結界
トイレ休憩で、サービスエリアでアヤネさんが車を停めた。人も車も多いところだ。
「私はトイレに行くけど、あなたたちはどうするの?」
「ポー様はまだ来ていないようなので、済ませてしまいましょう。カイト、ハインズ、行くぞ」
ポーがいないと、カイトとハインズは、ロバートの命令に従う。ロバート、ポーの前ではニコニコしているのに、ポーがいないと、どこか怖い。
私はついつい、アヤネさんにしがみつく。
「そうよね、迷っちゃうわね。一緒に行こう」
アヤネさんは勘違いしたけど、それを正さなかった。
それは、私が王国に来て数日の頃だった。
ロバートはポーがいない時、私に釘をさした。
「万が一、あなたがポー様ではない男に性交渉なんてされましたら、その男は、僕が殺します」
「絶対にしない!」
「あなたは、夜は一人で過ごしたことがないでしょう。しかも、毎日のように、性交渉をされていました。性交渉がない生活、出来るのですか?」
出来る、とは言い切れない。体がうずく時がある。それをどうにか誤魔化してはいる。ポーに縋って、触れて、どうにか満足はしている。けど、強い衝動が起こった時、それを抑える自信がない。
軍にいた時も、時々、そういうことがあった。そうなった時は、縋って、相手をしてもらったことがある。そうして、最後は酷いことになった。
ロバートは、私を蔑むように見下ろす。
「僕はポー様のためにしか動かない。お前は、ポー様のお気に入りだ。ポー様は、口では手放すと言っているが、心は違う。下僕である僕にはわかる。だから、お前が他の男と性交渉なんてしようものなら、その男は殺す、絶対だ」
「私は、捨てられない?」
「ポー様を捨てるのはお前だ。ポー様は絶対にお前を捨てない。覚えておけ。ポー様を捨てたら、お前を殺す。いいか」
ロバートは私の髪をわしづかみして、無理矢理、上を向かせる。あのいつもの穏やかな笑顔はなかった。
ポーから離れているからか、あの時のロバートを思い出してしまう。ロバートはポーのためならば、何だってやるのだろう。
それは、愛情なのだろうか? そこが、わからない。ポーがいうには、ロバートは特別だという。
「あのメンヘラ男に、何か言われた?」
女子トイレから出ると、アヤネさんが察してくれた。
「ロバート、ポーがいないと、ものすごく怖いの」
「車の中、もうお通夜みたいだったわ。もう、あの男は乗せない。あのメンヘラは、ここからは、大翔の車よ。スズちゃん、何か食べ物とか飲み物、買おうか。一応、カード預かってるから」
「うん、そうする」
サービスエリアは、キラキラしたもので溢れていた。ついつい、目を奪われて、寄り道をしてしまう。
アヤネさんは、スマホでヤマトさんと連絡をとりあっているようで、逐一、気にしていた。それが、良くなかった。気づくと、周りに人がいなくなっていた。
あれほど賑やかだったというのに、人がいない。どこか、閉じ込められたようで、不安になる。
「アヤネさん、アヤネさん!」
大きな声で呼んでも、返事がない。わけがわからなくなっていると、ロバートがトイレのほうから歩いてくる。
「ロバート、ロバート!」
「こういう術もあるんですね。僕には効きませんが。カイトかハインズ、どちらかを連れてこればよかった」
「どういう意味?」
「閉じ込められてしまったんです。たぶん、オンミョウジの術でしょう。残念ながら、僕には理解出来ない術です。抜け出すには、術者を見つけないといけないですね」
「みぃーつけたー」
子どもたちが遊ぶ遊具の方から、一人の男が歩いてくる。
ロバートは私を守るように前に出たけど、男が持つ妖精によって、吹き飛ばされた。
「ロバート!!」
「やっと見つけた、俺の運命」
私にわかるような言葉を話しているが、その目は獣だ。私は背筋が冷たくなる。怖い。
私は反射的に逃げるも、男の妖精につかまった。まだいる!
「どうして、二体も!!」
「俺の式神は、三体だ。ほら、見せてやるよ」
そういうと、もう一体出てくる。私よりも一体多い!
いつも私を守るように憑いている式神がいないことに、今、気づいた。
「やだ、離して!! ポー、ポー!!」
叫んでも、世界は変わらない。ロバートは妖精に抑え込まれて動けなくなっていた。
私も暴れても、妖精がしっかりと私を捕まえて離してくれない。
「俺の運命。やっと出会えた。さあ、一緒になろう」
そう言って、男は私に抱きついた。
ゾワゾワする。ポーじゃない男に触られて、気持ちが悪い。嫌悪しかない。
「イヤ! 離して!! ポーじゃない男はイヤ!!」
「すぐに馴れるだろう。だって、初めてじゃないんだろ」
この男は、私の過去を知っている。それが恐怖をあおった。
もう、二年前の出来事になってしまったことが、この男の手によって再現されようとしている。そう思うと、私の恐怖は頂点にまで上った。
パンという音とともに、空気の流れが変わった。
「スズ?」
ポーの声だ。そう思った瞬間、私に抱きついた男は遠くへ吹っ飛ぶ。
「ポー、ポー!!」
私は声をしたほうに駆ける。ポーはいた。だけど、いつもと違う。目の焦点が合っていない。
「ポー、大丈夫!」
「カイト、気絶させろ!!」
ロバートの命令に、カイトはポーに峰打ちする。瞬間、ポーは意識を失って倒れる。
私は慌てて地面に落ちないようにポーを支えた。
ドンというものすごい音に、後ろを見た。
数本の大きな木が根っこごと抜かれ、それが落ちた音だった。その中心に、あの、私に抱きついた男が倒れていた。
「スズちゃん、大丈夫って、あの男、阿部明人! なんてことしたのよ、あのバカは」
「知ってる人?」
アヤネさんは苦虫を潰したような顔をする。
「知ってるもなにも、これから行く阿部の御曹司よ。こいつ、大翔と同じ、跡取りなの。ダメ跡取りだけど。何されたの?」
「閉じ込められて、抱き疲れたの。なんか、運命がどうとかって」
「なーるほど、それでスズちゃんね。相変わらず、阿部は最低ね。ほら、起きなさい」
アヤネさんはアベを嫌っているのか、気絶してしまった男を蹴った。
「いってぇーなー。なんだ、御門の女か。お前には用がないって、いてぇな」
「さっさと逃げるわよ。ここにいたら、大変なことになる」
「お、おい!」
アヤネさんはアベを引っ張って、騒ぎとなった現場を走って離れた。
「ポー様は僕が運びます」
妖精におさえこまれていたロバートは、いつの間にか自由になって、私の腕からポーを抱き上げた。ポーの腕に抱くロバートは、いつもの優しい笑顔を見せるロバートだった。