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公国の妖精憑き  作者: 春香秋灯
最凶の妖精憑き
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母と祖父

 母上の部屋から出してもらえなくなった。

「あの、ロバートとスズが心配しますので、一度、帰っていいですか?」

 母上は泣き続けていた。それを責めるように見る使用人と侍女たち。僕が悪いの!?

 母上の許可は下りないし、使用人も侍女も出してくれそうにない。僕は、女の人には優しい人でいたいので、大人しく、この針の筵の空間で座っているしかなかった。

 僕にとっての苦痛は、一つしかない。暇だ。スズも王宮の人も、僕は善人と思っている。けど、僕の善はお祖父様に植え付けられたものだ。暇になると、お祖父様に植え付けられた善を避けて、とんでもないことをしようとしてしまう。それは、僕にとっては暇つぶしであるが、世の中では悪になることもある。

「お父様は、まだ?」

 ぐずぐずと泣きながら聞く母上。ザクト叔父上の手におえない人だから、王宮の者が呼べるとは思えないのだが。

「すぐ来るそうです。アラン様が、転移で連れてきます」

「そうですか。この部屋には、アランは入れないで。いいわね」

 てっきり、魔法使いアランと会おうとするかと思ったが、母上はそうしなかった。

 お祖父様が来ると聞いて、母上は落ち着き、僕の傍に椅子を寄せて、僕の手を握る。

「ポー、私はダメな親ですね」

「すみません、僕もダメな息子です」

 お互い、悪い親子だな。でも、母上の気持ちが理解出来ない僕は、最低な息子だろう。

 母上は、僕の指を撫でるようにして、一本一本見ている。

「あなたが生まれた時、手と足を確かめたの。五体満足に生まれてきてくれて、良かった」

「五体満足に生んでくれて、ありがとうございます」

 続きを何か言おうとして口を開く母上を遮って、侍女が「来ました」と声をかけてきた。

 何故か、僕と母上とお祖父様の三人だけにされた。人払いをされるということは、聞かれてまずい話なのだろう。

 お祖父様はものすごく怒っていた。椅子に座っている僕の胸倉をつかむと、容赦なく殴った。

 ロバートに教育されたので、僕は受け身をうけたけど、頬はむちゃくちゃ痛かった。

 僕は床に転がされ、お祖父様は僕が座っていた椅子に座り、頭を抱えた。

「俺が悪かった。もう、離宮から出ていけ」

「え、今更? どうして今更ですか? 理由を教えてください。何故、母上は泣くのですか? 僕に教えてください。僕には、知る権利があります!」

 怒りを感じる。何を今更だ。王族だから、と教えられたことを僕はきちんと受け止め、その通りに生きている。

「話すから、座れ」

「いやです」

 僕は拒否した。僕はお行儀悪いと叱られても、僕は冷たい床に座り込んだ。仕方なく、お祖父様が椅子から降りて、僕の向かいに、床に座り込む。それでも、僕はお祖父様を見上げるしかない。

「お前の祖母は、二人目の子どもを妊娠したまま、死んだ」

 それは、初めて聞く話だった。


 お祖母様はお祖父様に溺愛された女性だ。目が見えず、体も不自由で、人の手をかりないと生きていけないお祖母様をお祖父様は溺愛し、邸宅に閉じ込め、王弟殿下時代からの部下に守らせていた。常に命を狙われているお祖父様にとって、お祖母様はかっこうの人質となった。

 無事、一人目の子どもを産んでしばらくも、お祖母様は狙われていたという。お祖父様は当時、所持していた邸宅の地下には、お祖父様の命を狙った公国の密偵の死体が今も放置されている。

 体の弱いお祖母様には、お祖父様は何も教えなかった。だから、お祖母様は、知らぬ男に誘拐されても、誘拐とは気づかなかった。

 お祖父様が駆けつけるまで、お祖母様は拷問を受け、息も絶え絶えだったという。公国の密偵は、お祖父様の怒りを買い、その場で人ではなくなった。

 助けられて、邸宅に戻ったお祖母様は、しかし、一日ももたず、お祖父様と母上に見守られる中で息を引き取った。


 そこまでは、僕の知っている話だ。

「妊娠していた子どもは、アナスタシアがいうには、男の子だったという。お前の祖母は、妊娠も知らなかった。俺が、驚かせようと、アナスタシアに口止めした。知っていれば、扱いも良かったかもしれないが、わからない。あれは、自分を低く見ている。俺の負担になるくらいだったら、やはり、拷問されていたかもな」

