3. 楽しいランチはみんなで
「ねぇ、どうやって相手の動きを見ているの?」
試合が終わった後、座って気持ちを整えていたら、窓の外から覗いていたらしく、変わったやつに話しかけられた。
「……経験と感もあるけど、心の目で見ている、とかかな」
「うわー!やっぱり、スゲーな。俺には無理だわ」
「なんだよ、お前、やりたいの?」
「いやさ、アンタさ、スゲーカッコ良かったから、俺も出来たら、もっとモテるようになるかなって」
その時、理人ーと呼ぶ声が聞こえて、そいつは、じゃあねと言って慌てて、その声の方へ走っていってしまった。
そいつが消えた窓を、しばらく眺めていたら、同級生の部員に話しかけられた。
「あれ?将吾、雪村と知り合い?」
「……いんや。急に話しかけられた。2組のやつか」
「あいつ変なやつだから、気にしないほうがいいよ。いつも女としかいねーし、ちょっとモテるからって、いい気になってんだよ」
「確かに女子にウケそうな顔だったな」
俺がそう言ったら、まーでもモテに関しては、将吾の方が全然上だったわと、そいつは笑っていた。
たくさんの人間を相手に戦っていると、相手の目を見て、どういう人間かを判断するくせが付いてくる。
あの2組のやつは、やけに綺麗な目をしていた。それが、何となく心に残った。
□□□
学園生活二日目、登校すると、俺の席に近寄ってくる足音が聞こえた。
カツカツカツと心地よいその音に、目を送ると、その人はこちらにやって来た。うねるような艶やかな黒髪をなびかせて、良い女感を出しながら、クラスの視線を集めている。
「私は、アンジェラ・ルーベンス。あなたが、レイチェル・バルザエックね。あなたのお父様は、うちの父の知り合いで、よく屋敷に来ているのよ。学園に入学したら、よろしくと言われているわ。あなた、上手く喋れないんですって?」
これを聞いて、隣のリュカが、教科書を床にぶちまけて、慌てて拾い出した。
「……どうも。父がお世話になっています。少し前まで、仰る通りだったのですが、色々試したのが上手くいきまして、この通り、今は発音に問題はありません。お気遣いどうも、ありがとうございました」
「あら!?そうなの……。まぁそれは……良かったわね。じゃあ、同じクラスね。どうぞよろしく」
アンジェラは不思議そうな顔をしたが、形の良い唇をきゅっと上げて、微笑んで戻っていった。
(これが、主人公との接点か。ここで仲良くなれば、もれなく引き立て役になれるっと、良かった回避出来て)
と、順調だと思ったのは、ここまでだった。
「どこへ行かれるんです!レイチェル!私とお昼を一緒に食べましょう!」
「ひぇ、ちょっと、結構です。一人が好きなもので」
アンジェラは、設定に実に忠実で、どうしても俺を引き立て役にしたいらしい。
断っても断っても、ずっと追い回されていた。
「遠慮なさらずに、お父様から、必ず面倒をみてあげるように頼まれておりますの!」
「そんな、真面目に受け取らなくていいって。大丈夫です。一人にさせてください!」
「そんな!レイチェル!私の事が、お嫌いなのね。そんなに冷たくされるなんて!私が何をしたか教えてください」
あろうことか、アンジェラは泣き出してしまい、周囲からの冷たい視線を浴びることになってしまった。。リュカからも、いい加減可哀想だよと何故か俺が怒られた。
結局、女の子を泣かせるのは、俺の趣味じゃなくて、しぶしぶ、アンジェラの手を取った。
「もー分かったよ。はいはい、仲良し。これで良いでしょ」
すると、泣いていたアンジェラの目がキラリと光り、片方の手が俺の手をガッチリと掴んで、物凄い力で、引っ張られて連れていかれた。
「ちょっ…、どこへ……」
「それは、もちろん、サロンですわ。そこでお昼にしましょう!」
(おいおい、早速、攻略対象者の男どもの前で、俺を世話して、優しい子アピールが始まるのか……あーもーメンドクセー!!)
