阿部の凋落
次の日の朝、阿部のおじいちゃんが僕に土下座した。朝食食べているとこに、それは困る。
ちなみに、スズにあんなことしたので、朝食は、大翔さんがわざわざ外で買ってきてくれたものだ。もう、阿部では何も口にしない。
「すまなかった。ワシらが悪かった」
「そうですね、悪いですね。スズ、これ、どうやって開けるの? やって」
謝れても、僕は許すつもりはない。朝食邪魔しに来てるだけでも、許さん。
僕は開け方とか食べ方がわからないものばかりなので、全て、スズに丸投げする。スズは、嬉しそうにやってくれる。昨日のことは、まあ、覚えているだろう。
ちなみに、あの野良猫は、彩音さんにまかせた。彩音さん、起きられないように一服盛られていた。僕がそれを浄化したのだけど、彩音さんがむちゃくちゃ怒ってた。ロバートたちを呼んできて、と頼まれたので、叩き起こして、僕はそのまま大翔さんとこで寝たけど、どんなことをしたのか、知らない。女は怖いんだよ。
「どうか、地脈を返してください!」
「ん、どうしよう。せっかく手に入れたものだし。お祖父様に相談しないと」
「そんな!?」
「言ったでしょう。この子を怒らせてはいけないって。ウチの棟梁だって、怖い目にあったんですから」
大翔さんも助けない。それが、阿部のおじいちゃんを絶望に叩き落とす。
「だからって、地脈を奪うなんて」
「煩いですね。いいですか、僕の国では、妖精は盗られるほうが悪い、というんです。相手の力量を見誤った方が悪いんです」
妖精憑きの戦いは、妖精の盗り合いである。妖精憑きの力を見誤ると、すっぱだかである。生まれてずっと憑いていた妖精を盗られるというのは、かなりの恐怖だと、アランが言っていた。そして、妖精憑きの拷問は、妖精を盗っちゃうことである。これが一番効くんだって。怖い怖い。
あの野良猫の式神は、僕のところにいるままである。返していない。
「僕のメス猫に不埒なことした過去のオス猫は全て去勢しました。本来なら、あの野良猫も去勢したいのですが、未遂だったから、去勢は許してあげます。でも、式神と聖域は返してあげない」
「それは困る!」
「煩いな。だったら、スズに不埒なことしなけりゃいいじゃないか。僕は大翔さんから聞いたけど、日本では、お付き合いをして、それから相手のことを知って、婚約して、結婚するんだって。あの野良猫、お付き合いすらしてないスズに、いきなり強姦の婚前交渉しようとしたじゃないですか!? 犯罪ですよ、犯罪!」
「いや、それは……」
「昔、芦屋のお嬢さんにも、同じようなことをしたんじゃないですか? そういうのが許される時代だったのでしょうが、今は、そういうことはいけないんです。わかりましたか?」
「………」
「御門のおじいちゃんに、ここの聖域あげようかな」
「わかった! わかりました!!」
畳に額を擦りつけて、土下座する阿部のおじいちゃん。ここは、時代錯誤が生きちゃってるんだね。
結局、聖域は阿部に返した。ほら、日本は遠いし、浄化作業が面倒だ。こういうのは、その地の人が責任をとるべきだ。
スズが持っていた式神は、結局、一体となった。五月雨は、やはり阿部の式神だから、戻ることを拒否した。だったら、盗られちゃダメだよ。
あの野良猫は、なんか、すごい酷い目にあったらしく、僕たちの前には出たくない、と部屋から出てこない。一体、どんな目にあったんだろうね。僕は知らない。
だからといって、僕はあの野良猫を許すわけにはいかない。聖域がきちんと日本へといれかわっているかどうか、確かめるために、無理矢理、部屋から出した。可哀想なので、大翔さんにお願いしたら、地下の聖域に来てくれた。
「どうなの。まだ、運命の相手はスズなの?」
