神に選ばれし運命
僕が目を覚ましたことで、改めて、面談となった。僕と明人は最悪な出会い方をしてしまったので、僕一人、というわけにはいかず、大翔さんが道連れとなった。カイトとハインズはやっぱり別室である。
どうせ、僕に何かあったら、ここも大変なことになるんだろうな、なんて僕は立派な障子や襖を見て思った。いつかは壊れるんだから、それがはやまっただけだよ。
真ん前には阿部のおじいちゃんが、その隣りには不貞腐れた明人が座った。少人数なので、机を間に置いて、対面する形である。僕は正座が出来ないので、足を崩した。
「わざわざお呼びたてしたのに、失礼しました」
「いいです。何故、スズが呼ばれたのか、やっとわかりました」
僕は明人の後ろにいる式神三体を見る。
「スズの式神を盗りたいだけですね」
「それはついでです。阿部の占いに、明人の相手が、芦屋の娘と出ました」
「本当ですか? 僕は、その占いというものを見たことがないので、どうも、うさん臭さを感じます」
日本の陰陽師に憑いている式神は一体だ。スズの式神は、たぶん、特別だから、二体なのだろう。
ところが、明人の式神は三体である。この数には、何か意味があるはずだ。
阿部のおじいちゃんは、困った、という顔をする。僕を納得させないといけない。すでに御門から、前回の惨状を聞かされているのだろう。
「言えばいいじゃん、じいちゃん。我が家の占いのこと。話したって、どうせ、わかりっこないだろう」
明人は僕のことを子どもだからと甘く見ている。僕も、だいぶ、体調が戻ってきたので、なんとなく、わかってきた。
「この家は、面白いですね。この家の下に、何かがありますね」
王国の中央都市の聖域のような感じだ。たぶん、ここは、中央都市の聖域と同じ役割を持っている。その上に家を建てるのは、聖域の守りだ。
「なるほど、妖精憑きは、何でもお見通しか」
「いえ、ここは日本です。僕は拒絶される立場ですから、何でもわかるわけではありません。それと、占いというのは、もしかして、その男にしか見えない女のことですか?」
「そこまでわかるのか!? ワシの頃は、そういうものはなかった。時々、そういう者が出てくる」
「そうだよ、お前が連れてきた女、スズは、俺の運命の女だ」
いつかは、と思っていたが、こんなに早く出てくるとは、僕は思ってもいなかったので、自制するのに必死だった。
僕は頭を冷やすため、一人で休みたかったが、大翔さんがそれをさせなかった。
「こういう時は、一人にならないほうがいい。スズさんは、彩音がみてくれてる」
「ありがとうございます。大翔さんは、出来た大人ですね」
「君は、出来過ぎた子どもだ。もう少し、子どもでいていい。正直、君が力を暴走させた時は怖かったが、君も子どもなんだな、と安心はした」
「すみません」
暴走は、本当に謝罪しかない。
僕は妖精憑きとしては最悪と呼ばれる。お祖父様よりも、母上よりも力が強い。その力加減をしっかり身につけなさい、とアランによく叱られた。
力加減を身に着ける、ということは、僕自身、冷静でいないといけない。それが出来なかったのが、問題だ。
「大翔さん、彩音さんとはいつ結婚するんですか?」
「………それ以前だ。付き合ってもいない」
「結婚って、付き合い? からなんですか? 僕はそういうのがよくわからないのですが」
「日本では、というか、普通は、告白して、付き合って、それなりにお互いを知ってから、婚約して、結婚だ」
「貴族とか王族は婚約してから、お互いのことを知る感じですね。違いますね」
「それは、立場の違いだろう。君は、国とか家のために結婚するから、そうなる。僕は、そういうのはないからな」
「だけど、あの野良猫は、運命だからって、スズと結婚するそうですよ」
「野良猫って、明人ね。俺は知らないけど、この家では、それが普通なんだ。その運命の相手がいる人が、だいたい、跡継ぎとなる」
最強の血統となるのだから、間違いはない。
僕は、まだ、運命の相手を知らない。お祖父様と母上は、運命の相手と子作りした。その結果、とんでもない妖精憑きを誕生させた。
「やっぱり、運命の相手同士は、惹かれるものなんですかね」
「どうだろうな。けど、芦屋はそれを嫌って、海外まで逃げたよな」
「確かに」
否定的な検証が出てきた。あとは、もう一例くらいあるといいな。
僕は軍支給のスマホを取り出して、電話をかけた。スピーカーオンにしたから、大翔さんにも聞いてもらう。
『はいはい、アランです。どうかしましたか、殿下』
「アラン、起きていましたか?」
アランに繋がった。アランも、一応、スマホを持たされていた。電話越しだけど、いつもの優しい感じだ。帰ったら、怒られるけど。
『こちらは昼間ですよ。何かありましたか?』
「聖域で見る、運命の相手について聞きたいんだけど、いい?」
『また、どうかしましたか。殿下の相手でもいましたか?』
「日本にはいないよ。それ以前に、見てないから、知らない」
『そういえば、キリト様に邪魔されたんでしたね。残念でしたね』
「ねえ、母上は、父上のこと、どう思ってたの? 最強の妖精憑きを生み出したいって、アランが言ってた、て聞いたけど」
『ははーん、アナスタシア様は、そんなこと言ったのですか。嘘ですよ。アナスタシア様は、アルト様のこと、好きだったんですよ。ただ、運命の相手だから、気まずくて、僕のせいにしただけです。可愛らしい方ですね』
「あ、そうなんだ」
母上、あなたはもっと素直になればよかったのに。父上と引き離されて、今はどう思っているのやら。
『僕にも、運命の相手がいましたよ』
「え、知らない!」
『言っていませんよ。キリト様は、僕の娘に会ったことがあります。バレちゃったんですけどね。ここだけの話ですが、私は、運命の女のこと、これっぽっちも愛情を持てませんでしたよ』
「お祖父様も、お母様も、愛情持ってたよ」
『あれは本当に酷い女でした。運命の相手だから、嫌々、子作りしただけです。帝国には、どうしても、妖精憑きが必要でしたから』
「ん? 待って。ということは、アランって、皇族なの!?」
運命の相手の姿が見れるのは、王族か皇族である。
『皇族の血が濃かっただけです。僕は貧民でも底辺の生まれですよ。だから、仕方なく、皇族の妖精憑きを生み出すために、嫌々、子作りしました。本当に酷い女でした』
声はいつもの通り、明るい。他人事のようだ。だけど、わかる。運命の相手を毛嫌いしていることが。
『どうですか。満足する答えでしたか』
「あ、うん。ありがとう。あと、ごめんなさい。僕、力暴走させちゃった」
『あなたもまだまだ子どもですね。今度、チェスと囲碁と将棋をお土産に持ってきてください。びしびし鍛えてあげます』
「はい」
師匠はやっぱり優しいが、テーブルゲームは憂鬱だ。あれで、やりながら、洗濯とかやらせる気だ。
一緒に聞いていた大翔さんは、なかなか複雑そうな顔をする。
「運命の相手というのも、難しいものだな」
「お祖父様は、お祖母様のことを溺愛していたと聞いています。今も、お祖母様の遺骨を持って旅をしています」
「深すぎない?」
「お祖母様は、ほとんど外に出たことがない方です。やっと外に出られるようになったのに、視力を失い、片足が不自由、と一人では生活も出来なかったと聞きます。だから、今、連れ歩いているんです」
「そうか」
なかなか深い話に、大翔さんは頷くしかなかった。