戦
七美は、俺達の脇を通りすぎると真っ直ぐ壇上まで上がり、魅月と呼ばれた女と対峙した。
「もう一度だけ言うよ。これ以上、勝手な行動は許さない。早くこの学校から出ていけ」
珍しく感情を露にしている。冷静沈着な生徒会長の仮面が剥がれるほど、今の七美はキレていた。
体育館に集まった他の生徒も動揺を隠せないらしく、ザワザワが止まらない。
「ここから出ていくのは、アナタよ? 昨日付で会長職をクビにされたアナタが、現会長の私に歯向かうこと自体、許しがたい暴挙。はぁ~~。アナタ……もう詰んでるの」
魅月の背後で待機していた男二人。目にも留まらぬ速さで七美の頭に麻袋をかけると両手を手錠で拘束した。
同様に俺や番条さんも厳つい体の男子生徒に拘束された。暴れたら、容赦なく頭を鈍器のような物で殴られた。
「七美っ!!!」
『私は、大丈夫だから。今は、彼らに抵抗しないで』
どういうカラクリか分からないが、直接頭に声が響いた。
「七美。アンタには、これからじっ………くりと地獄を味わってもらうから。お母様もきっと喜ぶわ」
俺はもう一度殴られ、そこで意識を失った。
……………………………。
……………………。
……………。
目を覚ますと真っ白な部屋の中にいた。四方を壁に囲まれており、パッと見、扉がない。見上げると遥か上空に小さな窓が一つあり、どうやらそこが唯一の脱出口らしかった。
高さは二、三十メートルはありそうだ。
信じられない悪夢のような現実。殴られた事とは無関係に、頭が痛んだ。
叫び出したい自分を必死に抑え込み、俺は壁に背を預けると七美が言った『抵抗しないで』って言葉を守ることだけに集中した。
動揺や焦りで無駄に体力を消耗することは避けなくてはいけない。
「っ!?」
その時、真上から何かがサッと落ちてきた。床に突き刺さった物は、鋭利なナイフ。頭上から男の笑い声がした。
「お~~い! 青井くーーーん。会長からなぁ、三十分に一本、お前にプレゼントしとけってさ。良かったなぁ」
あの高さから、こんなナイフが落ちてきて、もし体に当たったら………。
「どうしたぁ? 恐くてお漏らししちまったか?」
下卑た笑い声。
「………………」
本当なら、取り乱すべき状況のはず。
………でもなぜか、俺は全く恐怖を感じていなかった。普段から異常なハプニングの連続で感覚が麻痺したのかもしれない。
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学校の屋上に生徒会役員No.3、元書記の二川愛蘭がいた。いつものようにフェンスに寄りかかり、どこまでも広がる青い空を透明な眼差しで見上げていた。
青井と同じく、彼女のお気に入りの場所になっていた。そこに現れる新生徒会の男子生徒。彼は彼女の後任となり、正式な書記として、会長の学園支配を手伝っていた。主に『女生徒の管理・教育』を任されていた。
彼もまた長身美少女である二川に引けを取らない美男子だった。
常に彼の周りには彼を慕う複数の女生徒がいて、恍惚な表情を浮かべ、彼を見上げていた。
「君が、二川愛蘭だろ? 僕は、狩屋 了です。今は君の後任として、書記をやっています」
「…………私に何の用だ?」
「知ってるはずだけど、ここは生徒立入り禁止だよね? ダメだよ、校則を破ったら」
「…………分かった。もう、ここには来ない」
狩屋の横を通り過ぎようとする二川を屋上の鉄扉前で、女生徒が無言で通せんぼ。
「随分と物分かりがいいな………。会長の話とは、違う。君は、自分勝手な性格だと聞いていたけど………。まぁいっか! どっちみち、二川さんには僕の奴隷になって働いてもらうことに変わりはないから」
「お前の奴隷に?」
ビュッッ!!
