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今日から私の中学生活が始まる。本当に久しぶりに『竹島 正義』君に会える。とっても楽しみで、興奮して、でも……不安で………。ここ最近全然眠れてない。
パパに言われた通り、私は皆が嫌がるようにわざと汚い格好でこれから学校に毎日通うことになる。
「お嬢様……。本当にこんな姿で大丈夫なんですか?」
ガスマスクを被ったメイド長のユラが、私に臭いスプレーを全身に吹きかけながら、心配そうに聞いてきた。
「大丈夫なわけないでしょ!! 最悪だよ……ほんと………あり得ない……。でも……これは、パパとの約束だから。私が、学校に入る為の条件だから……」
他のメイドが、私の髪をぐちゃぐちゃに乱した後、ダサすぎる黒縁眼鏡を手渡す。私は、その糞ダサ眼鏡を顔に装着して、全身鏡を見た。
「………………」
絶句。失神寸前。あまりに汚い自分の姿に気絶しそうになった。こんな姿で、彼に会うの?
何、この罰ゲーム……。悪夢…………。
「くっ…汚っ……臭ッ! お嬢様。私も校長として、そろそろ行かないといけないので、仕上げは他の者に任せますね」
「あのさぁ………いい加減、その軍使用の防毒マスク外したら? いくらなんでも失礼過ぎない? はぁ~~~~」
メイドから校長に。雰囲気が、ガラリと変わった。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。彼ならきっと、こんなことであなたを嫌いにならないから(たぶん)」
優しく頭を撫でられた。安心する。まぁ……相変わらず、マスクを外す気配がないのが腹立たしいけど。
ありがとう。
………………………。
………………。
………。
桜の香りが、開け放たれた教室の窓から入ってくる。
予想通り。初日でクラスのほとんどの人間に嫌われた。クスクス笑われたり、露骨に嫌な顔をされた。
そりゃそうだよ………。それが、普通のリアクション。だって、臭すぎるもん。あり得ないよ、この格好。はぁ……。
こんな姿で、三年間過ごすの?
彼以外。他の生徒、教師なんてどうでもいい。でも彼だけには嫌われたくない。避けてほしくない。裏で手を回して、彼の隣の席をキープしたのはいいけど。
まだ一度も彼をまともに見ることさえ出来ない。
「俺、竹島。これから宜しく」
「っ!?」
突然、話しかけられた。心臓がドクンッと跳ねた。
「………………」
「聞こえて…るよな?」
臭いよね。
汚いよね。
ごめんなさい。
「…わたし………神華……零七………」
小さな桜の花びらが、目の前を横切る。
幸せ過ぎて、死にそうだった。
だって、世界で一番好きな人が隣にいるんだからーーー。
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10月初旬。
今日は、かなり鬱な高校の体育祭。運動音痴が実装されたこの体では、せめて他の人の邪魔をしないように、影に徹する一日。
「ねぇ~。正義は、何に出るの?」
「卓球……。まぁ補欠中の補欠だけどな。いつもみたいに適当にやり過ごすよ」
「ふ~ん。私は、バレーやるよ。あと、最後のリレー。応援宜しくね。正義の為だけに頑張るから」
中学時代は隠していた、男子にも勝る運動スキルを持つ零七。
「あっ、その微妙な顔は……。祭りが終わったら、ひどく汗ばんで疲れた体操着姿の私にエッチなことするつもりだね?」
「まぁ……気が向いたらね」
「何よ、それ! 失礼過ぎない? そんなに安い女じゃありません!! 神華なめないで!」
「そんなにプンプン怒るなよ。とにかく怪我には気をつけろよ」
「…………うん。ありがと」
少し頬を染めた彼女は、急ぎ足で同じクラスの輪の中へ入っていく。
その時、俺たちにわざと聞こえるように悪口を言っている男達がいた。いつも尻軽女を引き連れ、校内で威張り腐ってるバスケ部の連中だった。
「一組は、たいしたことねぇな」
「ハハハハ、確かに。いてもいなくても変わらない奴しかいねぇ」
自分たちだけが価値ある存在だと本気で思っているようだった。
「どけっ! 邪魔だ、クズ」
「あっ…ごめん」
わざとぶつかり、睨み付けてきた。関わると厄介だから、彼らからなるべく離れることにした。
………………………………………。
………………………………。
………………………。
体育祭は特に問題もなく、当然活躍もなく終盤になった。
でも、最悪な出来事とは最後の最後に待っているらしい……。トイレから出てきた所を朝の頭の悪い男達に絡まれた。逃げようにも背の高い三人に進路を防がれ、どうしようもない。
「なぁ、お前。俺たちの肩揉んでくれよ。それくらいしか役に立たねぇんだし」
「いや……出来ない。そんなに暇じゃないんだよ。じゃあ……」
「あぁ? ちょっと待て!」
服を破けそうなほど掴まれ、誰もいない教室に強制連行された。
予想以上の最悪な日になりそうだ。
「そういえば……お前さぁ、零七とかって言う巨乳女と仲良いな? それにしても良い体してるよなぁ、アイツ。体育祭終わったら、その女を連れてこい。疲れた俺らの相手してもらうわ。男絞めるより、抱ける女だ」
「………ふざけるな」
ゴッ!!
