≪赤い石の首飾り≫
二話目となります。
いたずら盛りの男の子たちと少し大人びている女の子たち、お互いを嫌ってはいないのに、どうにも仲よくできません。
≪赤い石の首飾り≫
どうして男の子がスカートをめくるのかって?
女の子が嫌がるからに決まってるじゃないか!
太陽が空の一番てっぺんに届いたら、緑風村に教会の鐘が四つ鳴りひびく。頂陽の合図だ。
わっと丘の上の学校を飛びでる生徒たち。授業が終わればこっちのもの、ここからは子供たちの時間だ。中には親に用事を言いつけられている者もいるが、そんなのは遊びながらだってできる。さっきも言ったけど、授業が終われば、その後は子供の時間なのだから。
風中月の、下草が茂りはじめた斜面のふみかためられた土道を駆けくだりながら、アレフは女の子たちのスカートを次々とまくりあげてゆく。そうすると膝丈でしぼった下着が丸見えになって、
「きゃあ!」
女の子たちは恥ずかしそうに悲鳴をあげる。それが面白くて、いたずら好きの男の子たちがアレフの後ろにくっついて、真似しては笑い転げている。
「ジュジュのぱんつみえた!」
「ばか! キッパ! あっち行っちゃえ!」
顔を真っ赤にする子や怒りだす子、中には泣きだす子がいても、男の子たちは気にしない。だって泣かれたくらいで気にしていたら、いたずらなんて一つもできない。
そうこうしてるうちに男の子の集団は、池のほとりにある木陰で、おしゃべりをしている女の子たちを見つけた。シャルとライラと、それから同い年の子たちだ。
「あいつらのスカートもやっちまおう」
「アレフ、やめとけよ!」
一応レニやクランバルは止めるが、彼らだって本当は彼女たちのスカートをめくりたいのだ。だってライラは村で一番かわいい娘だし、シャルは生意気な告げ口屋だ、ちょっと懲らしめてやらなければいけないに決まってる。
だけど、そんなのは女の子たちもお見通しだ。アレフたちを見つけると、みんなスカートをお尻の方にぐっと巻いて、木の根元に固まって男の子たちをにらみつけた。
「全員でとりかこめ!」
「なによアレフ! 変なことしたら、先生に言いつけるから!」
アレフの声で男の子たちは女の子の逃げ道をふさぐが、シャルだって負けてない。
「やめさせてよクランバル! レニも! あんたたちも言いつけるわよ!」
「うるさい! 女の言うことなんか、聞いてたまるか! この、お転婆シャル!」
「なんですって! あんたこそ、いたずらアレフじゃないの!」
おろおろするレニたちだが、やっぱり抜け目ないのがアレフだ。
「そこだ! クランバル!」
「え?」
アレフが指差した方を、みんなが見る。そのすきにアレフは、シャルとライラのスカートを一気にめくり上げる。ぷつっと音がして、銀色に輝く何かが池に、ぽちゃんと落ちる。
「あ……!」
シャルが、胸元と、広がる波紋を見くらべる。アレフが気づいて、しまった、という顔をする。
「やっちゃえ!」
誰かが言って、男の子たちは女の子たちのスカートに、一斉に手をかける。たちまち木の根元は悲鳴につつまれ、男の子たちはぱっとちりぢりになる。わあっとかけ声がして、あっというまに遠ざかる男の子たち、いつも先頭のはずのアレフが、一番後ろにいる。泣きそうな顔をして座り込むシャルと、きょとんとしているライラを見ている。
「アレフ――――!」
クランバルに呼ばれて、やっと走り出すアレフ。いたずらは大成功だったのに、ちっとも嬉しそうじゃない。
スカートをめくったときに、指先がかかってシャルの胸元からきらきらした物がはねとんだ。赤い色の石がくっついた首飾りで、ゾーイ爺さんがくれたといって自慢していた。シャルの赤い瞳によく似合っていて、お気に入りにしていた。ゾーイ爺さんが死んだときにもつけていて、わんわんと泣くシャルを、アレフはそのとき初めて見た。
