公国へ
婚約パーティは無事、終了した。帝国側は、やはり僕と年の近い皇女を連れてきたのだが、残念なことに、話があわなかった。可哀想なので、妖精男爵が最近、養子にしたという子を紹介した。その養子、面差しが皇女とどことなく似ていた。
しばらくして、公国側から、日本へ行く準備が出来たという連絡がきた。もっと時間がかかると思ったけど、さるおじいちゃん大将が僕のことを大変、気に入ってくれて、力をかしてくれた。ハニートラップしかけられているから、行く時は気を付けよう。なんでも、おじいちゃん大将は、僕のことを孫か息子にしたいらしい。
人選は、決まっていた。僕でしょ、スズでしょ、ロバートでしょ。
「お祖父様、カイトとハインズ貸してください」
たまたま、遊びに来ていたお祖父様お願いする。本当に遊びに来たんだよ。
公国とのやり取りで、ボードゲームで遊ぶことがあった。僕もお祖父様も頭が普通じゃないので、将棋とチェスと囲碁を同時に打って遊ぶ、ということをおじいちゃん大将とやっていた。それがいたく気に入ったようで、お祖父様は僕を相手に遊ぶのだ。
「その人選は、何か理由があるのか?」
「カイトは公国の女性とは面識ありますから。あと、ハインズはやっぱり組ませたほうがいいと思いました」
「ああ、向こうもそういうのが好きなのか」
「僕も挑戦したかったのですが、カイトに拒否されました」
「俺は無理だったぞ」
「相手はカイトですか?」
「その時はいなかった。ハインズとあいつの元彼だ。無理だった。投了だ」
「手加減してくださいよ!」
全部、負けた。孫に容赦なさすぎだよ!?
「男ばっかりでいいのか?」
「公国は、どうしても僕を誘惑したいので、女性をあててくるんですよ。だったら、向こうが喜びそうな人を連れてって、そっちに誘導しましょう」
「子作りしていいんだぞ」
「僕、まだ十一歳ですから!?」
学校にも行っていないような子どもに、なんてこというんだ、この大人は!?
というわけで、少数精鋭となって、ベースキャンプに到着した僕は、絶望した。
僕は基本、遠出する時は、魔法か乗馬である。馬車は使わない。だって、乗り物は酔うんだ。これは、絶対だ。
ベースキャンプからの移動手段は、空飛ぶ鉄の乗り物である。僕以外は、普通に乗り込む。
「大丈夫よ、落ちないから」
アリスさんが斜め上のことを安心させようという。違う、落ちるなんて思ってない! むしろ、落ちたって、僕は助かるんだから!!
「僕は魔法で行きます!」
「ポー様、妖精の力が及ぶ範囲は限られていますよ。地図を見ましたが、無理です」
「イヤだ! 吐く!! 絶対に吐く!!!」
見ただけで、わかる。僕はどの乗り物でも、乗り物酔いはする。絶対だ。
「お薬飲みましょう」
「ダメです! 薬は絶対にダメです!!」
アリスさんが薬を持ってきたけど、断固、拒否する。僕は基本、薬を飲む生活をしていない。薬は何が起こるかわからない。
「ほら、行きますよ」
「こら、不敬罪だ!!」
そして、カイトに無理矢理、乗せられるのだった。
アリスさんは僕のために、最短ルートで日本に連れて行ってくれた。しかし、どこまでも乗り物である。僕は、移動中、絶食状態だった。
ともかく、吐いた。胃液まで吐き出した。
「時々、乗り物に乗れない人がいる、という話は聞いたことがあるけど、酷いわね」
アリスさんもびっくりだった。
僕も、こんなに色々と乗り物の乗り換えをさせられるとは、びっくりだよ。公国は広すぎる。こんなに広いのに、どうして王国の領土狙うのかな??
