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和菓子屋千寿堂繁盛記 恋は甘い菓子のように  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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番外編 正月2

「で、では! お隣の奥さんに謝罪とお礼を……っ」

 また真っ青になって立ち上がろうとするから、伊織いおりは「じっとしてて」と声をかけるのだが、小夏こなつは焦ったように首を横に振る。


「私はもう、大丈夫ですからっ。それより、今はいったい、何刻なんどき……」

 動き出そうとする小夏の肩を掴み。


 今度は布団に押し倒した。


「そうですか。もう、大丈夫なんですか」


 できるだけ、冷ややかに告げ、小夏の顔を上から覗き込む。

 肩ではなく、彼女の細くて長い指に手を絡め、ぎゅ、と布団の上に押し付けた。「じゃあ」と顔を近づける。


「いま、何刻なのか、知りませんけど……。お昼の鐘が鳴るぐらいまで、ぼくの相手をしてもらいましょうか?」


「い、伊織さん……」


「昨日、なんにもしてなかったわけですし。もう、元気なんでしょう?」


 そっと唇を寄せると、熱を帯びたせわしない呼吸や、泣き出しそうに潤んでいる瞳が間近に見えて、「ほおら」と、伊織はため息ついて見せる。


「ぜんぜん、大丈夫じゃないじゃないですか」

 まつげの触れ合う距離で言葉をぶつけると、くしゃり、と小夏の顔がゆがんだ。


「だ、大丈夫です……」

 それでも半泣きになって強情ごうじょうに言い張るから、伊織は苦笑いを浮かべて、彼女の隣にごろりと横になった。


「嘘ですよ。いくらぼくが飢えてても、病人には手出ししませんよ」

 言いながら、手だけ伸ばして彼女の束ねた髪を指でもてあそぶ。やっぱり、つやつやとしていて、気持ちいい。


「あのね、小夏さん。しんどいときは、しんどいって言って欲しいし。嫌な時は、いや、って言ってくださいね」


「そんなときは、ないです」

 うぐうぐと目に浮かんだ涙をぬぐいながら、小夏が言う。


「じゃあ、毎晩襲っていいんですか」

「…………………………」

 黙り込み、せわしなく瞳を左右に動かす小夏に、伊織は噴出して笑った。


「別に断られたからって、小夏さんのことを嫌いになりませんよ。むしろ、いやいや相手される方が、ぼくは傷つくし……。こうやって」

 よいしょ、と上半身を起こし、布団に正座をすると、ぺこりと頭を下げた。


「急に倒れられる方が、ぼくは悲しい。というか……。働かせすぎて、ごめんなさい」


「そ、そそそそそそそ、そんなことはないんですっ」

 起き上がろうとするから、「小夏さんは、寝ておく」と、押し返す。


「だいたい、ぼく、毎年正月は寝正月なんです。三が日までは、ほぼ、布団から出ませんから」

 足を崩して胡坐あぐらをかくと、はは、と笑って見せた。


「おせちも作らないですし、年始回りも三日目に仕方なくやるだけで……。あとは、ときどき、あやかしたちが、お年玉をもらいに来るのを相手に、話してるだけですよ。ほぼ、ずーっと寝てます。布団、敷きっぱなし」


「……そうなんですか?」

 目をぱちぱちさせる小夏に、「そうなんです」と真面目に応じた。


「年末は、うちの店、本当に忙しいですから……。その分、お正月は寝て過ごすんです。だから、小夏さんも、ぼくの妻なら、寝て過ごして」

 掛け布団をかけてやり、襟元を整えてやると、「でも」と小夏が口ごもる。


五十鈴屋いすずやにいたとき、あねさんたちが……」


「たぶん、その姐さんたちのお家は、農家かなにかじゃないんですか?」

 伊織は優しく声をかけた。


 ご飯なんて作らなくても、買ってきたものでいいんですよ、と言うたび、小夏は、『でも姐さんたちは……』と、よく口にする。


 ご飯は一家の主婦が作るべきだし、つくろい物、掃除、すべてやるべきだ、と。


「うちは、商売屋ですから。申し訳ないですが、小夏さんには、お仕事をしてもらわないといけません」


 口にしながらも、だいたい、その姐さんとやらは、五十鈴屋に住み込みなのではないか、といつも思っていた。


 だったら自分自身が家庭を持っていて、主婦業をしているとは考えにくい。

 で、あるならば、この姐さんたちの口にする『一家の主婦』というのは、自分の母親を指すのだろう。


 たぶん、だが。

 田舎の、農家の主婦だ。


 畑や田んぼをし、その傍ら、家事を行っているのだろう。

 畑はともかく、田んぼは、家族単位ではなく、親族単位で行うから、意外に人手がある。季節ごとに忙しいし、人間関係はわずらわしいだろうが、多人数でことを行っていくので、手の空いた隙に家事や育児、副業などもできる。


