≪序幕≫
これにて、ひとまずアレフの最後の物語となります。
つづく物語はまだまだありますが、読みたいと思われた方は、ぜひ評価などなどいただければ、なるべく早くに用意いたします。
≪序幕≫
人はみな、旅をする。
また男の子の話かって? いやいやちがう。
新しい扉を見つけたら、開けずにはいられないのが我々なのさ。
「アレフ、わたしといっしょに、魔術院にゆかぬか?」
夕食を終えたあと、居住まいを正してガリオラが言った。
「いいよ? でもどうして?」
あまりにあっさりとアレフが了承するので、ガリオラは拍子抜けしてしまう。
キリエは暖炉の方をむいて、毛糸の繕いものをしている。
「お前さんの力はな、実に面白いんじゃよ。」
「ふうん」
「でもいいのかい? 都に行ってしまえば、簡単には帰ってこれないぞ?」
「一ヶ月以上かかるんでしょ?」
「歩きなら二ヶ月、馬なら一ヶ月、鳥なら一週間ね」
キリエが背をむけながら言う。
「帰りたくなったら、帰れるんでしょ?」
アレフはまだ不思議そうだ。
「れるにゃ」
先日以来、ルトはアレフの胸元を自分のすみかと決めてしまったようで、ほとんどずっとそこにいる。
言葉も、少し達者になっている。
「それがな、魔術学院に入ると、次に村に戻れるのは三年後じゃ」
「じゃあ学院には入らなきゃいいじゃん」
「フム、なんと言えばいいか」
ガリオラが言葉を選ぶ。
「学院に入ると、いいことがたくさんある」
「いいこと?」
「友達ができる。それも魔法使いのじゃ」
「友達ならいっぱいいるし、魔法使いは母さんがいるじゃん」
「ううむむむ」
「ウッフッフ!」
キリエがこらえきれずに笑いだす。
「アレフ、あまり大賢者様を困らせてはだめよ?」
「母さんは行ったほうがいいって思うの?」
「それはあなたが決めることだと思っているわ」
「答えになってないよ」
「答えはあなたが決めるものなのよ。これは、そういうお誘いなの」
あいかわらずキリエの言うことは、つかみどころがない。
「キリエが学院に来たのは、14歳だったかな」
ガリオラが懐かしそうに言った。
「ええ。私は何も知らない村娘で、扉をたたけば入れてくれると思っていたわ」
二人で笑う。
「俺はまだ12才だけど、行ってもいいの?」
「それは、あなたが決めることよ」
アレフが村を出てゆくという報せは、あっという間に村を駆けめぐった。
「ウソだろう? 俺たちをだますつもりか?」
レニが言った。
「本当にいっちゃうのか?」
クランバルが言った。
「そう、やっぱりね」
ライラが目に涙を浮かべて言った。
「アレフ、いかないで」「アレフ、いっちゃやだよ」
年少の子達が口々に言った。
「ばかじゃないの? まだわたしと釣りの勝負の決着がついていないわ!」
シャルだけが、アレフに怒りを見せた。
「うーん、もうシャルの勝ちでいいよ。俺はあんな大きな黒斑鱒、釣ったことないし」
アレフがあっさりと負けを認めると、シャルはポロポロ泣きだして
「ばか」
と言って走っていった。
「やれやれ」
ガリオラはため息をつく。
子供たちの別れの模様は、胸に刺さるものがあった。
アレフの見送りは、盛大なものになった。
なにせ大賢者ガリオラがじきじきに連れてゆくというのだから、大事にならざるをえない。
前夜に教会にて宴があり、村長がキリエとアレフを村の誇りだとほめあげ、ガリオラも二人のおかげで、国はますます栄えるでしょう、輝かしき未来とこの美しい土地に乾杯などと調子よく言うので、アレフはうんざりする。
「昨日までは手のつけられないガキ大将で、今夜は村の誇りなの? そんなのはおかしいや」
宴だからと、この夜ばかりは子供たちも遅くまで起きているのを許されている。
「いっちまうんだな」
「その服似合うね」
退屈しきっているアレフに、やっとレニとクランバルが話しかけてきた。
「動きにくい。肩こるぞ」
サイズのやや大きな礼服にも、アレフはうんざりしていた。
「アレフ」
ライラがやってくる。シャルの姿はない。
「やっと話しかけられたわ。大人たちがずっとまわりにいるから、近寄れなくって」
「シャルは?」
「知らない。ねえ、踊りましょう?」
村の楽隊のにぎやかな音に合わせ、アレフとシャルは手をくんで踊る。
チェグという、この地方特有の三拍子のリズムで唄い、踊るのだ。
踊りながらもアレフは、まわりをきょろきょろと見てはがっかりしている。
