、立場的には、僕は身分を隠しているので、丁寧に挨拶する。
そうすると、サイゼルとヒアートは、僕の実力を目で推し量ろうとする。アランの弟子だから、そういうふうに見ちゃうんだろうね。僕なんて、力技だけで、大したことないのに。
「人が揃ったので、王国に行きましょう。荷物はなしですよ」
「え? 今?」
「今です。それでは、皆さん、さようなら。ほら、ポー行きますよ」
「待ってください! 一泊ぐらい、していってください!!」
「時間が経つと、とんでもないことになります。急いでいますので、引き止めないでください。また、機会がありましたら、会えますよ」
女帝の言葉も切り捨て、アランはさっさと隠し通路に入っていく。僕は置いていかれると帰れなくなるので、さっさとついていく。
ロバートの後から、サイゼルとヒアートも続いた。