 大勢で行うから、融通がきくことがおおい。


 だが、千寿堂のように、夫婦ふたりだけで、がっつり働いている場合、日中まず『空いている時間』を探すことが難しい。


 誰かが、仕事を代わりにやってくれることはないのだ。


 生活形態が違うのだが、小夏はどうしても『姐さんたちが理想とする母親や妻』にこだわっている。


「お仕事はします。当然です」

 うなずいて答える小夏に、伊織は微笑みかけた。


「ええ、そうです。ぼくが小夏さんにお願いしたいのは、お仕事であって、家事じゃないんです」

 明言してやると、小夏は驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた。


「家事なんて、ぼくが、手の空いているときにすればいいし、正直、やらなくったって、どうにかなります。だけどね。こうやって、小夏さんが倒れてしまったら、だれが水茶屋を回すんですか?」


「……それは……」

 掛け布団の端を掴み、口ごもる小夏の頭を、伊織は撫でてやる。


「小夏さんのお料理はぼく、大好きですし、お掃除や繕い物も、とっても助かりますが、身体を壊してまでしてほしい、とはおもいません。それに、一番、助けてほしいのは、お店です」

 はっきりと口にすると、彼女はようやく納得したように頷く。


「なので、今後は、水茶屋の方に重きを置いてください。わかりましたか」

 さらに念を押すと、「はい」と小さな返事があり、伊織はゆるんだように微笑んだ。


「さて。じゃあ……。二度寝とまいりますか」

「……伊織さん。一緒に寝ます?」


 布団の中から目だけのぞかせ、小夏が尋ねる。目元がほんのり赤くて、それが可愛いやらいとおしいやら。


(……どうしよう。添い寝だけでおさまるかな……)


 そんなことを考えていたら、木戸が、ガタガタと鳴る。


「いおりー。こなつー」「来たよー。あけてー」


 おもわず、小夏と顔を見合わせる。

 カワウソと子狸らしい。


 祝言しゅうげんを挙げた日から、もののけ封じのお札を貼ったため、以前のように勝手にあやかしたちが出入りできなくなった。

 家の中に入るには、必ず家人である伊織か小夏の返事がいる。


「あけまして、おめでとう。どうぞ」


 無視しようとおもっていたのに、小夏はあっさり返事をしてしまった。上半身を起こそうとするから、それをまた押しとどめ、伊織はため息をつく。


 結局、添い寝もなくなってしまった。


「おめでとー。あれ? こなつ?」「いおりが寝てないー。こなつが寝てるー」


 木戸を勢いよく開けて入ってきたカワウソと子狸は、ちょろり、と小夏の枕元に座り込み、不思議そうに、すんすんと彼女の匂いを嗅いで回る。


「体調を崩してるんだから。あんまり、お前ら騒がしく……。ってか、冷たいな、毛皮がっ」


 鼻先を首やら顔に押し付けられ、くすぐったそうに小夏が笑うから、伊織は腕を伸ばして、右手でカワウソ、左手で子狸を掴む。


 ずっと外をウロウロしているからだろう。なにより、二頭の毛皮が冷たい。


「火鉢の方にいろ、火鉢の」


「それより、お年玉―」「お年玉と、餅―」


 遠慮なく二頭は言い、両脇に抱えられたまま、尻尾をぶらんぶらん振っている。

 そのまま火鉢の前に放り落とし、それから、「ほら、正座」と伝える。


「はいっ」「はいっ」

 二頭ともきっちりと背筋をのばし、ふごふごとひげを揺らす様に、布団の方からは小夏の忍び笑いが聞こえてきた。


「あけましておめでとう。今年もよろしく」


 伊織も二頭の前で正座をして頭を下げる。ぺこり、と二頭が伏せのようなお辞儀をするので、苦笑いしながら、懐からぽち袋を出した。


「おとしだまー!」「おとしだまー!」

 大騒ぎしながら受け取る二頭に、「餅はその火鉢で焼くぞ」と声をかけて立ち上がる。


「おれ、のり」「おれ、しょうゆ」

 口々に言うが、「知らん。自分でしろ」と言いおいて、下駄をはいた。ついでに厨房で、小夏の粥を作ろう。


「あの……。しますよ」

 ばさり、と掛け布団を剥ぐ音がしたので、伊織は振り返って、じろりと睨みつけた。


「寝てて、ってさっき言いましたよね?」

 ちょっと、低い声を出すと、慌てたように小夏が布団に潜り込む。ついでに、二頭に厳命した。


「小夏さんが起きないように見張ってて」


「りょうかい!」「こなつ、ほらほら。ねててー」


 ちょろり、と四つ足で布団に近づき、ぽすぽすと短い手で寝かしつけているのは、子狸だ。


 カワウソは、というと、「こもりうたをうたってやろう」と、なんだか胸をそびやかせて、「きゅういぃん。きゅいん」と言い始めた。


(……去年の正月と大違いだ)


 布団の中で困惑している小夏を眺めて、伊織は笑う。


 騒々しく、慌ただしく、ちっとものんびりできない。


 だけど。

 とっても楽しい、正月だ、と。




                       番外編 正月 了

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