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アパートに帰ってからも嫌な緊張が体を支配していた。
あれって、呪いの人形なのでは?
テレビ番組やホラー映画で見るような人間を呪い殺す類のものだったら、かなりヤバイ。安易に関わってしまった過去の自分をビンタしてやりたかった。
その夜。普段はあまり飲まない酒を浴びるように飲んだあと、気絶するように布団の中へダイブ。
…………………………。
……………………。
………………。
しばらくして、無音をかき消す突然のピンポーン。
「…………」
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
「…………………」
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
普段ならこんな深夜にチャイムなど鳴らない。嫌な予感しかしない。
俺は布団をかぶり、無視することを決めた。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
「勘弁して……ください……静かに地獄にお戻りください……」
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
あまりにもしつこいチャイム攻撃。次第に恐怖よりもイライラが勝ってきた。
俺は飛び起きると、玄関まで走り、すぐにドアを開けた。
そこにはーーーー。
「こんな深夜にごめんね」
「んん? え…え………ダレです?」
知らない美少女が、ニコニコ笑顔で立っていた。とりあえず、あの呪いの人形でないことに胸を撫で下ろした。
「人間の姿になれるのは、深夜のこの時間だけだからさ」
「は?」
腰まである艶々した長い髪。モデルのようにスラッとしていて、顔は雑誌の表紙レベル。さっきまでとは違う緊張が襲う。
「あの……」
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました。私は、あなたに助けてもらった呪いの人形でーーす!!」
「はぁ!?」
「……ここだと近所迷惑だから、部屋に入って良い?」
「え、いや、あの」
戸惑う俺をどかし、強引に部屋に入ってくる女。横切る瞬間、フワッと甘い良い香りがして、意識が途切れた。
「一人暮らし? 彼女さんは…………いないみたいだね。はぁ~良かったぁ……」
「あ……とりあえず、そこ座ってください」
部屋の電気をつけて、小さなテーブルの前に座ってもらった。
「キミも座ったら? ずっと立ってないでさ」
「え、はい。じゃあ……」
目の前で見た女は、今まで見てきた女とはオーラがまるで違っていた。田舎の祖父母に紹介したら、腰を抜かすレベルに輝いて見えた。
全身から漏れる大人の色気。また儚げな雰囲気もあり、普通の男なら入れ食い状態だろう。
「さっき、呪いの人形がどうとか言ってましたけど……」
女は、目の前のスナック菓子をチラチラ見ている。
「あ、いいですよ。勝手に食べて。今、何か飲み物用意しますね」
俺は、立ち上がると小さな冷蔵庫からリンゴジュースを一番綺麗なグラスに入れて、女の前に置いた。
「ありがとう」
なぜかうつむき加減の女は、恥ずかしそうに俺をチラチラ見ていた。
「……ハハ…スゴいな、都会は………。呪いの人形って、人間になれるんだ……なるほど(?)」
「あ、少し誤解があるみたいだから言っておくと私は正真正銘、人間だからね。魂を自由にあの人形に移動出来るだけ。幽体離脱の進化版みたいな感じかなぁ。スゴイでしょ?」
「ん? いや、ナニソレ? ますます頭が混乱する。わけ分からな過ぎる」
「私の家って『神華』って言う財閥なんだけど…知ってる?」
「神華? いや、全然知らないっす」
「そっかぁ…。君って、世間知らずの田舎者だもんね…。神華の人間はね、普通とは違う特別な力をみんな持ってるの。例外なく。んん!?……ってか、美味しいね、このジュース。おかわりくださいな」
女から空のグラスを受け取り、再び立ち上がる。
「でも…そもそもどうして人形になろうと思ったんですか?」
台所から声を投げかける。
もう恐怖は消えていた。
「それは、もう少し仲良くなってから話すよ。あ、自己紹介まだだったよね。私は『口美 レイア』これから宜しく~。神華って名字嫌いだから、昔から口美って名乗ってるの」
「はぁ……。俺は、南 海人って言います。まぁ…これからがあるのか分かりませんけど、とりあえず宜しくお願いします」
………ん?
口美?
あれ……何か聞いたことあるな、その名前……。
口美レイア……。
「えっ!?」
振り返ろうとした俺の前に白い女が立っていた。全く足音がしなかった。幽霊のように近づき、その細い両手で優しく首を撫でられた。思わず、グラスを落としてしまった。
「あ、あ、あ…」
「フフ……君って…可愛いなぁ」
冷や汗。震えが止まらない。もしかしたら、失禁してるかも。
俺を見つめる女。
これが本当に人間の目なのか?
こんなに冷たくて、暗い目は見たことがなかった。
「そうだよ~。私は、全国指名手配中の凶悪犯。連続殺人犯の口美 レイア。……ちなみに海人ってさぁ、童貞?」
意識が途切れ途切れの状態で、女に操られるようにベッドに誘われた。
「さっき言ったでしょ~? 恩返しだって。私には、今はこれしか出来ないから……ごめんね」
優しく倒され、馬乗りになった女にキスされた。
夢と現実の狭間。
桃源郷。
とにかく、気持ちが良かった。
「……私。やっぱり、キミが好きかも」
連続殺人犯に好かれてしまった。
バッドエンドまっしぐら。すでに詰んでしまった人生。
俺を大学まで進学させてくれて、今も仕送りまでしてくれる祖父母に申し訳なさすぎて…………………でもやっぱり、エッチは超絶気持ち良くて……。
「…ゃ……もう一回しよ……」
「はぁ……はぁ…はぁ…」
ほんと、ワケが分からなかった。




