運命の結末
御門のおじいちゃんにはこっぴどく叱られた。聖域の変化は、御門家でもはっきりわかったのだろう。
「坊主、ひやっとしたぞ」
「ごめんなさい。もうしないように頑張ります」
「話は大翔から聞いた。阿部も時代錯誤なことをして。陰陽師同士で、一度、阿部をとっちめてやる。あの一族にはな、泣かされた女はかなりいたんじゃ」
「昔からなんだね」
運命の相手とわかると、無理矢理、手籠めにしていたのだろう。時代錯誤、というものもあるが、それが許される文化は、よくない。
僕の国では、そういうのが許されてしまっているが。そこは、文化である。
僕はお祖父様もそうだが、師匠のアランから、厳しくしつけられた。女性に対する扱いは、ともかくきつく戒められた。だから、時々、カイトやハインズと意見があわないことがある。そこは、仕方がない、文化だ。
僕は、地図上で見つけた聖域をチェックする。日本の歩き方は、おおざっぱな地図だけど、これで十分だ。ここら辺、と大翔さんに教えてもらった。
「しかし、やっとあいつらくっつくのか。遅すぎだ」
御門家に帰ってすぐ、大翔さんはいやがる彩音さんを引きずって、御門のおじいちゃんに結婚する報告をした。外堀埋めるのはやいよ。
「いつまでも、ぐずぐずしてるから、心配だったが、これで、もう、ワシも引退じゃな」
「え、やめちゃうの? 死ぬまでやらないの?」
「普通はやらん。若い者にまかせるものじゃよ」
「僕の国では、死ぬまで王様だよ。そうだよね、早めの引退もいいかもね。王様、自由がないから」
過去に義父となったアインズ国王は、王になってから、外遊とかあまりしていない。生真面目で、面白みのない王様をしている。それが、平和な証拠なんだけど。
かわりに、今の義父のザクト叔父上は、波乱万丈な日々だ。戦争終わったから、一息つけているけど、それでも、暗部というものは、油断出来るものではない。お祖父様から無理矢理、引き継がされたといっても、やっぱり、いざとなったらお祖父様が出てきて解決である。
いつかは、僕がザクト叔父上の跡を継ぐのだろう、と僕は漠然と思っている。ただ、カイトやハインズの意見があわないような事が起こっているので、もう少し、考え方を整理しないといけないな、と思い知らされる。
「今回も、よい勉強となりました。ありがとうございました」
「頼まれていたもの、買っておいた。坊主の師匠がやるんだってな。強いのか?」
「やり方を教えてからとなりますが、強いですよ。何せ、五個以上の動作を同時にこなせる方ですから」
僕は力技だけど、アランは器用と頭脳だ。僕も、あの器用さが欲しい。
そうして、僕は再び、王国に戻ることが出来た。
僕が日本で暴走したので、すぐにアランに呼び出された。一週間は北の砦で修行である。ただ行くだけならいいけど、修行はイヤだな。
僕の修行には、人を連れていけない。ロバートも連れて行ってはいけない。スズなんか、泣いてすがったけど、ダメ。アランは厳しいんだ。
行ってみれば、やっぱりお祖父様がいた。万が一の僕のストッパーだ。お祖父様とアランが組めば、僕は勝てない。
早速、始めるのは囲碁と将棋とチェスの説明である。一応、アランでも読める本を先に渡しておいたので、ある程度は理解していた。
そして、僕はアランと打ちながら、やっぱり洗濯をさせられる。アランなら一瞬なのにね、これ。
「どうでしたか、ニッポンは」
「え、ええと、その」
僕の動作は四つまで、すでに四つやっているので、答えられないよ、アラン!!
