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和菓子屋千寿堂繁盛記 恋は甘い菓子のように  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
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7話 阿弥陀寺鳩羽

◇◇◇◇


「へ!? もう、一緒に住んでんの!? おいおいー。なんだよもうー。昨日が初夜だったわけ!?」


 大声ではやし立てられ、なんとなく伊織いおりと顔を見合わせる。


 ぱ、と先に顔を赤らめたのはどうやら自分らしい。「ち、違いますよっ」。代表するように伊織が首を横に振り、阿弥陀寺あみだじの住職だ、という鳩羽はとばに詰め寄った。


「一緒に住んでますが、ふ、布団とかは別ですっ。まだ、祝言しゅうげんを挙げてませんからっ」


「でも、お前んところ、一部屋だけだろ?」


 にやにやと暖簾のれんに視線を走らせ、酒でも呷るように茶を飲む。


 禿頭とくとうで、墨染めの衣を着てなければ、坊主に見えない。良いように言えば、眼力が鋭く、声が大きい。ただ、裏を返せば、胴間どうま声で睨み付けるように話すこの大男に、小夏は飲まれっぱなしだった。


「ですから、その一間を衝立ついたてで分けて……」

 必死に説明をしている伊織は、昨日とは違い、作務衣さむえ姿だった。頭には手ぬぐいを巻き付け、すっかり職人の風情だ。昨日とだいぶん、印象が違う。


 朝も随分と早いようだ。


 夜もまだ明けきらない頃に起き出した彼の物音で、小夏も目を醒ました。


『起こしてしまいましたね』

 と、衝立越しに詫びられたが、もともと五十鈴いすず屋にいたときから、起床はこれぐらいだった、と応じると、安堵したように息をつかれた。


『むしろ、旦那様より私の方が早く起きないといけませんのに』


 ばたばたと布団を畳み、しゃがんだまま、手早く寝間着を脱いだ。

 ちらり、と気になって衝立をみやるが、当然視線や気配などなく、ほ、と詰めていた息を吐いて、着物を掴んだ。


 昨日、小夏が使った布団も、衝立も。

 急遽きゅうきょ、隣のかんざし職人夫婦から借りたものだ。

 

 行くときは、『ちょっと、お願いしてきます』と普通に出ていったのに、衝立と布団を持って帰ってきた彼は、耳どころか首や、裾から覗く足首まで真っ赤になっていて驚いた。


『重たいのですか!?』

 慌てて駆け寄ると、『わぁ!』と驚かれ、ついでに、『ちょっと今、ぼくに近づかないでっ』と悲鳴を上げられた。


 何事かと目を丸くすると。

 どうやら、随分とかんざし職人夫婦に、からかわれたらしい。


 どのようなことを言われたのかは詳しくは語らなかったけれど、『妻帯者の話は、刺激が強すぎた……』と、呻いているのを聞いて、なんだか意味もわからず気の毒になった。


『あの、朝ご飯の準備とか……』

 しゅるり、と衣擦れの音を立てて帯を結び、衝立の向こうに耳を澄ます。


『先に、菓子の仕込みをします。その後、納豆売りとか、魚売りが来ますから、その時、考えましょう』

 凛とした声が聞こえ、『はい、旦那様』と応じると、『あの……』と、困惑気味に申し出られた。


『できれば、ぼくのことは、〝伊織〟と呼んでもらえませんか?』


 きょとん、と目を瞬かせ、中腰のまま衝立を眺める。『そっち、もう大丈夫ですか』と言われたので、『はい』と返事をすると、ひょっこり伊織が顔を覗かせた。


『多分……。〝夫〟という意味で〝旦那様〟と呼んでくれているんでしょうが……。どうも、小夏さん。ぼくのことを、そうじゃなくて、〝雇用主〟って意味で呼んでそうで……』


 済まなそうな顔に、小夏は口を閉じた。

 確かに。

 そうかもしれない、と思い至る。


 昨日会ったばかりの彼を。

 まだ、〝夫〟などと思えなかった。


『その……。ぼくとしては……。その。まだ、祝言は挙げてませんが。その……』

 ひょこひょこと衝立から顔を出したり引っ込めたりしながら、伊織は頭を掻く。


『妻として迎えたのですが、小夏さんから、「旦那様、旦那様」と呼ばれるたびに、妻ではなく、従業員を迎えたような気持ちになりまして……』


『……それは……』

 申し訳ありません、と平伏するのを、『いや、ですから』と素早く制した。


『ぼくのことを、〝伊織〟と』




「あの。《《伊織さん》》は、その……」

 そのときのことを思いだし、小夏は口を開いた。〝旦那様〟ではなく〝伊織〟。

 意識して、そう言った。


 鳩羽にからかわれ、必死になって弁明している彼に援護射撃をしてやろうとしたのだが。

 想像以上に鳩羽が、食い付く。


「はい。《《伊織さん》》が? 昨日の晩、どうでした」

「大変紳士で……。その、昨日も、ですね。私が眠るまで優しく声をかけてくださいましたし」


「優しく! 声をっ」

 大声でオウム返しされるから、小夏は大きく頷く。


「寒くないか、とか、痛くないか、とか。辛かったらいつでも言ってくれ、と」

「寒い!? 痛い!? 辛い!? え!? お前、何したのっ!?」


「ふ、布団の話ですっ!!」

 途端に悲鳴を伊織が上げ、当然だとばかりに、小夏が頷く。


「他にも、寂しくはないか、とか、今日は大変な目にあわせたが、眠れるか、とか……」

 一生懸命言葉を尽くし、昨日、彼がどれだけ自分に気を使っていたかを語ったのに、途中から、「小夏さんっ」と呻かれる。


「もう、勘弁してください……っ」

 何故だか、地面にくずおれて伊織が悶え苦しみ、鳩羽が大笑いしている。


「……え?」

 思わずきょとんと首を傾げてみたが、「まぁ、いいじゃねぇかよ」と空の湯飲みを、手でこね回している。


「上手くいってるようで何よりだ。これでもあれだよ? おめぇの、兄貴分として心配してるんだよ?」

 ちらりと視線を送るその表情は、確かに情に溢れている。


 まだ、このふたりの関係性がよくわからないが、小夏にとっての仕事仲間のようなものなのかもしれない。ぶつくさ口では言いながらも、伊織だって、十ばかり年上のこの大男を慕っているように見えた。


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