5. お茶の時間です
「おい見ろよあれ、一組の雪村たぜ。また違う女子連れてる」
クラスの窓から、誰かが外を見てそう言った。
「だー、モテないオレらには、羨ましいよなー。一人くらいわけてくれねーかな」
「本当だよ。いいね、お幸せで。羨ましい。学生なら勉強しろー勉強!」
ゲラゲラ笑って、たわいもない、男同士のくだらない話だ。
ふと思って、窓の外を見ると、校門に向かって歩いている、雪村と女子が見えた。
こういうのは、よく見る光景だ。確かにいつも連れている女子が違う。
(羨ましい……か)
本人の希望かは知らないけど、一人の人間と、まともな交際が続かないというのは、不毛なのではないかと思う。
その証拠なのか、雪村は少しも幸せそうに見えない。時折見せる、悲しそうな目がなんとも気になった。
雪村を見ると、鞄にしまってある傘を、いつ返そうかと、その度に思い出す。
先日、昇降口で会ったときのものだ。ちゃんと名前を呼んで、まともに会話したのは、初めてかもしれない。
向こうも、俺の名前を知っていてくれたみたいで良かった。
借りるつもりなどなかったのに、押し付けられて、手にとったら、さっさと雨の中を走っていってしまった。
あの傘が入っている鞄は、やけに重く感じる。
早く返してしまいたいのに、返せない自分がいる。
細く繋がっている糸が、切れてしまいそうで。
なんで、そんな事を思うのか、よく分からなかった。
□□□
サロンへ行くのは二回目だ。
今日は貸し切りらしく、部屋のど真ん中にでかいテーブルが置かれて、様々なお菓子が所狭しと並んでいた。
(うえ!糖尿になりそう。甘いもの苦手なんだよね)
のんきにテーブルを眺めていたら、早速うるさいやつに見つかってしまった。
「レイチェルー!また来てくれたの!?あー!今日も可愛すぎる」
予測していた事なので、走ってきたミシェルを、華麗に避けて、近くにいたロベールの後ろに隠れた。
「あーもう!レイチェル!ぎゅーってしたかったのに!」
(いまや、俺の安全地帯はここしかない)
唯一の常識人だと思われる、ロベールの後ろから離れないように移動した。
部屋には、ミシェルとロベールに、アンジェラと俺。前回のメンバーだ。王子は忙しいので、来れるか分からないらしい。後から二人来ると言っていたので、ジェレミー達だろう。
アンジェラに、好きなお菓子どれでも食べて良いのよと言われたが、正直、生クリームやチョコレートは気持ち悪くなりそうで、食べたくなかった。
すると、それを察したのか、ロベールが、塩とかチーズ系の甘くないお菓子を取り寄せてお皿に入れてくれた。
いつの間にか、お茶も入れてくれて、世話人としての優秀さに脱帽する。
彼の人生で全く必要のないスキルなのだが。
そこで、扉が開いて、ジェレミーとオーブリーが入ってきた。
「あれ?レイチェル?アンジェラの友達ってレイチェルだったのかよ!」
「何よ!あなた達知り合いだったの?あら、紹介する手間がはぶけたわ」
そー、補習仲間と言いながら、つかつか歩いてきたジェレミーは、俺の横に来て、これうまそうと言って、皿に取り分けてあったお菓子をパクっと食べた。
「ちょっと、いっぱいあるんだから、他の食べてよ」
「いーだろ別に」
せっかくロベールに、と言おうと思ったら、横にいたロベールから、物凄い怒りのオーラを感じた。マリーの百倍くらいの気迫がある。
「え……なに?なんでロベール怒ってんの?」
ジェレミーが慌てて、後ろに下がっていく。
「それは、ロベールが、かいがいしく、レイチェルのお世話をしていたからね、まぁ、ロベールはいいよ。気にしなくて」
ここで離れて座っていた、ミッシェルまで、こっちに来てしまった。
「僕のもふもふちゃんなのに!みんなして興味持ちだして、すごーく、嫌な感じ」
「うわっ…ちょっと、おい!」
お怒りのロベールに気をとられていて、油断していたら、また後ろから抱きすくめられてしまった。
「あー、柔らかくて、良い匂い、幸せー」
「やめろよ、変態」
「あぁ、その言葉もレイチェルから聞くとゾクゾクする」
(やばい……関わっちゃいけない。本当の変態だ)
「ほら、その辺にしておけ」
誰かにバシンと頭を叩かれて、ミシェルは、いたたっーと言いながら、手を離してくれた。
「大丈夫か?レイチェル。ミッシェルは調子に乗るとやりすぎるから、悪かったな」
どうやら、助けてくれたのは、オーブリーのようだ。黒髪がロベールとかぶるけど、オーブリーの瞳は特徴的な緑色なので、分かりやすい。
とりあえず、常識人リストに彼も加えておこう。
「ありがとう、オーブリー」
そうだと言って、オーブリーは鞄から、紙を束ねたものを取り出した。
「これ、この間の補習をまとめたものだ。短時間だったから、大事な箇所が抜けていた。それも加えてある。ジェレミーにも同じものを渡してある。よかったら使ってくれ」
(マジかよ!こいつ、神様か!)