生まれて初めて、人を殴った。なんでこんなにもイライラしているのか自分でも不思議だった。目頭が熱く、どす黒い怒りが一瞬で全身を駆け巡った。
男達を三発殴った所までは覚えていた。
ーーーが、情けないことに後半はその何倍も奴等に殴られて気を失った。
夕方過ぎ、とっくに体育祭は終わっていた。それでもまだ痛みの残る腹部や腕を押さえながら、足を引きずりながら教室を後にした。偶然、目の前から零七が歩いてきた。零七は、約束をしたのに応援に来なかった俺を怒るつもりだったらしいが、このボロクソにやられた俺の状態を見て、怒りを忘れたみたいだ。
「どうしたの!? その傷」
「何でもない……。触るな」
「えっ、でも」
「何でもないって言ってるだろっ!! しつこいんだよ、お前」
心配してくれる相手に対する、子供じみた逆ギレ。カッコ悪すぎだろ、自分……。
涙が出そうなほど、無性に恥ずかしくなった。一秒でも速くこの場を去りたかった。逃げる俺を見ながら、その場で停止している零七。その表情からは、感情が読み取れない。
「…………」
「……………」
ーーーーーーーーーーーーーーー
誰もいない。熱気から解放された第二体育館。そこに三人の男がいた。
一人は、フリースローの真似事をしている。他の二人は、エッチな本をニタニタ笑いながら見ていた。下卑た笑い声だけが木霊する空間。その場に大袈裟な欠伸が響いた。
「………フッ」
「なんだよ。結局、あのバカ。連れてきた。そんなに俺らのこと怖かったんだなぁ。後でちゃんと慰めてやらないとな。さっきは、糞つまんねぇ意地張りやがってよ」
ペチャクチャ、まだ何かを喋っている男達を無視し、床に落ちていたバスケットボールを片手で掴んだ美少女。
「今から、私と試合しない?」
「試合?……バスケ部でもないお前が、俺達三人に勝てるわけねぇだろ? そもそも負けたら、どうすんだ?」
「う~ん」
悩む美少女。
「私を好きにしていいよ」
「クク……好きにして? 良いんだな、それで。言っておくが、俺達は本当に何でもやらすからな」
「その代わり、もし私が勝ったら二度とバスケしないでね。約束破ったら、神華が黙ってないよ」
「神華……あの狂った財閥か? その財閥令嬢だったのかよ、お前。ハハ……分かった。俺たちが負けるなんて百パーありえねぇけどな! 一つ言っておくが、俺とそこにいるアイツは卒業と同時にプロになることが内定してる。他の雑魚とはレベルが違う。女だろうと手加減なんかしねぇからな!!」
ダッ、ダン!
美少女は、一瞬で背の高い男の前に立つ。
「そういうのいいからさぁ。こっちは、早くヤりたくて仕方ないんだよ」
……………………………。
……………………。
……………。
二十分後。静寂。
「あなた達、ほんとにバスケ部?」
退部届を書かされた男達は、キツイ屈辱を味わっていた。
男は、自分の手を血が出るほど強く噛む。このままでは終われない。懐からナイフを取り出した。
「それ以上、バカしたら本当に殺すから。それともう一つ。今度、私の彼氏を傷つけたら下半身のブツを切り落として無理矢理食わすからね。………本当に次は、こんな甘っちょろい罰じゃ済まないよ?」
振り返った女の魔眼。死神のように無慈悲。
蛇に睨まれたカエル男達はその場で硬直し、項垂れることしか出来なかった。