一度、所有権が王国になってしまった聖域は、確かに日本に戻した。僕が放棄したので、勝手に前の状態に戻っただけだ。
野良猫は、じっとある一点を見つめる。
「ああ、あの女だ」
「そうかー。僕にもそういうのがいるのかな? 見に行くのはイヤだなー」
「同じようなもんがあるんだろう。見に行けよ」
「運命の人と一緒になるのが、必ずしもいいとは限らないんだよね。ほら、僕みたいなのが生まれちゃうし」
最強最悪の妖精憑き、なんて呼ばれてる。
この運命の相手は、誰が見せているのかはわからない。聖域の奥の奥にいるやつではないことは確かだ。僕が怖いようで、奥のほうで震えていた。ちょっと命令しただけなのに。
「なあ、あの女、譲ってくれよ」
まだいうか、この野良猫。さっきまで、部屋で震えていたくせに、まだ、スズのことは諦めない。
「寝言は寝て言え」
「ちゃんと口説くから」
「今更ですか。順序を守らない野良猫に、僕がチャンスをあげるわけないでしょう。不合格です、不合格!」
僕がいい、というオス猫ではない。こいつは一生、不合格だ。
しかし、この野良猫、諦めていない。
「俺はずっと、あの女を見てた。一目惚れなんだ」
物心つく前から、その運命の相手を見ていたのだ。すでに魅入られているのだろう。だが、全て、もう遅い。
「そうなんですか。だったら、最初から優しくすれば良かったのに」
「だから、これから優しくするから!」
「ははは、今更っ!」
僕は野良猫を嘲笑った。本当に、救いようがないヤツだな。僕が子どもだからと、甘く見ているのが見え見えだ。
「あなたは、最初、スズのことをどう思っていたのか、僕が気づかないと思っていましたか?」
薬を使って、スズに無体なことをしようとした野良猫。どうして、こんな凶事な真似をしたのか、僕は知っている。
「スズが軍部で愛玩扱いされている、と知っていたでしょう。だから、この程度は大丈夫、なんて思ったんです。違いますか?」
「………」
「僕には、スズをきちんとした所まで保護する責任があります。スズの過去を知って、悪く扱うような所に、スズは渡しません」
とんだクソ運命の相手だ。スズの過去を知って、手を出してくるなんて、最低だ。
アランがわざわざ、運命の相手のことを最低だ、と蔑んだ話は、僕にはよい話だった。運命の相手だからといって、全てが良縁なわけではない。今回のだって、良縁とは限らないのだ。
この野良猫は、ただ、スズとの間に子をつくることが必要なだけだ。過去の芦屋の女にも、そういって、迫って、式神盗られて逃げられたんだから、昔から最低なんだろう。
土下座までしてきた野良猫。
「頼む!」
「今回は、諦めて、あなたの子か孫にでも期待してください」
「このガキっ!」
僕につかみかかろうとするのをハインズが抜き身の剣で止める。あれ、いつの間に来たんだろう。気づけば、カイトもいて、抜き身の剣をスズが横たわっていた台座に振り下ろした。
妖精の力で鍛え上げられた剣は、見事、台座を真っ二つにした。
「さすが、妖精殺しの剣だ。これなら、この野良猫の式神も殺せますね」
「す、すまなかった!!」
むちゃくちゃ僕から距離をおく野良猫。残念だ、剣の効能をこの目で確かめたかったのに。
聖域から屋敷、そこから外に出れば、車で帰る準備をしていた。
「え、車で帰るの?」
「オープンカーだから、俺一人で帰るのはいや」
がっしりと僕がつかまる。そうだよね、妖精様様だったもんね。
「その前に、大翔さん、ちょっと行ってみましょう」
「え、どこに行くの? ちょっと、イヤな予感がーーーーー!!!」
僕では無理なので、カイトとハインズで引きずるように大翔さんを連れていく。この二人、今でも現役で騎士出来ちゃう人だから、大翔さんでは勝てないよ。
