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3.

わたしは菫にささやかな嫌がらせをしたことを後悔した。


颯太と菫が接触してしまったのだ。きっかけはあの口紅だったという。




 颯太からは、菫と付き合いはじめたこと、感謝の言葉とこれからの協力は要らないという簡素なメッセージが届いた。


それから、これからは自分はいないのだから、あまり人気のない道を歩かないようにと。



 こんなことで、たった数行のやりとりで、簡単にわたしの四年間が終わってしまう。


あんなにも一緒に過ごしてきたのに、こんなにかんたんに切り捨てられるなんて。それはどうにも許せないことだった。






 わたしは居てもたってもいられず、颯太を呼び出した。


いつも無表情だった彼は、明らかに不機嫌そうにしていた。だが、伝えるべきことを伝えなければとすがりつく。


そして、菫の内面の醜さを語って聞かせたのだ。あの子は、今の颯太だから好きなのだと。わたしが磨き上げてきた、宝石となったあなただから好かれているのだと。


 だが、突き放されてしまった。颯太は表情がごっそりと抜け落ちたような顔をしていて、それは初めて目にする顔で、わたしは少し怖くなった。


 でも、後には引けなかった。






 悪いことは続くものだ。その日は街でばったり、高校の同級生に会った。


 せっかく地元から離れた学校を選んだのに。彼女はわたしに気がつくと、きっと目尻を吊り上げて、連れ歩いていた不細工な男を後ろに隠すようにした。


馬鹿みたい。そんな男に興味なんかないのに。




 ストレス発散にと出たばかりの夏服を買い込む。


私にははっきりした色味のものや、ナチュラルでおとなっぽいものが似合う。頭の中で、絶対に似合わないものを弾きながらどんどん買いものをしていく。


 気になるけれど似合うかどうか微妙なものは、試着をしてから選ぶ。サイズを変えるだけで似合ったりもするから不思議だ。


 買いものを終えた頃には、お財布の中身はもう千円も残っていなかったが、あとでパパに電話すればいいだけだ。


すっかり疲れてしまったので駅前のカフェに入った。






「あの子はね、人のものをとるんだよ」


 ふと覚えのある声が聞こえてきて、わたしは顔を上げた。


「とる?」

「そう。人の彼氏がほしいの。でもね、自分に振り向いたらもう飽きちゃうんだ」

「あー……、たまにいるね、そういう子」


 少し離れた席から、高校の同級生の女の声が聞こえるのだ。内容から考えて、わたしの悪口を言っているのだろう。


それからもつらつらと話を進めていく。


「……ね! めちゃくちゃ性格悪くない?」

「――うーん、状況にもよるけど……。性格が悪いというか、歪んでるんじゃないかな?」

「なにそれ。どっちも同じじゃん」


 女はわたしに見られているとも知らず、不満げに口を尖らせた。すると男はなだめるように続けた。


「要するに、自分の感覚に自信がないんだよ。自分が選ぶものを信じられないんだ。だから、誰かが好きなものだと、安心して好きになれるんだと思うよ」


 わたしは冷たいカフェラテをごくごくと飲み干した。手足の先がすうっと冷たくなるのを感じた。


「それにさ、人から奪うことで、自分のほうが優れてるって証明したいんだと思う。マウントを取りたいんだよ。かわいそうな子なんだろうね」

「――もしかして、タカシもあの子のこと……」

「いやいや、無いから!」


 男が慌てた様子で言った。


「何がきっかけで歪んだにしろ、生き方は変えられるものだ。

彼女は確かに綺麗な子だったけれど、その内面が顔に出てる。ああいう人は好きになれないな。……そうそう。そんなことよりも!」



 男が続けた。



「――このあと、実はフレンチのお店を用意してるんだ」

「え?」

「おめでとう。スタイリストになるのが夢だったんだろう?」



 胸がしんと冷えていくのを感じた。


 わたしはたくさんの紙袋を持って、立ち上がった。わざと、あの女が座る席の通路を通った。女はわたしに気がつくと青ざめた。男もまた、気まずげな表情をしていた。



 カフェを出てしばらく歩いたところで、ふと気持ちが悪くなり、うずくまった。


 最近は日が長くなってきていたが、あたりは薄暗く、夜に片足を突っ込んだという感じだった。


 道行く人々は、私の前で足を止めるが、しばらくうろうろしたあと、そのまま去っていった。







「ねえ、ちゆちゃん。あなたは、パパみたいな男と結婚しちゃダメよ」


 それはママの口ぐせだった。


「ママはね、後悔してるの。みんながパパとの結婚を反対したわ。

でも、自分の目に狂いはないと思ってたのよ。恋をすると盲目になるって言うでしょう? 他の人の目に映ることの方が、きっと真実なの」



 パパはお金持ちで、優しくて格好いい人だ。わたしはパパのことが大好きだった。


 でも、パパには、わたしたちのところ以外にもいくつも家があり、恋人たちがいて、子どもたちがいるのだ。



 わたしがこれまでに好きになったのは、みんな、誰かに好かれている人。誰からもほめられる人。だって、そうじゃないと、安心できないでしょう?


 夢も生き方も付き合う相手も。誰かに肯定されているものじゃないと、選べない。








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