1.
春もいつの間にか終わりに近づき、日が長くなっている。とうに六時を過ぎたのに、まだ日は沈んでおらず、いささか驚いた。
部屋を引き払うために一時的に自宅に戻った俺は、不快なものに触れてしまったことを悔いていた。
手を何度も何度も石鹸で洗ったが、嫌悪感は取れなくて、服を脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴びた。
先ほど会った女の言葉が、頭の中に響く。
「ねえ、あの子は、あなたの見た目が好きなんだよ? 変わる前のあなただったら受け入れてくれたのかな」
目の前に立つ女を睨んだ。
もう会わないと伝えたのに、あまりにもしつこいので仕方なくあったのだ。
「――私なら、あなたの内面を含めてすべて愛せる」
女はそう言うと抱きついてきた。
俺を見上げるその目には昏い意志と、断られないだろうという傲慢な自信が燃えている。
ぶわりと鳥肌が立ち、これまでは表に出さないようにしていた嫌悪感を隠すのをやめた。取り繕っていた表情がごっそりと抜け落ちる。
女はひっと息を飲んだ。それから怯えた色を浮かべたことを誤魔化すようにへらへらとした笑みを浮かべたのだった。
こんなところを彼女に見られて、誤解でもされたらと思うと気が気ではない。
小柄なその女は、この数年間の協力者だった。一応、恩義もあった。だが、一体この茶番は何なのだろう――。
作業がある程度終わったら、すみれさんのところへ戻ろう。そう思っていたから、コンタクトレンズは入れたままだった。
でも、いろいろと疲れが出てきたらしい。抗えない眠気に襲われて、しかたなく、久しぶりにこの部屋で眠ることにした。
俺はのろのろと立ち上がると、ふたたび洗面所に戻り、色付きのレンズを外す。
すると、気持ち悪い瞳があらわになった。
左側は薄いヘーゼル、右側はそれよりもやや濃い茶色。左右で目の色が違うのだ。
しかも片目の虹彩には、染みのようにところどころ水色が散っている。
そこまで目立つわけでもなく、じっと見なければわからないのだが、俺は生まれつきのオッドアイだった。日本人でも、割合はものすごく低いけれど左右の目の色が違うことはあるのだと言う。
化け物だと言われないように、この目は、いつも空色のレンズで隠している。
「あなたの瞳は、隠さなくてはいけないわ」
幼い僕に、母は優しく、けれども何度も執拗に言い聞かせた。
記憶の中の母は、いつでも儚げに笑っていた。美しい人だったが、僕の中では、まるで実体のない幽霊のような存在だった。口元は笑みの形をしているのだが、その目からはいつも、幾筋もの涙が流れていた。
「――どうして?」
「醜いからよ。左右で色が違うなんて気持ち悪い。――大切なあなたがそう思われるなんて、お母さん、悲しいわ」
母の言葉は甘やかだったが、僕はその裏にある真意を聡く感じ取ってしまっていた。今思うと、無自覚に傷ついていた。
母は僕を隠して育てた。
四歳になっても五歳になっても、保育園や幼稚園に通わせてもらうこともなく、僕は自分と母以外の人間をほとんど見たことがなかった。
そんな環境だったにも関わらず、母は徹底していた。前髪は長く伸ばされ、片目が隠れるようになっていた。カモフラージュのために度の入っていない眼鏡もかけさせられた。
母は地元の名家の出身だったが、こんな色の僕を産み落としたことで婚家に責められ、出戻ってきた。
本家にいる人たちは、そんな僕たち母子を疎んで離れに追いやったのだが、今思うと、そんな厄介者に衣食住を保証してくれていただけでも有り難かったのかもしれない。
もともと丈夫なたちではなかった母は、心労もあって、たいてい布団の上で過ごしていた。
僕に対しては、この目を隠すこと以外の関心をあまり持たず、離れにいないことにさえ気がつかないことが多かった。
母は実年齢より少女めいているというか、夢の中で生きているような、危うい部分を持ち合わせていた。
僕の顔を見ると、泣きそうに顔を歪めることが多く、そして、そのまま寝込んでしまうので、なるべく視界に入らないように意識したのは何歳のころだっただろうか。
僕たちは本家の離れで息を潜めるようにして日々を送っていた。
そこは隠されるように建っていた。表門から入ると、竹やぶに阻まれてよく見えず、庭の一部だと認識されるようなつくりだ。
