悪魔憑きの女
戦地までは途中からは徒歩となった。歩兵にあわせて、戦車が先を進んでいく。私は、無言で下を見て歩くしかない。
時々、まわりの兵からこずかれたり、わざと足を引っかけられて、転ばされたりする。隊列を乱した、と上官に殴られた。
生傷が絶えない毎日だ。この戦争のために、私は軍隊にいれられ、教育された。人には見えない悪魔が憑いている、ということを孤児院から国に報告され、軍に無理矢理いれられた。
私にはほとんど人権はない。だって、悪魔憑きだから。私についているのは二体の悪魔だ。声は聞こえるけど、何を話しているのか、さっぱりわからない。この二体の悪魔は、私には触れるらしく、寝坊した時は起こしてくれたり、危ない目にあいそうになると助けてくれる。
それを見た人たちが、悪魔憑きだ、と私を罵り、石を投げた。
私に憑いた悪魔は、私に優しい。だけど、人間は優しくない。
この行軍だって辛い。十六歳と若いから、という理由で歩兵と一緒にされた。私は、本当は、乗り物に乗っていく話となっていたが、上官が気に入らないと、乗り物から蹴り落とした。
この戦争で、役に立てば、私は許されるという。悪魔憑きなのは、きっと先祖が罪人だからだろう、と言われた。その罪を償うためにも、戦うしかない、という。
そして、戦場に立った。
ただの山の中腹だ。その向こうに岩を積み立てて出来た安っぽい砦がある。あんなの、戦車の玉一発で簡単に壊せるだろう。
「おい、悪魔憑き! お前が敵の悪魔を妨害しろ!」
「はいっ!」
見れば、確かに砦の中にいる。でも、私が知ってる悪魔じゃない。よく、絵本とかで描かれている妖精が、いっぱい、溢れて地面に降り立つ。
「お願い、行って!!」
言葉が通じないから、祈るようにいう。私の悪魔は、あの妖精たちを蹴散らした。やった!
ところが、その動きが止まる。私に憑いた悪魔が、砦へと吸い込まれていった。なんで!?
そして、地面がどんと大きく揺れた。
「おい、悪魔憑き! 何ふざけてる!!」
「知らない! 私、やってない!!」
「この、役立たずが!!」
上官が私を殴る。痛いっ!
そこから、意識がなくなった。
気づいたら、見知らぬ所の地べたに転がされていた。苦しいとか辛いとかはない。体は普通に起こせた。周りの兵士たちは、わけがわからない状態だ。
呆然としている中、場違いな子どもが兵士をかき分けて、私の前にやってきた。にこにこと笑っている子どもだ。
「ダメだよ、こんなオスばかりの所にいちゃ。妊娠しちゃう」
私だけに聞こえるように、耳元でささやき、私の腕をつかんで引っ張った。
「ザクト叔父上、ザクト叔父上、ほら、僕の戦利品ですよ。別の部屋にいれてください。混ぜたらダメです!」
そうして、別室に閉じ込められた。
簡単な自己紹介の後、私は泣いて、そのまま眠ってしまった。気づいたら、部屋の中で一人にされていた。
ここがどこなのか、わからない。ただ、あのポーという子どもの服装は、敵側のものだった。
「逃げなきゃ」
敵は悪魔憑きがいっぱいいると聞いた。悪魔憑きは、先祖が罪をおかした証だと教えられた。
あんなに優しそうな笑顔のポーも、悪魔憑きだから、先祖に罪があるのだろう。
出入口は一か所。私はそこに手をかけるが、動かない。
「なんで!?」
押しても引いてもあかない。鍵らしきものも見当たらなかった。
他にも出口がないかベッドの下とか覗いていると、あのドアが開いた。黒い執事服を着た私とそう歳のかわらない男だった。
「起きましたか、スズ様。何か食べたい物か飲みたい物はありますか? 体、汗で汚れているようなら、お湯を用意しますよ」
「………」
「私は、ポー様の側近をしています、ロバートといいます。ポー様の下僕ですので、安心してください。スズ様には、怖いことはしませんよ」
「ここ、どこ?」
優しそうだけど、距離をおいた。ロバートは、持ってきた水差しをベッド近くのテーブルに置いた。
「ここは、王国側の北の砦です。あなたは、ポー様の捕虜となりました。よかったですね、ポー様に選ばれて」
「あの子、いらない子って言ってたけど、本当?」
「本当ですよ。ポー様は、王国にとっては、生まれてきてはいけなかった子どもです。でも、王国のことが大好きですから、王国のためのことを頭の片隅で考え、ほとんどは暇つぶしをすることを考えていますよ」
「????」
どこか、おかしなことを言っているような気がするが、お腹が空いた状態なので、あまり頭が動かない。
悪い人ではない、と思った。暴力をふるわれないからだ。いつも、私は暴力をふるわれてばかりだ。こんなふうに、何もされなかったことはない。
