2. 学園の始まり
「雪村今帰り?」
昇降口で、珍しい男に話しかけられた。
クラスのやつとは、たまに話すが、基本女の子とばかり話していたので、男から話しかけられたのは久しぶりだった。
しかも、隣のクラスのやつで、俺の名前を知っていることもびっくりだった。
もちろん、やつは有名人だったので、こちらは名前を知っていた。
「あぁ、そうだけど」
「いきなりすげー雨だぜ。ずっと晴れていたのに、こりゃないよな」
見ると、外はどしゃ降りで、外の部活動の生徒達が、慌てて走り回って用具の片付けをしていた。
「青木、部活は?」
「これから、行くとこだけど。この雨じゃな。道場まで屋根ないし遠いから、まいったよ」
「じゃ、これ使えよ」
俺は、いつも鞄に入れていた、折り畳みの傘を取り出した。
「え…?」
「お前、学校期待の星だろ、濡れて風邪でも引いたらどうするんだよ」
「はぁ?雪村は!?」
「俺って水もしたたるいい男でしょ!ちょっとくらい濡れてたほうが良いの、それに、傘がなければ、女の子に入れてもらえるかもしれないし」
「お前、それ本気で…」
俺は傘をそいつに押し付けて、返さなくていいからと言って、昇降口から飛び出した。
初夏の雨は冷たかったが、気持ち良かった。
結局、女の子は見つからず、ずぶ濡れで帰って、翌日寝込んだけど。
あれ?俺なんで、こんなこと思い出したんだろう。
ベッドの上で、俺ことレイチェルは、眠気と戦いながら、夢と現実を行ったり来たりしていた。
だらだら起きていた生活は終わり、今日から朝早く起きないといけないのだ。
「レイチェル様!もう起こすのは三回目ですよ!いい加減、支度を始めないと遅刻されますよ」
ついに、マリーにたたき起こされ、俺は支度を始めさせられた。
(あー、なんで異世界に生まれ変わってまで、学校に行かないといけないんだよ)
あくまで、中世の西洋風のゲームの世界だ。ちゃんと、日本の制服みたいなのが用意されていて、笑った。
まぁ、さすがにセーラー服ではなくて、地味なワンピースだけど。
すでに、父と兄の姿はなく、マリーにお尻を蹴飛ばされながら、馬車に押し込まれた。
(まじて、毎日これやんの?本当無理なんだけど)
馬車に揺られながら、辺りの景色を眺めた。レイチェルも、ほとんど外に出ることはなかったので、外を眺めるのは新鮮で楽しい。
まずは、貴族街といって、貴族の屋敷が並んでいるところを通る。バカでかい家が多いので、まるで、ハリウッドのお宅ご訪問みたいな雰囲気だ。
その後、王宮の城が見えてきて、城下町を通る。いよいよ、王宮の門をくぐり抜け、王宮内にある学園の門を通る。だいたい、家から、二、三時間という、ところだ。
他の者達と同じく、通りで馬車から下ろされて、学園の門の前まで来た。
新入生はこちらに!みたいな案内の人に従って、講堂に集められた。
もう、デジャヴというか、一回やったなという、まさに、高校の入学式だ。
(これで、新入生代表とか出てきたら、完璧だよな)
なんて、思っていたら、本当に新入生代表の挨拶です。なんて、始まったもんだから、笑いそうになるのをこらえるのが大変だった。
代表で呼ばれたのは、グレンデイル王国、第二王子、ルシアン・グレンデイル。
(へぇー、王子様も一緒にお勉強するんだ。大変だねー)
壇上に立ったのは、青みが強い藍色の髪に、黄金色の瞳の青年だ。綺麗に整った顔をしていて、いかにも、良いところのお坊っちゃまというか、品のある顔をしていた。
どこからともなく、令嬢達の黄色い声や、ため息が漏れ聞こえてきた。
(いやだねぇ。権力があって色男ですか……、クソ羨ましいじゃねーか!消えろ消えろ!さっさと消えてしまえ!)
クソ色男王子はご演説が終わって、壇上から出席者を見渡した。その時、一瞬目が合った気がした。なんだか、懐かしくて、切ないような気持ちになって、体が震えた。
(なに!?何なんだ今の!?)