アンジェラに連れて来られたのは、学園の中でも、絵画や彫刻などが並べられた。ひときわ豪華なスペースで、警備員付きのゲートがあって、アンジェラが顔パスでそこを通ると、またもや、豪華絢爛な部屋が現れた。壁一面に絵画が飾ってあり、高級そうなソファーやテーブルなどの家具があちこちに、置かれていた。部屋としてはかなり大きい。
例の選ばれた生徒達が、のんびりとくつろいでいた。
「やぁ、アンジェラ、今日も綺麗だね」
軟派な挨拶で登場したのは、ブラウンの柔らかそうな髪に、アイスグレーの瞳。女性と見間違うような綺麗な顔、少したれ目で、目の下のホクロがなんとも良い感じのところに付いていて、色気撒き散らしているタイプの美青年だ。
「ミシェル、ありがとう。他のみんなは?」
「まだ来ていないよ。あれ?新しいお友達?」
「そうよ。レイチェルよ。レイチェル、彼はミシェル・シルヴァン、シルヴァン公爵のご令息よ」
紹介されたので、こちらも無難に挨拶した。
「バルザエック侯爵のご令嬢か!話は聞いたことがあるよ。あまり表には出て来ていないよね」
「ええ。そうですね」
そっぽを向いて、適当に返事をしてやり過ごそうと思っていたら、気がつくとナンパ男は近くに来ていて、いきなりギュっと抱きしめられた。
「可愛いーー!!レイチェルちゃん、もふもふ、ふわふわ!こういう子たまんない!!可愛すぎる!」
「ぎゃ!ちょっと!お前、なっな、何するんだよ!」
パタパタと、叩いて抵抗したが、もともと引きこもりだし、全く力がなく、細身とはいえ男のミシェルはビクともしない。
「ちょっと!ミシェル!私が口説き落としたのよ!勝手に触らないで!」
アンジェラもよく分からないことを言っていて、ゲームでこういう展開なのかも分からないし、とにかく離して欲しいのに、ミシェルはすっかり後ろから抱き込んでしまい、ぬいぐるみのような扱いになっている。
「えー、僕が可愛い子に目がないの、知ってて連れてくるからいけないんだよ。また喋り方もギャップがあって好きすぎるー!」
どうやら、ミシェルは俺と同じ趣味らしい。そういえば、男のとき、こういうタイプはライバルとして、非常にやっかいなので、敵にまわさないように避けていた気がする。
「おい!そろそろ、離してやれ。サロンで騒ぎを起こすと、目立つから面倒たぞ」
誰でも良いから止めてくれと思って顔をあげると、今度は、長めの黒髪にアイスグレーの瞳の、キリっとした目力のある青年が立っていた。顔の作りは違うけれと、どことなく、ミシェルと、雰囲気が似ていた。
「兄さんは変なところ真面目だから困るんだよねー」
ミシェルがやっと、解放してくれたので、自由になった。せめてもの、抵抗で、キッと、睨んでやると、何故か、やばい!キュンとする!と言われて喜ばれてしまった。
(おいおい、変態かよ!)
「レイチェル、彼は、ミシェルの双子の兄で、ロベールよ」
こちらも、とりあえず紹介されたので、型通りの挨拶をすると、よろしくとだけ言われて、視線をそらされてしまった。
今は、こういうタイプの方が、好感が持てる。まともな人のようで助かった。なにかあれば、頼れそうだと脳内メモしておく。
その時、サロンの中の空気が急に変わった。
いらしたわ、という声が聞こえてきて、令嬢達が息を飲む音も聞こえた。
「あっ、来たよ」
ミシェルの声が聞こえて、顔を上げれば、向こうからこちらに、優雅に歩いてくる男が目に入った。
(あー!クソ色男王子だ!)
何とか、台詞は脳内だけに留めたけれど、新入生代表だった、あの王子様が歩いてきた。
「すまない、遅くなった」
「いいよ。ルシアン忙しいだろ」
「みんなで、話していただけですわ、ルシアンもお昼にされますでしょう?」
「ああ」
何か、みんな仲良しらしく、普通にペラペラと喋り出した。
(まさかと思うけど……俺、このメンツに混じってお昼食べんの?マジかよアンジェラ!ふざけんな!超絶嫌過ぎる)
その時、王子が俺を見つけて目が合った。
その瞬間、以前に感じた、あの、ビリリとした感覚が全身を駆け抜けた。
(でた!何これ……)
本能的な恐怖から、とりあえず一番まともそうな、ロベールの後ろに隠れた。
ミシェルが、えー!ずるいー!と言っている声が微かに聞こえたが、俺の心臓はバクバク鳴って破裂しそうで、それを堪えるのに必死だった。
「ルシアン、私の友人のレイチェルよ。一緒でも良いでしょう?」
「ああ、構わない」
(ひー、了承されちゃった)
そして、地獄のお昼は始まった。
私は、アンジェラとロベールの間に、挟まれる形になって座らされて、味なんてないから、ひたすら、食べ物をモグモグと口に運んで流し込む。
ロベールは無口で素っ気ないように思えて、意外と面倒見が良いのか、無言で食べ物を取ってくれたり、ソースをかけてくれたり、かいがいしく世話をしてくれた。
というか、俺のテーブルマナーは、いつも一人で食事していたもんだから、酷いもので、緊張して余計に、なんか落としたりして、世話をかけた。しまいには、口の端に付いたソースまで、取ってもらって、ロベールは最強のお世話係だ。頼りになるという、俺の見立ては間違っていなかった。
「あーあー、俺と兄さんって双子なんだなって、こういう時、実感するわー、やだやだ」
「ちょっと!みんな忘れているけど、レイチェルは私の友人よ。ここにいるのは、幼なじみだからって、抜け駆けは許さないわ」
どうやら、このメンツは小さい頃からの遊び相手らしい。他にも、今日は来ていないけど、二人いるのよとアンジェラが教えてくれた。
「レイチェル」
今まで黙っていた、王子に、突然話しかけられて、またビクッとなってしまった。
「はい、なんでしょうか……」
「君は……、俺と会ったことはある?」
「いいえ。外に出るの好きじゃなかったから、ないと思います」
変な質問をされてよけいに混乱したが、王子はそれ以降、黙って考えこんでしまったので、特に触れられずに助かった。
他のやつらは、王子の気まぐれな感じに慣れているのか、全然気にかけず、ペラペラ話して食べていた。
やっと、食事が終わる頃には、俺は疲れてヘトヘトになった。
お陰で、午後の授業では、ガッツリ寝てしまい、リュカにノートを見せてもらうはめになった。
こんな事が続くのなら、登校拒否しようかなと本気で思い始めた。
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