「僕の運命の相手の話をしてあげましょう」
聞きたい。頑張って、五つまでこなそう。僕は頭はそんなによくないけど、回転は人の百倍のはずだ。
「僕の運命の相手は、それは酷い女でした。ともかく、僕が苦しんでいる姿を見るのが大好きで、それで、一目惚れされたんです。酷い女でしょう」
「その女と子ども作ったお前はどうなんだ」
「あんなの、作業ですよ作業。キリト様には、あんなに教育してあげたというのに、まだまだ甘いですね」
「知ってるか、この北の砦にいた十年間、俺はアランにみっちり教育されたんだぞ。裏の裏をみっちりとな。こんな人を殺さないような顔をして、かなりえげつないからな」
「そ、そうなの、です、か」
やばい、手が止まったら、アランに叩かれる! 面白いのに、集中だ!!
「そんな女でしたから、処刑の話もありました。結局、私が運命の相手だから、と言って止めたんです。
今ならわかります。あの女は処刑するべきでした。神は、僕を試したのでしょう」
「運命の相手、なのに?」
もう、負けそう!! アラン、容赦なさすぎ!!!
アランは余裕だ。どんどんと僕を追い詰めていく。将棋は経験にあてはめやすいようで、楽しそうだ。捕虜をどうするか、なんて考えていて、怖い。
「僕の運命の相手は、国を滅ぼしかけました。運命の相手だからといって、その者と結ばれなければならないわけではない、と後で気づき、後悔ばかりです。あの女のせいで、罪のない人々が大勢死に、聖域を汚し、僕が育てた魔法使いも大勢死にました。本当に、酷い女でした。だから、僕が殺してやりました」
「他の奴らにやらせれば、もっと早かっただろうに」
「無理ですよ。あの女には魔法使いが何人も従属させられていました。それも、僕が進言したのですけどね。皇族の呪縛は、本当に恐ろしいものです。それも、キリト様のお陰で呪縛は解かれ、それでも、あの女を殺す機会を息をひそめて待って、随分と時間をかけてしまいました」
手が止まる。僕の負けが決定してしまった。洗濯は終わってないから、どうしよう。
「見てごらんなさい、キリト様を。この男は、運命の相手云々、関係なく生まれた最強の妖精憑きです。あの運命の相手は、よいめぐり合わせの一つの参考にすればいいだけです。王族は、その先を見据えなければなりません。
あの女を処刑していれば、きっと、僕は、今も帝国にいたでしょう。若かったんですよ」
僕の手が止まっても、アランは怒らない。笑っている。見れば、後悔ばかりしている顔になっている。
僕は子どもだからわからない。アランは、僕の何倍も生きて、お祖父様以上に様々な経験をして、北の砦で息をひそめるような日々を過ごしている。
帝国では、今もアランを呼ぶ声がある。アランは皇帝殺しをしたので、帝国には戻れない、と言っているが、帝国では英雄だ。酷い皇帝だったので、よくぞ殺してくれた、とみんな喜んでいる。だったら、帰ればいいのに、とお祖父様も言っただろう。
「ほら、洗濯を早く終わらせて。こうやるのですよ」
瞬間、洗濯は綺麗に乾き、アランの手にたたまれて落ちた。
「五つの動作が出来るように、頑張りましょう」
「はい」
穏やかに笑うアラン。たった一度の間違いを今も許せないんだ。
僕の一週間の修行が終わった。帰る時は手早く北の砦の聖域を使えばいいのだけど、あそこは行きたくないなー、と僕はごねて、馬に乗った。
それを見て笑うお祖父様。
「なーんだ、運命の相手、見ないのか?」
「もう、そういう話はこりごりです。むしろ、知らないままで帰ればいいんです」
口にして、皮肉なことだ、と僕は思う。もともと、運命の相手を見るために離宮を抜け出して、北の砦に行ったのに、僕は戦争を終わらせて、スズを戦利品として持ち帰ることとなった。
それが今じゃ、運命の相手を見るのが怖くて、逃げている。