離れには子どもが遊ぶような玩具どころか、テレビやラジオの類いもなかった。
だが、離れの裏手には大きな蔵がある。
蔵までは飛び石が続いており、その両側に竹が生えている。地面を川に見立てて、落ちないように遊んでいたとき、蔵の鍵を見つけた。
恐る恐る入ってみると、蔵の中には天井までの高さの書棚が、森のようにひしめいていた。
そして、壁際に破れたアンティークソファが一つ置かれており、そこで本を読むことができた。
本家に住む人は大学で教鞭を取っていると聞いたことがある。
だからなのか、蔵には古い本が大量にあり、書棚に並べきれない分は床にうず高く積み上げられていた。
管理状態は良くなくて、埃っぽく黴臭いけれど、幼い僕はそこに入り浸っていた。
おそらくそれは誰にも知られていなかったと思う。誰にも邪魔をされることがなかったから。
まさか、あんな小さな子どもが難しい学術書や百科事典を読むだなんて、誰も思わなかったのだろう。
どうやら僕は生まれつき知能が高かったらしく、普通の子どもと違って言葉を理解するのが異様に早かった。
人とは違う目は、その代償だったのだろうか。
いろいろなことを一度で覚えることができたし、一方で忘れることもできない。そんな能力は途方もなく便利だったが、ひどく残酷でもあった。
僕は頭の中に少しずつ巨大な図書館を構築していった。
基本的には何にも頓着しなかったので、広く浅く学んだが、植物学の分野はとにかく面白かった。
身近にある草がテーマになっていたからイメージしやすかったのかもしれない。僕はどんどん知識を吸収していった。
五歳ごろになると行動範囲が広がった。
咎めるどころか気づく人間もいなかったので、僕は本家の敷地を抜け出し、散歩に出るようになっていたのだ。
敷地の北側の柵が壊れていて、猫や子どもなら抜けられる程度の隙間があった。僕はそこを通って、誰にも見つからず、どこへでも行くことができた。
はじめの一回はこの上なく緊張した。だが、慣れるまではあっという間だった。
河川敷で野草のスケッチをしたり、フィールドワークめいたことをしたりするのが日課になった。
今考えると、僕の精神年齢はすでに小学生くらいだったのかもしれない。
やがて、僕と同じ寂しい境遇の二人の子どもを見つけた。
二人は川向こうの町に住んでいるらしかった。僕たちの住んでいた場所は、川が県境になっている。だから、こんなにすぐ近くに住んでいるのに、二人と僕とは他県に住む人間だった。
ちなみに川といっても大きなものではなく、子どもの足でもすぐに渡れるような短い橋があるだけだ。
しばらくは、向こう岸の二人の様子を観察しているだけだった。
姉のほうは癇癪持ちで、妹はおっとりしているように見えた。姉はよく妹を罵倒していたが、その顔には後悔が滲むのが見えた。
二人の様子を隠れて観察しているうちに、話してみたくなった。きっと僕は誰かと心を分かち合いたかったのだと思う。
機会は訪れた。花占いをくり返し癇癪を起こす少女を見て、僕の持つ知識が話題の取っ掛かりになると感じたのだ。
だから、こっそりと出て行って、そのままでは同じ結果ばかりだと伝えた。
コスモスの花びらは偶数枚だから、何度やっても「きらい」で終わってしまうのだ。
もし、ほしい結果を望むなら、マーガレットのように奇数の花びらを持つ花で占うか、あるいは「すき」ではなくて「きらい」から始める必要があった。
――だが、失敗した。風が吹いてきて目を見られてしまったのだ。年上の少女は、僕の目が気持ち悪いと吐き捨て、走り去っていった。
僕は呆然とその場に立ち尽くしていた。母の言っていたことが真実だと知り、打ちのめされていた。
本当はどこかで期待していた。僕は気持ち悪くなんかない、母が考えすぎているだけなんじゃないかと。でも、正しいのは母だった。
ところが、救いはすぐにやってきた。年下のほうの少女だ。彼女はおずおずと前に出てきて、僕のこの目をまっすぐに見つめると、褒めてくれたのだ。その顔に嘘は見当たらなかった。
あのときの感情をなんと表現したらいいのだろう。身の内から湧き出すような、爆発的な喜びと、そして飢え。
僕の胸は、この人がほしいという気持ちで満たされた。友だちになりたいと切望した。