近くの令嬢が、きゃあ私と目が合ったわ!なんて大騒ぎしていたので、よく分からないが気のせいだろう。
(やべー、夜更かしして、風邪引いたかな)
正体不明の感情に、風邪を当てはめて、とりあえず、なかったことにした。
教室に移動すると、令嬢達は、どうやら、みんな顔馴染みらしく、早くも楽しそうに学生生活をスタートしていた。
(まー、当たり前だよね。貴族はパーティー大好きだし、小さい頃から集まって、遊んだりしているんだろう)
別に、ぼっちでも全然良いのだが、適当に話す相手が欲しかった。レイチェルは引きこもり過ぎて、この世界のことを全然分からないので、無難にやっていくには、情報が足りないのだ。
とりあえず、適当に、隣の席の男に話しかけてみることにした。
「おい」
「…………」
「おい、あっ、違うか、ちょっと!」
「………え?僕ですか!?」
隣の席の男は、所謂、可もなく不可もなく、黒髪黒目の普通の容姿だが、人の良さそうな顔をしていて、背も小さくて、周りよりも、ちょっと幼い感じがした。
「そうそう、あんた、名前は?」
俺に話しかけられたのが、よほど驚きだったのか、目を見開いて、口まで開けていた。
「……リュカ・アイザックです」
「私は、レイチェル・バルザエック。よろしく」
リュカは、まだ信じられないという顔で、口をパクパクさせていた。
「……あの、本当に僕に話しかけているんですか?」
「そうだけど。何?私が一人でしゃべってるように見えるの?」
「そんな!滅相もない!違うんです。あの、バルザエック侯爵家のお嬢様ですよね。僕みたいな、男爵家の男に話しかけるなんて……」
「なにそれ?別に良いじゃん。隣の席だから話しかけただけだよ」
「……、隣の席だから……ですか」
自分で信じられないとかナントカ言っていたくせに、ちょっとガッカリした顔をしたので、面白いと思ってしまった。
「ふふっははははっ、そんなガッカリした顔しないでよ」
思わず笑ってしまったら、それを見た、リュカは今度は、真っ赤になって、タコみたいな口になった。
「リュカか……。面白いやつ。私さ、世間知らず過ぎて、この世界に付いていけないんだよ。色々教えて欲しいんだけど、いいかな?」
「え?あっ、はい。僕で良ければ!喜んで!」
とりあえず、リュカという、おもちゃを手に入れた。これで、教室では退屈しなさそうだ。
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教室に集められてからは、友達作りのタイムなのか、その後の案内がなかなか来ず、俺はすっかりリュカと打ち解けてしまった。
「ここに集められた新入生は、15歳~17歳まで年齢はバラバラです。男爵家は、学力試験がありますが、子爵以上は、親の推薦があれば入学出来ます。一年の時はみんな一緒に、国の歴史や政治について学び、剣や乗馬の大会も開かれます。男女ともに社交について、広く体験しながら学ぶのも目的のひとつです。二年からは、選択制で、騎士団や国の仕事に就きたい者が学べるようになっていて、二年に進むのは、ほぼ男性ですね、って!聞いていますか!?レイチェルさん!」
「あー聞いてる聞いてる。自分で質問してなんだけど、学校でなにやるのって質問で、よくそこまで話せるよね」
「レイチェルさん……、何度も聞きますが、本当にバルザエックの……」
「そうだってば、ご令嬢でーす!うふふ。これでよろしいかしら?」
リュカに珍獣を見るような目で見られた。まぁマリーで慣れているので気にしない。
「……びっくりです。そんな、ふわふわの可愛い外見で、中身は破落戸のような……」
「悪かったね。色々と事情があるんだよ。可愛いとか要らないし、むしろあの、クソ色男王子みたいになりたかったのよ」
リュカは、目をパチパチと動かして、何を言ったのか理解しようとしているようだ。そう言えば、男爵は学力試験が必要だと言っていたから、この男は意外と使えそうだ。
「それは、もしかして……、ルシアン王子の事ですか?」
リュカはとっても小声で、周りに注意しながら、その名前を出してきた。
「そうそう!それ!」
「ひーー!やめてください!変な呼び方をしたら、大変になりますよ。あのお方は、第二王子でも、とても優秀で、剣術の腕は右に出るものなし!第一王子より、王に近いと言われている方ですよ!令嬢はもとより、崇拝する令息も多いです!クソなんて付けたら……おお恐ろしい」
「あーそー、じゃ脳内だけにしておく」
リュカに、もう二度と言わないでくださいとまで、釘をさされた。
それにしても、ゲームの世界なら、主人公のアンジェラがいるはずなのだが、見かけない。あの派手な外見なら、目立ちそうなものなのに。
「ねぇ、リュカ、アンジェラって知ってる?」
「………もしかして、ルーベンス公爵家の、アンジェラ・ルーベンス様ですか?」
「名前はそれ以上知らない。長い黒髪でくるくる巻いてて、顔はすげー美人で、男引き連れて、ウハウハしてそうな感じの」
「認めるのはどうも嫌なのですが、多分合ってますね。確かに美人ですし」
「同じ新入生だよね。見かけないけど」
「確か同じクラスですけど、多分サロンの方へ行っているのでは」
「なにそれ?」
「サロンは王族や、認められた高位の貴族しか入れないところです。そこで集まっておられるのかと」
(はいはい、選ばれし方々ですね。まー、貴族社会ってやつは、差を見せてくれますね)
確かゲームは、学園に入学するところからスタートだった。
ということは、アンジェラは今、誰だか知らないけど、ハンティングの真っ最中。
まぁ、勝手にやってくださいという感じだ。
どこで、引き立て役の立ち位置になるか、知らないが、丁寧にお断りしよう。
そんな面倒なことに巻き込まれるのは、絶対に勘弁して欲しい。
結局、アンジェラには、会えないまま、初日は終了した。
帰りは、同じく王宮の騎士団にいる兄の勤務が終わるのを待って、一緒の馬車で帰らされることになった。
案の定、馬車の中では、学園はどうだったか、友達は出来たのかとか、うるさく聞かれたので、暑苦しくて、うんざりだった。
この生活が毎日続くかと思うと、疲れがどっとくる。
しかし、初日は俺の憂鬱な日々の、まだ序章といったところだったのだ。
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