鞭のようにしなる二川の回し足蹴り。狩屋を守るため、それよりも速い速度で女奴隷二人がその攻撃を全身で受け止めた。
一人は数メートルも壁際まで吹き飛び、もう一人は、だらんと折れた左手を支え、それでも主を甘えた顔で見上げていた。
「ありがとう。助かったよ」
優しく頭を撫でられたこの生徒は、折れた腕の痛みなど忘れたように喜の表情を浮かべていた。
「それにしてもスゴい蹴りだね~。女とは思えないよ。格闘技術は、プロレベル。こんなに美人でさぁ、しかも強いって反則だよね。次は、どうする? 殴ってくる? さぁ、来なよ!」
ザザッ………。開いた鉄扉から現れた複数の女生徒が、狩屋を囲んだ。彼女達は両手に武器を所持しており、二川を睨んでいる。殺すことも厭わない危険な眼。
「女の陰に隠れ、守られてばかり。お前は、戦わないのか?」
「戦う? この僕が? なんで? 彼女達は僕の奴隷なんだよ。主を守るのは、当然でしょ。君は、可笑しなこと言うんだね」
「そうだな……。私が間違っていたよ。お前は、戦わなくていい。ただ一方的に私に壊されて死にな」
女奴隷の攻撃を躱しながら、なるべくダメージが残らないように気絶させる。
「ダメだよ……それじゃ」
その二川の無自覚の甘さが、技のキレを曇らせ、彼女自身を傷つけた。
十人ほどいた女奴隷を全員黙らせた。が、二川も身体中から血を流していた。
「………終わりだ。あんなにいたお前の可愛いペットもいなくなり、残るは…お前一人……」
追い詰められたはずの男は、盛大に笑い転げた。
「ハハハハハッ!!……はぁ…………あ~ぁ…。君は、何も分かっていない。僕が、どうして『嫌がる彼女達』を支配出来たと思う? 僕が、生徒会役員だから? カッコいいから? 全然違うよ」
「ぐっ!!?」
金縛りにあったように体が動かなくなった。二川は、男の前で両膝をついた。
「僕には、この『声』があるから。何人もこの声には逆らえないんだよ。おバカさん」
雨の匂いーーー。
あんなに晴れていた空を不穏な雨雲が覆う。
遂に冷たい雨が降ってきた。
二川は、震える足を殴り、何とか立ち上がった。
「無理しない方が良いと思うよ? もうキミの体はキミの物じゃない。僕のマリオネットなんだから」
「…………………」
「雨ってさぁ、良いよね。濡れた制服。下着の形が少し露になって、こうやって見てると少しムラムラするよ」
狩屋が、二川の長い髪を撫でる。
抵抗しようとするが、体が痺れて動けない。
「無理だよ。キミは、もうーーー」
その時、奇跡が起こった。狩屋の腕を掴んだ二川は、反対方向に思い切りへし折った。更に狩屋の顔に思い切り頭突き。鼻骨をクシャっと折った。
「な、な、な、な、んで!? 体を動かせる? あり得ない!!」
「お前の声については、事前に会長から話を聞いていた。だから、わざわざこんな耳栓までしてるわけだし」
長い髪をかき上げ、左耳に装着した耳栓を男に見せる。
「そんな、バカな………」
「うん。分かってるじゃん。お前は、バカだよ。気をつけて私を観察してたら、その違和感、微妙な目線のズレに気づけたはず。油断したな。お前の声は聞こえなくても、私は読唇術が出来るから会話は可能だったわけ」
尻餅をついた男に歩み寄る二川は、嬉しそうに笑った。
「久しぶりに躊躇なく殺せる。ありがとう、狩屋………クズでいてくれて」
「やめっ………来るな! それ以上、来るなぁあぁあ!!!!」
「とりあえず、そうだなぁ………。お前に苦しめられた女の数だけ、その股間を蹴ることにしよう! 狩屋、お前が言っていたように私もムラムラしてきちゃったよ」
「助け、てぎゅ!」
「まず、一回」
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時同じくして、学校の中庭。
そこに連れて来られた麻袋で目隠しをされた番条。その手前に新副会長の男が立っていた。高身長で恵まれた体格。巨木のような腕には、蜂の刺青が見える。短髪で色黒。死神のように色が白い番条とは、対照的だった。
「番条鈴音。お前は、他の愚か者とは違う。会長に歯向かう、神華七美や二川愛蘭とはな。だから、助けてあげたい気持ちはあるんだが………。これは、会長からの指示でな。不安分子は排除せよとのことだから。連帯責任と言うことで、お前にはここで死んでもらうわ」
中庭に見慣れない一匹の赤い蝶が、横切る。その蝶は、次第に数を増し、中庭全体を覆うように群がった。
『蝶の匣』
指先に蝶を乗せた男。
「俺は、天谷 匙。誰に殺されたか分からないのは、さすがに酷だからな」
「私を……殺すの?」
赤い蝶が、急速にその数を増す。太陽まで紅く染めた。
「害虫は、一匹残らず排除する。恨むなら、元会長を恨め」
「……………死ぬの嫌だな…」
番条の体全体に蝶が群がり、覆い隠した。