「もうすぐ、ポー様が来ますよ。こちら、公国のお菓子ですよ」
「いいの?」
見たことがない、綺麗なお菓子だ。お菓子なんて、軍隊で食べさせてもらえなかった。
「スズ様は公国で生活していましたから、王国のお菓子は口にあわないだろう、とポー様が準備させたのですよ。食べてください」
「ありがとう」
すごく、嬉しい。いっぱい、いっぱい、私のために、と用意してもらえたことが、胸を熱くした。
食べると、ものすごく甘くておいしい。優しくされて、また、涙がこぼれる。止まらない。
「残念ながら、食事は王国の味付けです。僕やポー様が作るよりは美味しいですよ。前線なので、許してください」
「大丈夫、腐ったパンでも食べられる」
「………そうですか」
ロバートの声が低くなる。どんな顔をしているか見てみるが、普通に笑顔だった。怒っているような気がしたけど、気のせいか。
王国側の食事を食べ、服も王国側のものにかえられた。お風呂は前線だから無理だから、とたくさんのお湯とタオルを貰った。なんだか、待遇がすごくいい。
綺麗にさっぱりして、ベッドで横になっていると、ポーが来た。とてもご機嫌そうに笑っている。
「スズ、スズ、スズー、よい子でいたんだね。聞いたよ、ご飯ちゃんと食べたんだって。偉いねー」
「ごちそうさまでした」
「僕もロバートも料理は下手だからね。今のうちに、いっぱい味わっておくといいよ」
「? 私、公国に戻されるんでしょ?」
今まで、捕虜になった兵士は、全て、公国に戻されていた。王国に残った捕虜は一人もいない。
だから、この待遇も一時的だと思った。
「君は僕の戦利品だから、王国に行くんだよ」
ポーの声のトーンが下がる。怖くなった。殴られるかも。
私がベッドの上で震えていると、ポーは子どものくせに、無表情で私を見る。
「君は僕の猫になるんだ。本当は、生きた猫を飼いたいけど、すぐ死んじゃう。だから、君を猫の代わりに飼うんだ」
「意味、わからない」
「僕は一生、一人だ。だったら、僕に付き合ってくれる猫が欲しい。君は、僕の猫になって、一生、僕の傍で寝てればいい」
「私は、猫じゃない」
「ニャーと鳴いていればいいんだよ。それ以外、必要ない。変なオス猫も近寄らせないからね。ロバート、首輪を用意して」
話が通じない。ポーは一方的に話をぶったぎって、別室にいるロバートに命じた。
すでに準備がされていたようで、ロバートは、赤い皮の首輪を持ってきた。
「ポー様、猫にしちゃうんですか。てっきり、恋人にすると思ってました」
「僕は子どもが持てないだろう。あと、検査もしといて。離宮に入れる時に、困る」
「離宮に行ってからにしてください。僕は男ですからやりません」
「前線には女はいないからな。公国は、よくも女を前線になんか連れてきたものだ。可哀想に」
首輪を付けられて、ものすごくショックを受けている私の頬をポーが撫でる。
誰にも必要とされないポーを私は可哀想だと思う。そのポーに可哀想と言われる私は、もっと可哀想なんだろう。
だけど、不機嫌になっても手をあげないし、話が通じないポーは、私が今まで会った人の中で、一番優しい人だった。
夜はポーと一緒のベッドに眠った。ポーは小さい体を私にぴったりとつけて眠る。私に殺されたりしない、と思っているのが不思議だ。つい昨日まで敵だったのに。
殺したりはしない。ポーの傍にいるのだから、奉仕しないと。
私は眠っているポーに口づけ、舌をいれた。
「何してるの!!」
眠っていると思われたポーが起きて、私と距離をとる。口を乱暴に手でぬぐった。
「何って、奉仕を」
「猫はそういうことしなくていいの!! ていうか、奉仕って、誰に教えられたの!!!」
「私は悪魔憑きだから、こういうことをして、罪を洗い流さないといけないって」
「ふーん、そうなんだ。でもね、僕は子づくりしちゃダメなの。君の奉仕は子づくりだよね」
「そう。でも、薬飲んでるから、大丈夫」
「ロバート! ロバート!!」
隣室にいるロバートを大声で呼ぶポー。
寝巻姿のロバートは、寝ていたのだろう。目をこすって入ってきた。
「どうかしましたか? おねしょですか?」
「僕のおねしょは五歳で終わったよ!」
「怖い夢でも見ましたか?」
「そういうのも、卒業したよ!!」
「では、どうしましたか?」
「大変だ。スズは離宮に入れない」
「え、やっちゃったんですか!? ポー様、子どもなのに、そんなませたことを」
「僕じゃない! 公国の奴ら、もう、やってた!?」
「えええーーーー!!!」
とても大変なことらしく、ポーとロバートは困ったように、私を見た。