ここに来る前、地図を見せてもらったけど、本当に広い。こんなに広いので、帝国や王国なんて、いらないと思う。リストで見せられた資源なんて、帝国も王国も使わないものばかりだ。
科学に僕は完全敗北しながら、やっと日本の宿泊施設に到着した。そこまでは、アリスさんのエスコートである。
「大丈夫、ポーくん」
「僕は、絶対に王国に帰ります! 公国ムリ!!」
「薬飲めば、すぐよくなりますよ」
「薬、ダメ! 絶対、ダメ!!」
「こうなると、ポーくんも、年相応ね」
アリスさんは、とても嬉しそうに笑う。僕はこの乗り物酔いは、全然、嬉しくない。克服する手段がないからだ。
僕がこんなに酷い状態だというのに、他の人たちはケロリとしている。カイトなんか、センサーとかに引っかからない剣の手入れなんかしていた。
「一応、ニッポンは帯剣は禁止よ」
「あれ、絶対にわからないようになっています。妖精が鍛えた剣なので」
さすがに丸腰で公国に行くわけにはいかないので、妖精関係の武器を妖精男爵から借りて来た。
借りた時、色々とお手伝いさせられたけど、それ以上に良いものだ。
一度、日本についてしまえば、帰る時は一瞬である。見知らぬ土地に行く時は、先に妖精と飛ばして、安全地帯を確保するので、日本までの転移は不可能だった。逆に、王国は勝手知ったる場所で、転移可能の定位置はいくつかある。だから、帰りは勝手に帰れるのだ。
そこのところは、アリスさんには話してある。
アリスさんは、建物の中だけど、多くの人が行き交い所まで案内してくれた。そこで、人を待つのだろう。
「ここからは、現地の人の案内になるわ。到着したら、連絡するように言われているのだけど、来たようね」
たくさんの人が行き交う中、スズと同じ髪と瞳の色を持つ女性がまっすぐ向かってきた。
「また、すごい人ですね」
「わかりますか?」
「妖精憑きですね」
なんと、スズと同じような人に近い妖精を一体、連れてきていた。スズにも見えているようで、驚いている。
「ようこそ、日本へ」
にっこりと友好的に笑って挨拶をする女性。彼女が連れている妖精は、スズの妖精二体と何やらお話をしているが、周りの声が賑やかすぎて、聞こえなかった。
「彼女は、陰陽師なの。御門彩音さん」
「よろしくお願いします」
握手を求められたので、僕たちはそれぞれ、自己紹介をして、握手をする。
ここからは、日本語のみの対応となるので、僕と彩音さんだけが話してばかりとなった。
「いくつか、僕に対しての約束事があります。それだけは守ってもらいます」
「無理難題ではないでしょうね、坊や」
初対面だから、子ども扱いは仕方がない。それに、子ども扱いされることはいい。
僕、王国では子ども扱いされていない。それどころか、スズは子作りしよう、と迫ってくるし。
「簡単です。
僕に科学で攻撃をしてはいけません。
僕に薬を盛ってはいけません。
以上です。この二つは絶対に守ってください。相手の命が危ないです」
「大丈夫よ。そんなこと、しないから」
「笑っていますが、被害者いっぱい出ましたからね。僕は平和にいきたいんです」
わかっていないな、この人。一応、言うだけ言ったので、後はどうなっても、僕は責任をとらない。
アリスさんが、もの言いたげに彩音さんを見ているけど、言わない。体験しないと、人は学ばないのだ。
「移動は、明日からにしましょう」
「あの、移動は、乗り物ですか?」
「私が運転する車なの。あなたに、というより、その式神に会いたい陰陽師が、集まっているのよ」
「………」
とっても嬉しい話なのだが、乗り物の話は、全然、嬉しくない。
僕は死にそうな顔をして黙り込んでいるので、アリスさんがかわりに彩音さんに説明してくれた。
明日の朝から食べられない僕は、憂鬱になりながら、最後の晩餐を食べて、部屋で休むこととなった。
部屋は二つ用意されていた。一つは、僕とスズが、もう一つはロバートとカイトとハインズが使うこととなった。使い方は、一応、書いてあるし、大丈夫だろうと思うけど、スズには簡単なレクチャーを丸投げして、僕はベッドで横になった。
移動中は、椅子に横になるか、ちょっといい感じの椅子に横になるか、なので、ベッドは嬉しい。寝心地も最高だ。お湯も簡単に出るので、湯あみも楽だ。
こういう所、お金はどうしてるの? とスズが心配していた。スズでも、ここが高級なのはわかるのだろう。これ、資源のやり取りで得た費用から出ている。
本当は、お互い、物の交換とかがよいのだけど、王国にとって公国の物は毒にしかならない。かといって、ただで渡すわけにはいかないので、公国側の通貨を積み立ててもらっている。使い道は、王国に戻れなくなった王国民への支援だ。一度、公国に渡ってしまった王国民は、王国に戻れない。それまでは、公国が支援をしてくれていたが、そこに、王国から資金援助を加えることとなった。
今更な対応だけど、出来る骨組みが出来たので、活用した。それでも、大金が残るので、今回、使わせてもらっている。婚約パーティでスズが着た着物の費用も、そこからだ。
「ただいまー」
公国の文化は慣れているので、スズは軽い足取りで部屋に戻ってきた。公国側の服を着ているけど、露出高いな。
「ロバートたちは、大丈夫そう?」
「誰でも出来るよ。ほら、説明文もある」
僕たちが使っている言語での説明文がある。公国では広く使われているらしい。親切だな。
「スズ、添い寝して」
「うん!」
嬉しそうに僕を抱きしめるスズ。
「日本は、おもしろい妖精がいっぱいだね。ちょっと煩いから、出てってもらおう」
せっかくの添い寝なのに、部屋の中は公国の妖精でいっぱいだ。たぶん、僕に憑いてる妖精が珍しくて、見に来たのだろう。僕は妖精に頼んで、追い払ってもらった。
妖精憑きに憑いていない妖精たちは、文句をいいながら、部屋から出ていった。
「ねえ、ポー、舌いれていい?」
婚約パーティが終わってから、スズの要求は一段階あがった。帝国からの婚約を断るための偽りの婚約なのだから、僕の立場は弱い。
スズの柔らかい胸から顔をあげると、欲望に染まったスズの目が、僕をまっすぐ見返す。
「仕方がない猫だ」
「ポー、大好き」
物凄く長い口づけだった。