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公国の妖精憑き  作者: 春香秋灯
妖精のお茶会
29/56

リリィ リリィ

 ふと、夜中に起きる。外が騒がしい。でも、誰かが騒いでいるわけではない。ものすごく遠くで、誰かを呼んでいるようだ。

「ポー様、大丈夫ですか?」

 僕が起きたから、ロバートが起きてきた。僕となんらかの繋がりがある妖精の子孫ロバートは、僕のことが僕よりもよくわかっている。

「スズがいないからかな?」

 今日からしばらく、スズは御門家でお世話になっている。

 スズは定期的に公国の陰陽師に式神の使い方を習っていた。ちょっと、阿部明人が気になったけど、御門家がしっかりと守るというので、そこは信じている。それに、万が一のことがあれば、僕は阿部家の地脈盗っちゃえばいいんだよ。

 僕ももうそろそろ学校に通う年頃だ。スズはもう成人を過ぎてしまっていて、歳の差も、経験値の差も全然、縮まらない。仕方がない、僕は遅くに生まれたんだから。

「ねえ、ロバート、外が騒がしいんだけど、聞こえる?」

「ああ、その、なんとも」

 ロバートは言葉を濁す。ロバートは自分が何者なのか、隠している所がある。たぶん、妖精の姿を見たり、声を聞いたり出来そうな気がするのだけど、ロバートはそこのところをはっきりさせない。

 無理に聞き出さないで、そこのところは放置する。

「ものすごく遠くで、名前を何度も連呼してるみたいなんだ。ロバートは聞こえない?」

「いえ、聞こえないですね」

「本当に?」

「使用人を呼んだらどうですか」

「こんな真夜中に悪いよ。朝には聞こえなくなっているだろうから、気にしないことにする」

「では、僕は椅子で寝ています」

 ロバートは時々、僕が心配になるらしく、同じ部屋で寝ようとする。一緒のベッドでいいのに、椅子で寝るんだ。

「今日はスズがいないから、一緒に寝ようよ」

「僕は下僕です。そんなポー様と同じベッドなんて恐れ多い」

「子どもの時は、一緒だったのに」

「それは、ポー様を妖精に攫われたりしないためです」

「え、妖精って、攫うの?」

 初めて聞いた。

「ポー様はたぐいまれな妖精憑きですから、妖精だって欲しがります。気を付けてくださいね」

「もう、大きくなったから、そう簡単に唆されないよ」

「だといいですが」

 それでも心配なので、ロバートは椅子で寝てしまう。

 僕は一人、広いベッドを使う。僕は随分と大きくなってしまったので、もう、スズと一緒に寝るには、ちょっと手狭になってきた。

 学校に通う頃までには、スズと別々のベッドにしないといけないな。





 そして、朝になっても、なんか、遠くで人を呼ぶ声が響いてくる。これはあれだ、妖精の声だ。間違いない。人だったら、こんなに声をずっと出していたら、疲れるよ。

「何かあったのかな?」

 とても気になる。こういう現象は初めてだ。だから、僕はこういう事に詳しい人の元へ魔道具を使ってひとっ飛びすることにした。

 それは、魔法使いの最高峰の教育を受けた、魔法使いアランだ。魔道具を使って北の砦に到着。相変わらず、有害物質の湖は、範囲をどんどんと公国側へと侵略していっている。契約違反って、怖いね。

 ロバートと一緒に適当に歩いて行けば、アランが剣の鍛錬をしていた。うわ、むちゃくちゃ鍛えてるよ。かなりお年寄りなはず。

「アラン、こんにちは」

「おや、殿下ではないですか」

 鍛錬中は気迫がすごいのに、僕が声をかけると、いつもの優しくて穏やかな感じのアランになる。妖精の力で汗とかも飛ばして、身だしなみを一瞬で整えてしまう。さすが、世界最強の魔法使いだ。妖精使いが華麗すぎる。

「アナスタシア様に会いに来たのですか?」

「いえ、全然」

「そうですか。アナスタシア様に会いたいなら、王宮に行くしかない、と伝えたかったのですが、いらないですね」

「え、王宮?」

「アルト様がわざわざアナスタシア様を迎えに来たのですよ。それで、そのまま王宮に行ってしまいました」

「そうなんだ、びっくりだ」

 僕の父アルトは、ちょっと頭が弱い。たぶん、五歳児くらいの知能しかない。そんなアルトは熱意だけで母アナスタシアを口説き落とし、僕が生まれた。

 父アルトには数回ほど会ったことがあるけど、体が大きい子どもだ。僕のことを見ても、全く、興味も見せない。まあ、僕も父親のことはこれっぽっちも興味がないので、お互い様である。