そんなの、知った事ではない。シャルが告げ口なんてするからいけないのだ。だって泣かれたくらいで気にしていたら、いたずらなんて一つもできない。
アレフは男の子たちの先頭をぶんぶん走る。みんな笑っているが、アレフだけむっつりと地面を睨んでいる。
その日は、小さい男の子たちにザリガニの釣り方を教える約束をしていた。だからアレフたちはその足で村長さん橋の足元に固まって、仕掛けの作り方と、釣るときのこつを教えていた。
「枝の股で、くくりつけた燻製肉をザリガニの巣にぐーっと押しこむんだ。それからしばらくじっとして待つ」
みんな、レニの手元を興奮した目で見ている。アレフだけが、来た道の方をずっと気にしている。
「ほら引いた! しーっ、静かにしないと、逃げちまうぞ! こうやって、ゆっくりと、引いていくんだ……そしたらザリガニはむきになって引っ張り返す……ほうら!」
土手ぎわの泥穴から、ゆっくりと引きずりだされた大振りのザリガニを、レニがはっしと掴みあげる。わっと歓声が沸き、すごい、見せて貸しての大合唱。レニもクランバルも、得意そうな顔をしている。
アレフは、来た方をずっと見ている。そろそろライラがこの橋を通ってもいい時間なのに。だってライラは村長さんの娘だし、帰ってくるにはここを通らなきゃならないのだ。
ぷつっと、首飾りを引っ掛けた感触を、まだ思い出している。あのときシャルは、泣いていたのだろうか。ライラは、アレフをひどい奴と思ったのだろうか。一体ライラは、どうしたと言うのだろう。早く帰ってこないと、あのあとシャルの首飾りがどうなったのか、訊けないじゃないか。
「おい、俺、ちょっと行ってくる」
我慢できなくなって、アレフは男の子たちの輪をはなれる。
「なにが?」
「おおーい! アレフどこ行くんだよー!」
クランバルたちが呼び止めるのも聞かず、アレフは来た道をもどってゆく。
シャルなんて知ったことではない。あんな告げ口屋は、ずっと泣いていればいいのだ。だけど、ライラに嫌われるのは困る。なんてったって、ライラは村で一番かわいい娘なのだから。そうさ、それが一番困る。それだけさ。
ぶつぶつと口の中で言い訳をしながら道をもどると、やっぱりシャルたちはまだそこにいた。
「見つからないのか?」
アレフがもどった事にびっくりして、それからライラは心配そうに、
「うん、ずっと探しているんだけど、はめてあった赤い飾り石だけ見つからないの」
スカートをたくしあげて、池の浅瀬を探っているシャルを指さす。前かがみにあっちこっち水底をのぞき込んでは、べそをかいている。そんな探し方じゃだめだ。水の中をさがしたいなら、ちゃんと潜らないと。
「シャル! 下がれ! 俺が見つける!」
アレフがざぶざぶと水に入り、上着を脱いでライラに渡す。ぽかんとしているシャルを、ライラが手招きして岸にあげさせる。
アレフはざぶりと水に浸かり、うつ伏せでたゆたいながら水底を確かめる。見つからない。
「首飾り、この辺で見つけたのか?」
「もうちょっと、あっち……だけど、そこはもう……」
鼻をすすりながら、シャルが示した方をさがす。見つからない。水に顔をつけたまま、じっと目を慣らす。踏みあげられた泥が少しずつ収まり、だんだんと物が見えだす。
ない。
ない。
どこにもない。
胸がじくじくする。息継ぎに顔をあげると、心配そうなシャルとライラと、他の少女たちがアレフを見つめている。手でゆっくりと水面を掻き、さがす範囲を広げる。とぷりと水中で逆立ちになり、泥を巻き上げないようそっと動きながら慎重に石を探す。
どれくらいそうしていただろうか、ふいっと赤い輝きが見えた。
あったか?
