Story 初恋 × 元遊び人②
休みの日。俺は、友人の家に行くと言って、屋敷を出た。
ジェレミーの家、ブリアック邸は、貴族街のど真ん中にあった。自然に囲まれたうちと違って、賑やかな声が聞こえる場所だ。
もちろん、公爵の屋敷なので、大きいのは確かなのだが、静かすぎる環境が苦手な俺には、なかなか素敵な立地であった。
馬車が横付けすると、玄関でジェレミーが笑顔で迎えてくれた。
「なんか、制服じゃないと、お互い見慣れないな」
実は、俺は制服で行こうとしたが、マリーに、しっかりしてくれと怒られて、外出用のドレスを着せられた。ドレスは動きにくいから、好きじゃない。
「それで、わざわざ呼んだからには、何か手伝うことあるんでしょ」
「あー、それなんだけど、今、うちの両親旅行に行っていてさ……あの………」
ジェレミーが言い終わらないうちに、屋敷の中から、きゃーーっという歓声が聞こえてきた。
「お客様!!お客様!!遊びたいー絶対遊ぶー!!!」
中から、飛び出してきたのは、ジェレミーと同じオレンジの髪を上でお団子にして、ピンクのドレスを着た可愛い女の子達だった。
(可愛い!!やばい!大好物!)
「こっちが、カリンで、こっちがマリン、双子で、今6歳なんだ。俺とは11も離れているんだ」
カリンとマリンは、これまたジェレミーと同じ大きな栗色の目をくりくりさせながら、こちらを見つめてきた。
「レイチェルです。よろしく、可愛い子達」
可愛い二人組に見つめられて、なんか久しぶりの感覚を思い出した。
「この子お人形みたい」
「髪の毛、ふわふわ触りたい」
カリンとマリンが、早速寄ってきてくれて、顔を引っ張られたり、髪の毛をとかされたりして、何だか遊ばれている。
(良い!オモチャでも良い!可愛い存在最高!)
「悪いな、両親いなくて、退屈しててさ。俺だと女の子の遊びとか知らないし、そういうの頼んでいいかな?」
「……………………」
(いや、俺も知らねーよ)
どうしようか、一瞬焦ったが、目覚めた俺を舐めないで欲しい。元タラシとして、絶対彼女達を満足させてみせる!
「いいよ。この私に任せなさい!」
それから、俺は。
お人形遊びに付き合い、お姫様のお絵かきに、お菓子作り、ドールハウスの制作に、花束作り、全てよく分からないが、ノリと笑顔で、そつなくこなした。
女の子は、いくつであっても褒めるにかぎる。褒めて褒めて褒めまくりくらいの勢いが大切である。
ついには、両手に花で、すっかり仲良くなれた。
「ねぇ、レイチェル、カリンと結婚して」
「だめよ、レイチェルはマリンのもの」
様子を見に来たジェレミーが、何事かと驚いていた。
「おい、おい。マリン、カリン、何言っているんだよ。みんなで、一体どんな遊びしたんだ……」
「別に。女の子の遊びだよ、ね!マリカリ!」
「秘密、秘密、お兄様には秘密」
「………まぁ、楽しく遊べたならいいけどさ」
ここで、ピアノのレッスンがあるという、マリカリは侍女に泣きながら連れていかれた。また、絶対来てねと言われたので、おでこにキスしてあげたら、二人ともキャーキャー言って喜んでくれた。
「ふぅー、今日も女の子を泣かせてしまったぜぃ」
「……レイチェル、本当、何者なの?」
「え?何者でもないよ。ただ可愛い女の子が好きなだけ、ふふふ」
ジェレミーが何とも言えない顔をしたけど、俺は達成感で、気分が良かった。
ジェレミーが、食べていけというので、夕食をご馳走になった。
食後は、ジェレミーの部屋で、自慢のコレクションを見せてもらった。
それは、細工が見事な懐中時計で、貿易の仕事をしている父親と一緒に、色々な国を回って、手にいれたものらしい。
「これが一番気に入っていて、光に当てると、絵が浮かび上がるんだ」
「うわ!凄い!どうやって作ってんだろう」
「凄いだろ!東の凄い遠い国なんだけど、そこにこの工房があって、俺いつか絶対そこに行ってみたいんだ!生でこの技術を絶対見るって決めているんだ」
時計の事を語るジェレミーの目は、キラキラしていた。男が趣味を語るっていうのは、暑苦しい感じがしたが、ジェレミーの横顔は、真剣そのもので、不覚にも目を奪われてしまった。
「今度、学園のでかい地図で、その国の場所を教えてよ。私もどんなところか知りたい」
「マジで?だいたい、この話すると、みんな興味無さそうに流されるのに……」
「ふふふっ。それはね、羨ましいのだよ。きっと」
「え?」
「この年代で、自分が最高に夢中になれるものとか、目標とか、そういうの持てる人って少ないと思うんだよね。だから、夢を語る人を見ると、みんな眩しくて羨ましく思えるんだ、本当は悔しいくせに、どうでもいいフリをして、流すんだよ」
気のせいか、こっちを見ているジェレミーの目が、熱を帯びてきたような気がする。
話終えて、目を合わせたら、ジェレミーの顔はほんのり赤くなってきた。
というか、そんな目で見られたら、こっちも何か変な気持ちになり、顔が熱くなってきた。
「なっ…なんだよ、ジェレミー」
「…レイチェル、俺…」
その時、コンコンとノックの音が聞こえて、うちの迎えの馬車が来たことを知らせてくれた。
「もう、時間だね。それじゃ、また学校で」
別れの挨拶だけして、さっと帰ろうかと思ったら、ジェレミーに腕を掴まれた。
「え?」
「あ、わっ悪い……なんでもない」
ジェレミーは、自分でもよく分かっていない様子で、ぱっと手を離した。
(なんだよ、この、初々しい展開は……こっちまで、恥ずかしくなるわ!)
「じゃ、また」
今度こそ、さっと挨拶をして、部屋から出た。
可愛い妹達と、遊んでいて、すっかり忘れていたが、ジェレミーはカードで選んだ相手だ。
俺はさすがに、初なわけじゃないから、うぬぼれではなく、ジェレミーの気持ちが傾き始めたのを感じた。
もう、そういうものと、開き直るしかないんだけど、俺自身、高みの見物が出来るほど余裕がなかった。
不覚にも、心臓が鳴っていることを、認めたくなくて、ため息をついてごまかしたけど、やっかいなことに、しばらく、鼓動は収まりそうになかった。
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