珍しく、母上が北の砦から出てきた。僕が会いに行けば、部屋にいるのだが、僕が来たからといって、外には出てこない。女は会いに来てほしいのよ、とよく言われた。
「母上、王宮に戻りませんか? 父上は、変わらず離宮にいますよ」
「あなた、アランに話したのね。せっかく、隠していたのに」
困ったように笑う母上。この人は、本当は強く、賢い。僕よりも、魔法使いとしての才能は上だ。だから、誰も母上の真意を読み取れなかった。うまく、僕もお祖父様も、王宮の人たちも、全部、母上の真意を誤魔化されていたのだ。
「アルトはね、私が離宮に幽閉されてからずっと、私に花を贈ってくれたの。私の妊娠が知られるまで、毎日よ。離宮の庭に出て、一生懸命、私のために花を探して、贈ってくれた。だから、運命の相手は関係ないのよ。私が愛した男が、たまたま、運命の相手だっただけよ。だから、ポー、好きにしなさい」
「そういうのなら、僕の名前をもっといいのにしてください。どうでもいいような名前で、僕は悲しいです」
王族の中で、一番、いい加減に名づけられたのは、僕だ。絶対に、いらない子だよね、と僕は幼い頃に思った。
「仕方がないでしょう。アルトが名づけたんだから」
「……父上が?」
「妊娠が知られる前に、アルトが言ったのよ。可愛いポーって、お腹にいるあなたを呼んでいたの。だから、ポーよ。いい加減につけたんじゃないわ」
「そう、だったんですか」
僕は、今更、名前の由来を知って、呆然となった。僕は馬から降りて、母上に抱きついた。
「僕、いらない子じゃ、なかったんだ」
「たまたま、運命の相手が父親だったから、あなたには苦労をかけたわね。もう、そんな難しく考えないで、好きに生きなさい」
「母上も、好きに生きてください」
「十分、好きにしたわ。知ってる? 私はポーが無事、生まれたから、そこで満足なの。あとは、おまけ」
母上の人生の絶好期は、僕が生まれたところで終わったらしい。それはちょっと、あれだ、人生を諦めるのは早すぎる。
しかし、僕も母上もお祖父様も普通ではない。特に、僕と母上は、常人では見えない世界を見続けている。
北の砦は、ただ、山脈が広がる、代わり映えのしない景色だ。だけど、見える妖精憑きにとっては、そこは毎日変化している。
例え、目の前が毒湖だとしても、その先は、美しいのだ。
馬を走らせ、領地に帰れば、すでに真夜中だった。ちょっと、母上と話過ぎた。
悪い話ではないので、後悔はない。後悔するとすれば、スズが起きている時に帰れなかったことである。
真夜中なので、起きているのは、せいぜい、夜勤の使用人くらいである。僕が帰ってきて、慌ててたけど、静かにさせた。出迎えでいちいち起こすのは、可哀想だ。
「仕事は明日する。もう休んでいい」
離れるように指示して、僕は一人、広く長い廊下を歩く。その先には、僕とスズの寝室だ。一週間、スズは一人寝だったけど、大丈夫だったか、心配だ。
音をたてないようにドアをあけると、スズは、何故か、机に突っ伏して眠っている。何をやっているのか、と見てみれば、日本語の勉強だ。
僕はすぐに覚えてしまうので、綺麗な状態だったのに、スズは随分と使い込んでいる。あちこち、書き込みもしている。
「もう、捨てられちゃうのかな、僕」
日本から帰ってきてから、スズは変わった。勉強嫌いなのに、勉強をしている。
変わらないのは、僕に縋りついて離れないところだ。それも、ちょっと離れれば、すぐ馴れてしまうのだろう。こうして、少しずつ、スズは僕から離れられるようになるんだ。
僕は妖精にお願いして、スズの体を綺麗にして、ベッドに寝かせた。ゆっくり、羽のようにふわりと降ろすので、スズは起きない。それどころか、寝心地のいいベッドに、猫のように丸くなって、笑う。
僕はベッドに座って、スズの頭をなでた。
「なんだ、僕はスズの運命じゃないのか。囲う言い訳が出来なくて、残念だ」