興奮する。が、慌てちゃいけない。泥をまきあげたら、また見えなくなってしまう。アレフは、そっとそちらに近寄り、そうっと、朽ちた枝のあいだに挟まる赤いかたまりを、泥ごとすくい上げ、握る。足をつけて、立つ。水の深さは、胸まである。まさかこんな所まで流されてきたのだろうか。もしかして、見まちがいではないか。つかんだ物を取りこぼさないよう水にさらして、泥を少しずつよける。
手のひらに残った、赤い石。
「あった!」
きゃあ! 女の子たちから、歓声が沸く。ざぶざぶと水をかき分け、アレフが石をさしだす。泣きはらしたシャルが、こわごわ手をのばし、石を受けとって、胸に抱く。
「ありがとう……」
いつもみたいに意地悪じゃないシャルに、アレフはどぎまぎしたが、他の女の子がみんなじいっとにらみつけているので、居心地が悪くなる。だって、どう考えたって悪いのはアレフだ。注目の本人はしばし黙り、むむっと考え、むむむっと唸り、
「ごめ」
あっち向いて、唇をとがらせて、舌足らずに謝る。声が小さすぎてその言葉は誰にも聞こえていないかもしれないが。
アレフはライラにあずけていたシャツをひったくって思いっきり走り、非難の目を力ずくでふり切った。アレフが謝るなんて、雷が誰かの家に落ちるよりもめずらしいことだ。だから女の子たちはみんな、淡い紅色のサジランの中に立ちつくして、ぽけっとアレフの姿が丘の向こうに消えてゆくのを見ていた。
その日、アレフは二十二匹のザリガニを釣った。数も大きさも、男の子たちの中で一番だった。
そのうち半分は、シャルの家にこっそりと置いてきた。きれいな水に一日つけて泥を吐かせ、塩で茹でて殻をむくと、ザリガニというやつはなかなか食事をいろどり豊かにするんである。
「お帰りアレフ。今日は池の畔でシャルたちと、何をしていたの?」
家に帰るなり長いスカートをひらめかせ、キリエが切りだす。アレフが首をすくめ、
「何もしていないよ」
桶にいれたザリガニを母にさしだし、話題を変えようとこころみるが、
「あらそう? じゃあ、どうしてシャルは泣いていたのかしら。アレフ、何か知らない?」
いつもとちがい、家の中なのに先生然として、追及をゆるめる気配もない。が、アレフだって男の子である。女の子を泣かせて、その上謝ったなどという経緯は、男の名誉にかけて口にできない。そう、男たるもの、女の子に謝るなどということは、あってはならないのだ。
「ふうむ、どんないたずらをしたのか、言う気はないのね」
全部分かった口ぶりで、キリエが頑固なわが子を見おろす。
かくしてアレフは、その日の夕食にありつけなくなった。
しかたないだろ、女に謝ったことを知られるくらいなら、夕食抜きくらいなんだと言うのだ。そうさ男には守らねばならない誇りってもんがあるのだ。だって泣かれたくらいで気にしていたら、いたずらなんて一つもできない。
だいたいシャルもどうしてありがとうなんて言うんだ。あんなの悪いのはアレフに決まってる。泣いてて、ぬれた瞳に空の青がてりかえって、そんなに心細そうにしていたら、もういたずらなんてできないじゃないか。
シャルの瞳が忘れられず、真夜中・天星の刻になっても眠気はおとずれなくて、その夜アレフは隠しておいた木の実をかじって空腹をしのいだ。
村で学校があるのは、一週間五日のうち、水曜日と、風曜日をとばして火曜日の、計二日である。
火曜日、アレフが学校にゆくと、シャルがアレフを見て頬を赤らめ、それからこれ以上はないというぐらいにでっかい「あっかんべー」をして見せた。あの首飾りがネックから覗いて、そこにはちゃんと赤い飾り石がついていた。
なんだよ、もう元気なんじゃないか。心配して損した。シャルを追いかけながらこちらに手をふるライラにも、アレフはむっつりとして見せたが、それ以降、スカートめくりはやらなくなった。時々男の子が、気になる女の子にちょっかいをだすのにスカートをめくったが、アレフがやらないので、流行の遊びにはならなかった。
だってアレフがつまらなそうにしているのにいたずらなんてしても、面白くもなんともないじゃないか!
三話目はかわいい猫人族のお話です。
こうご期待ください。