「僕の予想の斜め上のことが起こるんだね。現実ってすごい」

「それで、何か用ですか?」

「あ、はい。遠くからなんですが、名前を呼ぶ声がずっと聞こえるんです。物凄く気になって」

「妖精ですか。どうしてまた、急に」

「僕もわかりません。何か思い当たることはありますか?」

「………一度、帝国に行かないといけないかもしれませんね。殿下も一緒に行きましょう。きっと、よい経験になります」

「え、それって、まずいけど」

 僕は最強の妖精憑きなので、帝国に婿に来てください、とかなり狙われている。その僕が帝国に行くのは、ちょっとまずい。

 悩んでいると、目の前を毛色の違う妖精がアランに向かって飛んできた。妖精は、アランに耳打ちする。すると、アランは困った顔になった。

「どうかしましたか?」

「娘に呼び出されました。一回だけだって言ったのに。仕方がありません。殿下も一緒に行きましょう。おや、丁度良い魔道具もありますね。貸してください」

「どうぞ」

 僕よりも魔法使いアランのほうが、道具の扱いは上手だ。

 そうして、またも魔道具を使って飛ぶと、そこは自然豊かな田舎だった。

『リリィ、リリィ、リリィ………』

 妖精たちがたった一人の名をあちこちで呼び続けていて、耳が痛くなる。

「お父さん!」

 そんな中、一人の女性が走ってきた。ちょっと見覚えがあるなー、と思い出してみれば、帝国の女帝に似ている。え、まさか。

「エリカ、また、どうして呼んだのですか。あれ一回きりだと言ったではないですか」

「昨日の夜から、ずっと、妖精たちがロベルトの叔母を呼んでいるんです!」

「それはもしかして、妖精憑きリリィですか?」

 とても不機嫌なアランとエリカと呼ばれた女性の間に僕は入る。

「そうです。いきなり、領地にいる妖精たちが、ずっと呼んでるんです。怖くって」

「確かに。アラン、何か心当たりはありますか?」

「突然、というのがなんとも。ただ、妖精憑きリリィについては、いくつか、仮説があります。会ったことがないだけに、難しい扱いですね」

「だそうです。僕とアランで調べてみます。だから、しばらくは我慢してください」

「私では、何か力になれませんか? ロベルトの叔母のことは、ずっと気になっていました。妖精憑きなのに、殺されるなんて」

「そこは同感です。いくら、見えない聞こえない妖精憑きだといえども、妖精は勝手に守ります。現にお祖父様がそうです」

 妖精憑きリリィは、お祖父様と同じ、妖精を視認できない妖精憑きだ。視認出来ないため妖精を操ることが出来ないため、魔法が使えない。

 だけど、妖精は妖精憑きの望みを勝手に叶えてしまう。万が一、命の危険があった場合も、妖精憑きが望まなくても、妖精は守るはずなんだ。

 なのに、妖精憑きリリィは呆気なく村人に撲殺された。その謎に、お祖父様は、リリィは妖精憑きではない、と結論づけた。じゃあ、今もリリィを呼ぶ、この妖精たちは一体何だろう?

「エリカは、ここにいなさい。あなたは知る必要はありません。あなたは、ここで、一生、平民と生きていきなさい。いいですね」

「でも」

「お前は妖精憑きの皇女だ。平穏に、あの男と暮らしたいなら、関わらないほうがいい」

「わかりました」

 まだ、何か言いたそうだが、アランが全身でそれを拒絶するので、エリカは飲み込むこととなった。

「それにしても、死んだはずの妖精憑きの皇女様がアランの娘だったんですね」

「そうですよ。ついでに、今の帝国の女帝も、僕の娘です」

「もう、帝国に帰っちゃえばいいじゃないですか。素敵な老後を過ごせますよ」

「バカおっしゃい。あの皇女、僕になんて言ったと思いますか? 一緒に帝国を支えてください、ですよ。死ぬまで働かされますよ」

 うんざりした顔で吐き捨てるアラン。確かに、それだったら、北の砦で日がな有害物質の湖を眺めているほうが、良い老後だ。

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