1.
物語のような恋だった。それは私の身を焦がし、すべてを奪った。
「かわいく生んであげられなくてごめんね」
横に寝かされた赤ん坊を見て、心の中で詫びる。
おもちゃみたいに小さな手。ふにゃふにゃとした頼りない質感。ぎゅっと閉じられたまぶた。
生まれたのは昨日だが、きちんと子どもを見たのは、今がはじめてだ。
子どもが生まれたら愛おしさでいっぱいになる。そんなふうに聞いていた。
でも、私のこころは妙に冷めていて、現実感がなくて。
帝王切開の傷口がずきずきと痛む。とてもじゃないけれど、まだ起き上がれる気がしない。
頬だけを子どもの顔にそっと寄せた。温かくて、いいにおいがした。
ーーでも。女の子なのに、この子はまったく可愛くなかった。髪の毛もほとんどないし、顔立ちがまるでゴリラみたい。
ベビードレスも、生まれる前にたくさん買い集めた花柄のロンパースも絶対に似合わないだろう。
それにしても、夫はいつ来てくれるのだろう。
夫が良いというので、産院では、一番高い個室を選んだ。
生まれたばかりの子どもは新生児室にいる。
ほかの部屋は大部屋だからなのか、授乳指導のために集まった母親たちは、いくつかのグループができており、和気あいあいと話している。
どこか居心地の悪さを覚えた。
連絡を取れる相手もいなくて、人より長い入院生活だったが、一人で起きて、一人で食事をし、一人で授乳指導に行き、一人で寝るだけの日々だった。
夫が顔を出したのは、退院の日だった。
「どうして来てくれなかったの?」
「……? 千百合には毎日会いに来てたが?」
夫は心底不思議そうな顔をして訊いた。
「ちゆり?」
「ああ。この子の名前。今、チューリップの時期だろ? だからちゆり」
夫は上機嫌で、手慣れた様子で千百合をあやし始めた。
千百合はようやく開くようになった瞳に、夫の顔を映していた。
「やっぱり女の子はいいな。かわいいな」
夫はとろけそうな顔をして、千百合を見ている。ーーそれは私がはじめて夫に違和感を抱いた瞬間だった。
夫は実業家で、いくつもの会社を経営している。
私より一回り年上だが、美丈夫と言われるような見た目だ。
なぜだか私たちの結婚は家族にも友人にもひどく反対された。おそらく年齢差が理由だろう。
それに痺れを切らして家出同然に彼と結婚し、知らない街で暮らしはじめたのは十九歳になったばかりのころ。
すぐにこの子を身ごもり、私は十代のうちに母親になった。
「あらぁ、かわいいわねぇ。男の子?」
千百合をベビーカーに乗せて買い出しに向かうと、きまって見知らぬ老人たちに声をかけられた。私は、これがとにかく苦手だった。
「え? 女の子? それじゃあこんな地味な色じゃなく、もっとかわいいのを着せてあげなさいよ」
老人たちは、眉をひそめた。
初めの数ヶ月、私は千百合に男の子もののシンプルなベビー服を着せていた。
やはり、この子に花柄や、女の子らしいモチーフは似合わなかったからだ。
嘘偽りのない顔で千百合をほめる老人たちといると、居心地が悪かった。
血の繋がった子どもでもこんなにかわいいと思えないのに、どうして縁もゆかりも無い他人の子どもを可愛いと思えるのだろう。
「いい? 辛いと思うけど、それは今だけだからね!」
老人たちは口々に言う。彼らが求めてもいない助言を、ときに叱咤激励をしてくるのも苦痛だった。
それはきっと正論なのだろう。でも、今まさに苦しんでいる私にそんなことを言われても、もやもやした気持ちが残るだけだった。
千百合は少しずつ可愛らしい顔に変わっていった。
まつ毛が少しずつ揃い、薄茶色のふわふわの髪の毛が生えた。ミルクをたくさん飲み、むくむくと太っていたが、動き回るようになると少ししゅっとした顔になった。
安心できたものの、心が休まらない日々が続いていった。