「そうですか。それで、どうして僕は殴られないといけないのですか」

「八つ当たりだ。すまん。痛かったな」

 頬を撫でるけど、痛いから、お祖父様の手を払った。触られると痛いんだよ。

「アナスタシアにとって、お前は、生まれこれなかった弟の生まれ変わりだ」

「そうなのですか」

 母上にも、人らしい機微があったことが驚きだ。僕の反応に、お祖父様は苦笑する。

「お前の中身は、本当に俺にそっくりだな。俺も、王妃様と兄上がいなかったら、お前みたいになっていただろうな。だが、見た目は、エリカに似ている」

 母上はお祖父様寄りだという。僕は、てっきり、父親似だと思ったが、お祖母様寄りだったか。

「俺は子育てを失敗した。そんな俺が、お前たちを縛るのは、親としては間違っている。離宮を出て、自由にしろ」

「そこが、親失格なんですよ! 僕は離宮で生活していて、外のことなんて、これっぽっちもわかりません。そんな僕を市井に捨てるなんて、酷い祖父です」

「すまんすまん。そこは、大丈夫だ」

「ですが、僕とお母様を離宮から出していいんですか? 王都の聖域が無事なのは、お母様と僕がいるお陰でしょう」

 王都の聖域は、すぐに穢れる。妖精憑きが定期的に慰問しているが、それをはるかに超える勢いだったという。それが、母上を離宮に置いたことで、穢れがぴたりと止んだ。たぶん、僕と母上は、神に導かれた組み合わせで生まれた妖精憑きだ。聖域は、勝手に浄化されるのだろう。

 母上は、泣いて、僕を抱きしめる。

「私が残ります。ポーは自由に生きて」

「痛いんです、離れてください!」

 頬が痛いので、僕は母上に酷いことをいってしまう。それで、また、母上は激しく泣いた。

「ポー、母親には優しくしろ」

「はいはい」

 結局、子どものように縋りついて泣く母を僕は痛みを我慢して、慰めるしかなかった。本当は、僕が泣いて慰められる立場なのに、逆じゃないか。






 こうして、僕はしばらくして、離宮から解放された。ただ、自由にするのは可哀想だ、ということで、僕の受け入れ先をお祖父様はしっかり用意してくれていた。

「ザクト叔父上のことは、今後、どう呼べばいいんだろう」

 迎えに来たザクト叔父上を前にして、僕はいう。

 結局、後継ぎが永遠に出来ないザクト叔父上の養子となることとなった。国王の養子になって無理矢理、王太子にしておいて、いらなくなったら、公爵家に養子に出されるなんて、大人は身勝手だ。

 もちろん、ロバートは側近、スズは………まあ飼い主の責任として、一緒に行くこととなった。ロバートはいいけど、スズは、大丈夫かな?

 母上は、僕を見送るため、僕がいる部屋に来ていた。僕の手を優しくなでて、指を数える。あれから、会うと、指を数える。

 後で聞いたのだが、誘拐されたお祖母様が見つかった時、お腹の子は流産して、打ち捨てられていたそうだ。お祖父様はまだ人の形をしていないそれを持って帰ったという。それを見た母上は、壊れた。僕は知らなかったが、お祖母様が亡くなる前までは、母上は普通の子どもだったという。

 僕は五体満足で生まれて、母上は泣いて喜んだ。母上は最強の妖精憑きを生み出したかった、とは言ったが、生まれてみれば、そんな目的は吹っ飛んだ。泣いて、僕を手放さなくて、眠ることもしなくなったので、仕方なく、お祖父様は僕をロバートに預けた。

「アナスタシア、良かったね。北の砦に行けて」

「ええ。ポー、北の砦には、遊びに来てね」

「そうですね」

 仕事だけど。まだ、公国とのやり取りがあるので、行くけど、母上に会うかどうはわからない。

 母上も、結局、離宮を離れることとなった。母上を一人にしておくわけにもいかないので、お祖父様は、母上の身柄をアランに預けることにした。

 せっかく、恋しいアランと一緒に暮らせるというのに、母上はそれほど喜んでいない。不思議だ。

「母上、せっかくなので、僕に弟か妹を作ってください。ほら、アランとだったら、最強の妖精憑きじゃないですよ」

「ポー、あなたは、女の幸せを本当にわかっていないわね。あの公国のメス猫も、可哀想に」

「猫は主人の前で転がっているだけが幸福なんですよ。それを眺めるのは、主人である僕の幸福なんです。女の幸せなんて、いらない」

 僕の考え方は変わらない。子どもを作るつもりもないし、スズを人として扱うこともない。そんな生意気なことしかいえない僕の両頬を母上は力一杯引っ張った。

「お前も、まだまだ、子どもね。妖精男爵家では、こんな家訓があるそうよ。女は怖い。酷い目にあいなさい」

「痛いですよ!」

 僕は抗議するが、母上は少女のように笑うだけで、謝罪はなかった。

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