スズの願い
ニッポンは、テレビで見るよりも、色々と詰まっていた。ニンジャとかサムライはいないのか。オンミョウジはいるけど、見れば、私と同じ、あく、じゃなくって、妖精憑きだった。
ポーは、オンミョウジの偉い人たちと一波乱しただけだった。私の時と同じ、敵の妖精を全部盗って、科学の武器も壊して、屈服させてしまった。
ニホンゴは、頑張ってみたけど、やっぱり難しくて、挨拶程度しか出来ない。それでもアヤネさんが私の言葉を話せたので、意思疎通は出来た。
「あの、坊やとは、どういう関係なの?」
「私、ポーの戦利品なの」
私はうまく説明出来ないので、よくポーが使う言葉をそのまま伝えた。
「私、勉強はそれなりに出来るほうだけど、あの子、化け物よね。あんな古語が混ざった古書を読破しちゃうなんて」
「ニホンの言葉も、一年で出来るようになったんだよ。すごいよね。私なんて、全然」
「あなたは、元は、どこにいたの? 芦屋って、どこに消えていったのか、謎なのよ」
質問されても、答えられない。物心ついた頃には、孤児院で孤立していた。
「私の記録、軍に身柄を移された時に、処分されたんだって。だから、私がどうして孤児院にいたのか、誰も知らない」
「どこの孤児院にいたかは、わかるでしょ」
「そうだね。でも、知らなくていい」
ポーは、一生懸命、私のことを調べている。表向きは、私が親から引き継いだ妖精のことを調べるため、と言っているけど、実際はそうじゃない。
一年一緒に居ても、偽物の婚約者になっても、いつか捨てられるんじゃないか、そればかり考えている。
こうやって、私のことを調べるのは、私を捨てる場所を探しているだけだ。
アヤネさんと歩く先には、ポーがいう聖域がある。何か、おかしな靄が見えるけど、それをポーがどうにかするために、聖域に行っている。
「せっかく日本に来たんだから、どこか行きたい所はない? あの坊やは連れて行けないけど、あなたたちは自由なんでしょ?」
「ポーが言ったの?」
「もう少し、ここで遊ぶんですって」
「ポーの傍にいる」
離れていたら、捨てられる。だから、ポーから目が離せない。
アヤネさんと見ていると、聖域から出ていた靄はすぐに消えて、ポーがひょこっと出てきた。
「聖域で、変なの作ろうとしないでください。もう、夢に出そうです」
「貴様に言われたくない!」
「命を弄ぶのはいけませんよ。罰が当たります。反省してください」
何やら、恐ろしいことをしていたようだ。アヤネを見てみれば、目をあわせてくれない。
アヤネさんとヤマトさんのおじいちゃんは、昨日はポーのことを恐れていたのに、今日はすっかり普通に接している。
ポーは不思議だ。怖いこともするし、化け物と呼ばれたりするけど、しばらく接すると、みんな、ポーを優しく受け入れる。ポーを受け入れられないのは、ポーを怒らせた人たちぐらいだ。
今回だって、ポーは怒っていない。ただ、最後は悲しそうに笑っていた。
オンミョウジが持っていた妖精は、一度はポーのものとなったが、すぐに返された。まさか、返されるとは思っていなかったようで、みんな、驚いていた。
そういえば、私の妖精は、未だにポーの支配下だ。護衛のように私の傍にいるが、返されたわけではない。
「スズー、スズー、もう、ひどいんだよ。聖域の中、すごい穢れちゃってて。呪いの塊なんかいたんだから! もう、疲れちゃった。膝枕してよー」
ポーは私を見ると、いつものように、膝枕を求めた。
「やっぱり、子どもねー」
アヤネさんは呆れたように笑った。
私に抱きついて、私のお腹に顔をうずめるポー。口や態度は子どもっぽいけど、その目は違う。どこか、飢えた獣のようで、私は背中がゾクゾクとする。
「おい、部屋を用意してやれ」
「はいはい。戻りましょう」
ニホンの言葉と、私がよく知る言葉が混じるので、戻ることしかわからなかった。
歩き出すと、ポーは私の隣りを手をつないで歩いた。その時は、いつもの子どもの顔に戻っていた。
寝る準備のように、布団が敷かれた部屋に、私とポーは二人っきりにされた。ポーは、私の膝に頭を乗せて、目を閉じる。
「ポー、どうして、私の妖精、ミカドに売らなかったの?」
騒動の原因はアヤネさんから聞いた。ミカドは、何故か、私の妖精を欲しがった。お金を出すから、とまで言ったそうだ。
だけど、ポーは拒否した。私のだから、と言っていたけど、それはおかしい。私の妖精は、まだ、ポーの支配下にいる。
「あれ、スズ、日本にいたかった? だったら、いていいんだよ」
「いたくない!! ポーと一緒に帰る!!!」
「あの妖精は、スズの血筋しか支配出来ないよ。そういう縛りになっている」
「でも、ポーが私から盗れた!」
「………あれはね、妖精が僕にスズを助けてほしい、とお願いしてきたからだよ」
私の妖精を見あげる。何を話しているかはわからない。ポーがいうには、かなり古いニッポンの言葉を使っているという。
「言葉は通じないけど、心は通じたんだよ。時々、そういうことがあるんだ。だから、僕は契約を結んだ。スズを助けるかわりに、スズの妖精は僕の軍門に下る、て契約」
「そんなの、知らない」
「誰にも話していない」
だから、ポーは私を公国から引き離した。公国では、私は酷い扱いを受けていた。それが常習化していて、私は普通になってしまっていたけど、妖精たちはそうではない。
私の涙が、ポーの顔に落ちる。ポーは目を閉じたまま、私の頬を撫でて、涙をぬぐう。
「スズは、好きにしていいんだよ。僕が、力をかしてあげるから。ほら、泣かないの。スズはどうしたいの?」
「ポーと一緒にいたい」
「もっと、色々と考えよう。スズは若いし、選択肢もいっぱいだ。こんなに早く、決めちゃだめだよ」
「ポーと一緒がいい」
「………ダメだよ、そんなこと言っちゃ。離せなくなる」
頭を無理矢理つかまれ、ポーに口づけをさせられる。驚いて見開く私の目と、飢えた獣のようなポーの目が交差して、私は呼吸が止まった。
ただの口づけなのに、私は、腰砕けた。