聖域盗り
真夜中、僕はスズの妖精に起こされた。久しぶりに、スズが一緒じゃないから、ついつい熟睡してしまった。
「どうかしたのか?」
大翔さんは起きない。僕だけなのがイヤな感じだ。五月雨がいない。時雨だけが、僕を呼ぶ。
僕は、一人行動は良くないのだが、よく寝ている大翔さんを起こすわけにはいかないので、時雨についていく。
僕は起きてから、阿部の屋敷を探検はしていないので、いくつもの部屋を通り過ぎて、広い屋敷だと気づかされる。御門も広い屋敷だから、陰陽師の棟梁は、どこもそうなのかもしれない。
迷いそうなほど進んでいくと、行き止まりとなる。その先は壁だけど、こういうのは、だいたい、仕掛けがあったりする。僕が命じれば、地下への階段が出てきた。
「これは、まずいな」
地下からは、異様な感じがする。聖域が、穢れている。御門の時とはくらべものにならない。一体、何をやらかしたことか。
僕としては、カイトとハインズを呼びたい。二人がもつ剣で、この穢れを切り裂いたほうが進みやすいからだ。御門の時もそうした。
ところが、時雨が僕の背中を押す。え、行くの? あれはやばいよ。
遠慮したいけど、時雨が押すので、ここは妖精憑きの力を使って、切り開くしかない。そうそう、以前、御門で顕現した妖精を呼び出した。とってもイヤがっているけど。
「さっさと祓え」
僕の命令に従い、邪魔な穢れを祓う。それでどうにか人一人が通れるくらいの道が出来たので、僕は進んだ。
聖域は自ら光るので、灯りなんて必要ない。ただ、階段が急なので、足元には気を付ける。手すりみたいなものがない。ここも、王都の聖域とかわらない。
進んでいくと、最深部に到着する。そこは、天然の宝石たちが輝くところ。
そこに、人一人が横になれるような台座がある。そこに男女が抱き合っている。
「何をしている、野良猫」
もう、力の暴走なんてしない。僕の意思で、その場の穢れを一か所にまとめあげる。
台座でぐったりと息を荒げているスズの上に、あの不届きな野良猫が伸し掛かっていた。
僕は聖域の埃と一緒に、あの野良猫を吹き飛ばした。
「また、お前か!」
「人工呼吸だったら、許してやる」
僕はスズの様子を伺う。熱に浮かされたような目で、身もだえしている。
「俺の運命の女から離れろ!」
「煩い! 何が運命だ。運命といいながら、薬を使うのか!!」
僕が手を差し出すと、スズは僕の手を舐めた。くそ、いつぞやのオス猫どもに、こんなことしてたのか。去勢なんて甘かった。殺してやればよかった。
過去、身に着けてしまった動作をするスズに、怒りて頭に血が上る。
「その女の先祖は、俺の先祖から、式神を奪って逃げた。それを取り返して、何が悪い!!」
「なるほど、五月雨は阿部の式神か。それで、時雨しかいないのか」
いつの間にか、あの野良猫は四体の式神がそろっていた。阿部はもともと、四体だったものを盗られたのだろう。
「阿部は地脈を守る一族だ。だからこそ、運命の相手との子が必要だ」
「はっ、何が地脈を守る一族だ。こんなふうに聖域を汚しておいて!」
清涼なる輝きのない聖域。僕が集めた穢れを一点に集中させれば、どす黒い恐ろしいものとなる。
「式神が、足りなかったんだ。これで、この地脈も元に戻る」
「式神式神式神と、随分と式神頼りですね。陰陽師なんだから、もっと術を使ってくださいよ。祓えばいいでしょう。こんなふうに」
僕は握りつぶせば、穢れなんて瞬殺だ。
野良猫は、僕が一瞬で穢れを消してしまったことに、呆然とする。
「な、化け物か!」
「自分が出来ないとすぐ化け物扱いだ。僕の国では、こんなもの、簡単ですよ。本当に、腹が立つ。スズにこんなことするなんて」
少し撫でてやれば、身もだえするスズ。どんな薬を使ったのかわからないが、殺してやりたい。
殺意しかわかない行為に、僕はしかし、どうにか我慢した。
「そうですね、あなたはこの地と守らないといけないのですよね」
「そうだ。だから、その女は絶対に必要だ!」
「だったら、守る必要がないようにしてあげましょう」
僕は、スズが横たわる台座に手をあてる。スズは僕の手を必死に愛撫して、舌を這わせてくるけど、何も感じない。
聖域の奥の奥に、何かがいる。それを僕は視た。
「何をしてる! やめさせろ!!」
野良猫が式神を動かし、術も作動させる。
僕に向かってきた式神は、バシンという音とたてて、僕が盗った。ついでに、術で呼ばれた妖精も、僕は奪う。バカか、聞いてないのか。僕は妖精を盗れるんだよ。
聖域の奥にいる何かが、僕に牙をむいて出てくる。僕はそいつを視た。
「座れ」
命じれば、それは大人しく、僕の前に座った。
「おい、待て、何をした!?」
「陣鳥合戦です。僕がこの聖域を乗っ取ったんですよ。僕は、将棋でも、チェスでも、キングなんです」
「そんな、バカな!?」
「運命の相手は見えますか? 見えないでしょう。だって、ここは、日本だけど、日本じゃなくなった。ああー、御門のおじいちゃんに叱られちゃうって、こら、スズ、おいたが過ぎるよ」
薬で狂ったスズは、僕の上に伸し掛かってきた。
あの野良猫は、妖精つかって、動けなくした。いっぱい暴れているけど、まあ、仕方がない。
「無理矢理、発情期を起こすなんて、酷い薬だ。こら、やめなさい」
僕が言ったところで、止まらない。一生懸命、僕をまさぐる。経験値がはんぱないな。絶対に僕が負ける。
「スズ、スズ、ごめんね」
だから、僕はスズの体から、そういうわるい成分、全部、抜いた。ついでに、眠らせる。