プロローグ
その日、唐突に僕の世界に終わりが訪れた。
「雫…?」
少し遅れて凄まじい音が周囲に鳴り響いた。
聞いたことがないような衝撃音。
その音とともに雫がいなくなった。
「人が轢かれたぞ!はやく!救急車!」
その怒声でようやく我に返った。
どれくらい時間が経ったのかは分からない。ほんの少しの間のような気もするし、何時間も経っているような感覚さえあった。
あたりを見渡すと僕の周りには人がたくさんいた。いつの間にか野次馬が集まってきていたのだ。その野次馬たちが一様に同じところに注目しているのがわかった。
その注目の的になっているところに視線を送ると、遠く離れたところでトラックが電柱にめり込んで止まっているのが見えた。皆、事故現場を見に来ているようだった。
野次馬たちはそのトラックの方を見て口々に何かを言っている。おんなのこ…、ひかれた…、もう助からな…、途切れ途切れに会話が聞こえてくるが、周りがうるさくて正確には聞き取ることができない。
周囲を見回しても、ついさっきまで隣を歩いていた雫がいない。事故現場なんて危ないし、早く雫を連れてこの場から離れよう…もしかして事故現場をよく見ようと近くに行ってしまったのか?雫はそんなモラルのないやつだったのか、など次から次に考えたところで、
―今さっきまで一緒にいたはずなのにどうして今いないんだ、まさか、轢かれたのって…
ようやくことの重大さに気づいた。一気に全身に冷や汗が出てきてたのがわかった。
僕の頭の中は疑問符でいっぱいで、考えることを停止させる。
だが、今おかれている状況から少しずつ頭の中で理解し始める。
それと同時に起こったことが最悪な出来事であることも理解し始めていた。
でも、僕の心がそれを拒絶していた。理解なんてできるはずもない。雫はおっちょこちょいなところがあるから、この人だかりの波に飲まれて遠くに行ってしまったのではないだろうか、今頃僕のことを捜しているのではないか。なんて現実逃避をしている自分がいる。そんなわけないのに…
―いやだ、いやだ、いやだ、いやだ
ふらふらの足で少しずつトラックへと近づいていく。
今にも火が出そうな程、煙を上げているトラックの傍らに雫のリュックが落ちていた。
雫がお気に入りにしていた星柄のリュック。お揃いにしようと何度も言われてたけど、子供っぽいし恥ずかしくていつも断っていた。そんなリュックが血まみれになって地面に虚しく落ちている。血が大量についているせいでせっかくの星柄も全く見えなくなっている。
血まみれのリュックを見たことで、完全に理解した。
雫がトラックに轢かれた。
僕は声にならない声を上げトラックへさらに近づこうと走り始めた。
だが、急に手が後ろに引っ張られた。あまりの衝撃に後ろを振り返ると、中年の男がいた。鬼の形相でこちらを睨んでいる。
「死にたいのか!あのトラックはいつ爆発するかわからないんだぞ!」
「あそこに雫が!雫!いやだ!離してくれ!」
「おとなしくするんだ!もう救急車を呼んだから!」
僕は雫を助けるため、野次馬の制止を振り払おうと無我夢中でもがいた。しかし、暴れたために数人がかりで抑えられてしまい身動きがとれない状態となってしまった。大人数人で抑えられてはさすがにどうすることも出来ず、ただトラックを見つめることしかできない時間がしばらく続いた。
その時、トラックから火の手が上がるのが見えた。
「火が!早く助けないと!お願いだから離してくれ!」
「もう友達は助からないよ!あんたまで死ぬ気か!?」
「俺はどうなってもいいんだ!早く行かないと雫が本当に死んでしまう!」
「バカなことを言うんじゃない!行かせられるわけがないだろう!」
そんな問答を為す術なく野次馬と数度繰り返しているとトラックから小さな爆発音がきこえてきた。
爆発音が聞こえたことで野次馬たちに緊張が走り、全員の注意はさらにトラックに釘付けになる。僕を取り押さえていた野次馬たちも同様にトラックに注意を向けていたため、僕を抑える力が弱くなったことに誰も気づかない。この隙に野次馬たちの制止を振り切ることに成功し、再び走り始めた。
トラックまで後少しの距離まで迫った。
これで雫を助けることができる、まだまだ雫としたいことが山ほどあるんだ、こんなところで死なせてたまるものか。
そう思った次の瞬間、トラックから発せられた膨大な熱量を持った風が、僕を雫から遠ざける。
トラックが大きく爆発したのだ。
僕は爆風によって壁に激突、全身を強打。
その衝撃で頭を強く打ち、僕は「意識」を失った。
―すぐに助けに…いく…からな…
その日、本当に簡単に、僕の世界は終わってしまった。