もう一度、僕は大翔さんと聖域に戻った。もう、あの野良猫はいない。
「なんでここに」
「たぶん、ここは日本の聖域なので、それなりの血族であれば、誰だって、運命の相手が見れるはずなんです。ほら、大翔さんは次の棟梁というじゃないですか。見れるかもしれませんよ」
「ええー、見たくないなー」
「まあまあ、これも大切な検証です。ご協力、お願いします。あ、もしいやなら、彩音さんでもいいですよ」
「はい、見ます!」
大翔さんは観念して、聖域をぐるりと見まわす。この運命の相手の幻って、いつも同じとこから出てくるのかな? そこが謎なのだけど、やっぱり、決まっていた。
あの野良猫が視線を向けた、特に何もないところを大翔さんが見上げた。運命の相手は、彩音さんかな? だといいな。
「どうですか? 誰でしたか?」
「黙秘権だ」
「いいですよ。大翔さんでも見れたことが大事なんです。やはり、アランの予想はあっていましたね」
運命の相手を見るには、やはり、支配域の血統でないといけないようだ。
王国側の聖域では、帝国筋のアランは見えなったという。ということは、日本の聖域で運命の相手を見るには、日本の血筋でないといけないのだろう。
そして、それなりの血筋でないといけない。阿部も御門も、僕のとこでいう、王族や皇族の部類なのだろう。
とても真剣に目で運命の相手を見ている大翔さん。一体、どんな姿なのか、教えてもらいたいけど、教えたくないっていうから、我慢しよう。ここは、見えるか見えないか、の検証である。
「では、行きましょうか」
「ああ。あと、少し時間が欲しい」
「いいですよ。僕は遅くなったって、かまわないですから」
日本と違って、王国は時間の流れがゆったりだ。急ぐ必要なんてない。
何やら、真剣な面持ちの大翔さんの後ろを僕が、さらに後ろをハインズとカイトが歩き、屋敷を出た。
車で帰る準備は終わっていたようで、車の周りで待ちぼうけしていた。
「遅い! ほら、出発するわよ」
「待ってくれ」
大翔さんがつかつかと彩音さんの前に立つ。彩音さんは、いつもと違う大翔に戸惑った。
「彩音、結婚を前提に、付き合ってくれ」
これ、僕たちが聞いていいのかな?
空気を読んで、みんな黙っている。大丈夫、僕たちは見事、木になれるよ。ほら、周りは自然豊かだから。
さりげなに、スズとロバートも離れた。いい感じに二人っきりのような場を作る。
何か訴えるように見てくる彩音さん。そこは、女を見せる場ですよ、と僕は握りこぶしをあげて応援する。たぶん、これが正しいはず。
「ちょっと、いきなり、何の冗談よ」
「ずっと考えていた。結婚するなら、彩音がいい。彩音、結婚しよう」
「付き合うのが先でしょ!」
「俺たちは、付き合う以上にわかりあっている。もう、そういうのはすっ飛ばしていいだろう。結婚しよう」
「………あ、その、考え、させて」
「いや、今だ。今すぐ、答えをくれ」
彩音さんの両手を握り、迫る大翔さん。もうちょっと押せばいけそうだ。
「もしかして、運命の相手だから?」
さすがに僕の検証のこと、彩音さんにはバレてた。彩音さんも女の人だから、不安になるよね。
「そういうのは関係ない。俺は、運命の相手だろうと、そうでなかろうと、彩音と結婚する」
どっちなんだろう、とっても気になる言い方だな。
「なら、私も確かめてくる」
「必要ない! 結婚しよう」
逃げようとする彩音さんに無理矢理、口づけする大翔さん。一歩間違えると、犯罪ですが、見なかったことにしよう。
長い長い口づけの後、彩音さんはしばらく立てなくなった。
まあ、結局、帰りは妖精男爵から借りた魔法具でぴょんと御門家に車ごととんだんだけどね。ほら、彩音さん、運転危なそうだったから。