「どうしたのアレフ、ちゃんと私を見てよ」
ついにライラに叱られてしまう。
曲が終わり、ライラの額にキスをすると、ライラは礼儀ただしくおじぎをして、村長のところに戻っていった。
シャルは最後まで、姿をみせなかった。
翌朝の見陽の鐘が打たれるころ、ガリオラの大きな馬車に乗って、アレフは出発した。
「じゃあなアレフ」
「俺たちのこと、忘れるなよ」
「アレフー」「アレフー」
「ルトー」
「ばいばいにゃ」
戦車みたいな馬車のうしろで、アレフはルトと必死に手を振る。
丘をこえ、やがてみんなの姿が見えなくなると、アレフはむっつりと黙りこんで荷台のすみに座った。
ガタゴトガタゴト、地面の凹凸を拾って荷台がゆれる。
耳の奥に昨日のチェグ、ヒラヒラと舞うライラの衣装。
一角馬山からどうどうと落ちる水の冷たい滝、滝つぼの底をゆうゆう泳ぐ黒斑鱒のヌシ、水面を、沈むことなく歩く伝説の一角馬。
スカートめくりと赤い石、ごはん抜きを伝えるキリエ。
胸元のちいさな猫人とその祭り、つむじ風と書かれた石碑。
洪水と文句屋のプレデ爺さんと、ジョウニー婆さんの彼女に似た赤い目。
まじないの入った山岳師の山刀と、崖のうえから見た朝陽と、真っ黒な服を着た旅人。
収穫祭のときのライラと、クランバルが言ったことと、マルゴとベネリの結婚式。
吹きだまりで身動きできなくなったテレマフの二人の子供とカラジャリーさんと、サラセと冬になったセイラ。
湖のかがやく漣のこちらで、優雅に竿をふるう横顔。
精霊文字が描かれた、つるつるの母さんの足。
それから口だけ動かして「ばあか」といい、誰よりもでっかい「あっかんべ」をした、赤い髪と瞳の女の子。
「きたにゃ」
ルトが胸元から体をひねり、落ち込んでいるアレフをみた。
「きた? なにが?」
「おかーさん」
ルトが言った。
「おお?」
ガリオラが何かを見つけて目を細める。
丘の稜線のむこうに、女の子が立っている。
ゆたかな赤い髪が風にあおられて、まるで炎だ。
女の子はこちらを見つけたかと思うと、一心不乱にはしりだした。
女の子とは思えないほど足が速い。
まるで風だ。
「どうどう、どうどう」
ガリオラが手綱を引いて車をとめる。
女の子はガリオラに目もくれず、荷台にまわった。
「アレフ!」
「シャル!」
アレフが荷台をとびだす。
「これ」
シャルが肩で息をしながら、アレフに首飾りをはずしてわたす。
「もってて」
意味がわからずにアレフがどぎまぎしていると、
「あげるんじゃないから、貸すだけだから!」
シャルが言う。
ここのところ、シャルにはやられっぱなしだ。
アレフはそんなことを考えながら、
「わかった。借りとく」
赤い飾りを受けとって、自分の首につける。
「つぎ、会うときは、釣りで勝負だから」
「おう」
「私、負けないから!」
「俺だって負けない」
「にゃ」
ルトがにゅっと首をだし、
「あれふ、かじぇのひと」
と言い、
「しゃる、おかーさん」
と言った。
二人が不思議そうにしていると、
「しゃる、かじぇのひとのこどもの、おかーさん」
と言った。
風の人の、子供の、お母さん。
と、いうことは?
二人の顔が、うれたリンゴみたいに真っ赤になる。
「ちょっとアレフあなた、子供に何を教えてるのよ!」
「お、教えてないって! 猫人は未来がわかるんだよ!」
「は? みらい?」
「あ、これ言っちゃだめな奴だった」
アレフがあわてて両手で自分の口をふさぐ。
「いい天気じゃなあ」
大賢者が空をあおいでぷかりとパイプの煙を吹く。
煙は、はるか上空の雲にとけてゆく。
二人はまだ何かうしろで言いあっている。
見渡すかぎりの世界に、風前月の優しい風が吹いている。
さてさて、これにてアレフの物語の幕をひとまず閉じるとしよう。
なぜ最後が序幕なんだって?
それは、みんなが知っている風の魔道師アレフの物語が、今この場所からはじまったからさ。
彼を綴る、どの物語の序文も、こんな一行目だったろう?
幼アレフ・ネイゼリ、12の年に、沫月の大賢者ガリオラに見出され、魔術院に迎えらるる。
彼の母親、音に聞こえし緑炎の大魔道師、キリエ・ネイゼリ也。
おしまい
ここまで読んでいただけた方は、よろしければご感想などいただければ、この上なく幸いです。
おつきあいいただきまして、まことにありがとうございました。