「オーブリーは一応、学年一位だからさ。それ覚えておけば、テストは間違いねーよ」
ジェレミーが誇らしげに説明してくれた。
丁寧にお礼を言って、ありがたく鞄にしまった。ただの常識人ではなく、これは金の卵かもしれない。勉強面で最強のスキル持ちと、追記しておこう。
「あのさ、みんな幼なじみなんでしょう?」
とりあえず、ここの人間関係を確認しておきたくて、普通に話ができる、アンジェラに聞いてみた。
「そうよ。みんな、1、2歳は歳が違ったりしているけど、まだ幼いときに、ルシアン王子の遊び相手として集められたの、個々で合う合わないはあるけど、それ以来、みんなで仲良くやっているわね」
「ちなみに、アンジェラは誰かと付き合ってるの?」
もしかしたら、俺の知らないうちに、アンジェラの狩りは、終わっているのかもしれないと、確認してみた。
「ええ?まさか。いないわ」
(あれ?じゃあ……)
「じゃ、好きな人はいないの?」
「いっっ…!いないわ!」
ちゃんと小声で、耳打ちして聞いてみたけど、アンジェラは真っ赤になって否定した。
(おかしいなぁ、これじゃ、いつアンジェラは男を攻略しまくるんだ?それとも、俺には話せないだけ?)
「ふーん、アンジェラ、美人だし。そんなに焦ることないのかな」
「え?私のこと、綺麗だと思ってくださるの?」
「え……うん。美人だけど」
「嬉しい……、レイチェル。……私あなたのこと」
アンジェラの雰囲気が急変して、目がメラメラと燃えて、ぐいぐい迫ってきて、ついに、ソファーに押し倒されてしまった。
男のときなら、ドキドキの光景だが、今は、バリバリと食われそうな本能的な恐怖が勝っている。
「なっ…何?え?ちょっと……、待ってアンジェラ!」
さすがに、女の子相手に、ドカっと蹴るわけにもいかず、思わず顔を手でおおって、耐えようと力を入れた。
「アンジェラ」
その一言で、アンジェラの動きはピタッと止まった。
「嫌がっているだろう」
いつの間に入ってきたのか、ルシアン王子が扉の前に立っていた。
幼なじみといっても、やはり、王子には、かなり気を使っているのは間違いない。
いるといないとでは、空気が違った。
「……ごめんなさい、レイチェル、強引にして悪かったわ」
「あっ……いいよ。大丈夫」
なにやら、微妙な空気になってしまったので、ミシェルや、ジェレミーがべらべら喋りだして、場の雰囲気を変えていた。
(ふーん、こうやって上手いことやってきたんだな)
気がつくと後ろにロベールがいて、俺の髪の毛を撫でていた。
「え!?どうしたの?」
「……乱れているから、直している」
ロベールは、手ぐしで、髪を整えて、編み込みまでして、もともと付いていたリボンでまとめてくれた。よく見れないが、正直、最初の髪型より可愛くなっていそうだ。
「……ロベール、あなた何者なの?手に職持っているでしょ、絶対!」
「いや、何もない。ただ趣味なだけだ」
無表情で、令嬢の髪を整えるのが趣味というのが、おかしかった。硬派に見えて、こういうギャップは楽しい。
「はははっ、なんだよそれ!おかしいやつだなー」
思わず笑ってしまったが、ロベールを見ると、無表情のまま固まっていた。
「あーあー、兄さん。照れた顔しちゃって」
どこかで見ていたのか、ミシェルが間に入ってきた。
「え!?これ照れてるの?一ミリも顔、変わってないけど」
「いや、この辺がね、ほら、ちょっと動いてて、ここが赤くなっていて」
ミシェルに解説してもらったけど、結局サッパリ分からなかった。
嫌々参加したお茶会だったが、来てみれば、色々なやつがいたし、なかなか楽しかったのは確かだった。
帰り際、窓辺に立って外を眺めている、ルシアン王子に話しかけた。
「あー、ちょっと、王子」
「……なに?」
「さっきは、その、止めてくれてありがとう、女の子殴るわけにもいかないし、助かったよ」
「……君、レイチェルだっけ、ちょっと変わっているね」
「そうかな」
ルシアン王子は、話ながら、また窓の外を見てしまった。藍色の髪が夕日に染まって、黒く見えた。
「俺は、こうやって、よく、窓から外を眺めるんだ。いつも誰かを探している。誰だか分からないけど」
(変わっているのは、アンタの方じゃね、言わないけど)
「何か大事な事を忘れているんだ。それが何かも分からないし、でも、大事だということは確かなんだ」
夕日に染まった、ルシアン王子の横顔は、やけに寂しそうに見えた。
「……そんなに、思い詰めるなよ。そういうのって、いくら考えても出てこないもんだって。意外と、何かふとしたキッカケで出てきたりするからさ。うだうだ考えるのは時間の無駄。青春は短いんだよ。もっと楽しまないと!」
よく分からないが、王子のストレスとかがあるのだろう。リラックスするように、背中をポンポン叩いてやった。
その時、俺の体に衝撃が走ったように、電気みたいなのが、ビリビリーっと走った。
あの電車がホームに来たときの光景がよみがえる。
俺のシャツは、線路に引っ掛かって、取れなかった。
強く引っ張って、よけいに食い込んで外れなくなった。
もう無理だと思った。だから押した。巻き込みたくないと思った。お前だけは助かってほしいと……。
「レイチェル?」
気がつくと、ルシアンの顔が近くにあった。
黄金に輝く瞳と、目があって、心臓が震えた。
「あ……あの、私、帰ります。それじゃ!」
眩暈がした。
ごまかしきれない熱を抱え、走って教室まで帰った。
人のことを言えない。
俺も何か忘れている。
思い出そうとしても、ぽっかり穴が空いたみたいに、何もなくて、空を掴むみたいに、何の手応えもない。
もしかしたら、ルシアン王子が、何か鍵になるかもしれない。
それが開けていいものなのか、閉じておいたほうがいいのか。
俺はただ、もて余した熱を、目を閉じて耐えるしかなかった。
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