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「今度の土曜日、専門学校の同窓会があるから出かけるね」
「うん。分かった」
「寂しいと思うけど、一日だから我慢出来るよね?」
「あぁ、うん。大丈夫だよ」
「でもっ! でももし私がいなくて不安だったら、すぐ連絡してね。すっ飛んで帰るから」
「いや、せっかく地元に帰るんだし。ゆっくりしてきなよ。僕の方は、大丈夫だからさ」
なぜか、テンションがた落ちした妻の姿。
「…………私がいなくてもずいぶん余裕ですね。タツ君はさ、一人でも生きていける強い人間だったんだ……。知らなかったよ………」
「いやいや、そんなことないって! 僕だってモモちゃんと離れるのは寂しいし、ツラいよ。でもさ、友達と会える機会もあまりないし、帰った時くらいはゆっくり楽しんで来てほしいんだ」
「……………うん。分かった。ねぇ、今夜は一緒にお風呂入ろ? 久しぶりにタツ君と洗いっこしたいな。…………ダメ?」
潤んだ瞳で見つめられると、お風呂以外のことは何も考えられなくなった。
僕も一応、男らしい。
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土曜日。
寝ているタツ君のオデコにキスをした後、起こさないように静かに部屋を出た。
タツ君さぁ。もし私が敵だったら、瞬殺されてるよ?
殺し屋なら、ヨダレを垂らして熟睡なんてあり得ない。タツ君以外の殺し屋がこんな府抜けた油断してたら、キツイ制裁を加えてるところだよぉ。
「…………相変わらず、可愛い寝顔ですなぁ」
すぐ帰るから良い子で待っててね。
マイ、ダーリン。
私は、ホテル前で待機していた迎えの外車に乗ると元雇い主の屋敷に向かった。地図にも載らない屋敷の場所は、限られた身内しか知らない。
霧深い森の中。綺麗な庭園に囲まれ、ひっそりと佇む洋館。
屋敷内部は、私が最後に訪れた一年前と変わっていなかった。
警備員の厳しい身体チェックを終えた後、私は白い部屋に通された。この部屋は、壁や柱、家具などがすべて白色で統一されている。体育館ほどのスペースは今、不気味な静けさに包まれていた。
「君がわざわざ僕を訪ねてくるなんてね。今日は、どうしたの?」
私に背を向けて話す主。白いテーブルに置かれた黄金のマスクをつけて振り返った。
「ついこの間、ナンバー31に命を狙われました。あれって、アナタの差し金ですか?」
「うん? ナンバー31? 僕は知らないなぁ。彼の単独犯じゃないかな」
「……そうですか。ご存じのように私は正式にアナタから引退する許可を得ています。今後もし、同じような事が起きたら、彼らのボスであるアナタにも責任を取ってもらいますよ。良いですね?」
歩みを進めた私を見て、ボスの護衛三人が冷たい銃口を私に向けた。彼らだけじゃない。景色に溶け込んだ蜥蜴兵の殺気も感じる。
全部で八人か?
「分かったよ。部下達には再教育しとく。ただね~、君が愛する彼には気紛れで誰かが手を出すかもしれない。彼の引退は、まだ許可してないしね~」
「……」
瞬きする間に主の首もとに私の爪先が触れる。
ドサッ。
ドサッ。ドサッ。
数秒遅れで、受け身もとらず顔から床に倒れる護衛達。白床を真っ赤に染めていく。壁からも隠れていた蜥蜴兵の鮮血が吹き出る。足元に広がる血の海を見ながら、恍惚とした表情を浮かべる主。
「相変わらず、素晴らしいっ!! ナンバーワンは不動だなぁ」
「この不景気に彼のようなランキング圏外をわざわざ使う仕事もないはず。それに彼を巻き込んだら、この私が動く。いや、私だけじゃないよ? パパやママ。『神華』も黙ってないよ? それって、コスパが悪すぎだよね」
「神華……。そういえば、君の家って神華だったね。ふぅ〜……悪魔の一族か…。確かに今、君の家と戦争するのはリスク高いな~」
部屋を去ろうとした私の背に聞こえた主の呟き。
『でもさぁ〜……本当は君も気づいているんだろ? 幸せな結婚が幻想だと』
その言葉が、頭にこびりついていつまでも離れなかった。




