Story 完璧な男 × 元祖モテ男 ①
俺が選んだカードは……
¨オーブリー・ベルトラン¨
………正直、何故このカードを手に取ったか分からない。
今まで、ほとんど話すこともなかったので、どういう性格かも分からない。
ただ、ぱっと見た感じ、常識がありそうというか、ちゃんとしていそうな感じがしたので、その方が良いかなと……。
ただ、怠惰な俺と、気が合うのかは分からない。向こうから願い下げというパターンもありそうだ。それならそれでいいと思った。
眩しい光に包まれた俺は、目をつぶった。
遠くで、誰かの声が聞こえる。
なんだか、とても……怒っているような……。
「おい!聞いているのか!!」
これは、担任の声だと気がついて、ぱっと目を開けた。
「え?」
「え、じゃない!この点数は、何も勉強していないという事だな!」
ここは、職員室だった。俺の前には、この間やったテストの解答用紙が並んでいた。
その全てに赤で、0点と書かれていた。
(なんじゃこりゃ!!の◯太のテストじゃないんだから!)
「そっ……そんな間違いです!私、ちゃんと答は書いたはずです。正解に自信も……」
「じゃあ。ここの公式を答えてみろ!」
「そんなの簡単……!」
バカにするなと思ったけれど、全然思い出せない、昨日まで頭に入っていた知識が、すっぽり抜けていた。
「……えっ……嘘……」
俺は補習とか、居残りとかが大嫌いだった。面倒だし、女の子との時間を邪魔されたくなかった。
この世界の勉強も、要領をつかめば大して変わりがなかったので、今まで苦労せずに、こなしていた。
なのにー!
「すみません……記憶が………」
記憶喪失で担任は許してくれなかった。
ばっちり、毎日の居残り授業のスケジュールを立てられた。
担任とワンツーマンという、訳ではなく、空き教室で、一人でひたすらプリントをするというもので、絶対眠くなるし、全くやる気が起きず、心の中でひたすら泣いていた。
しかも、次回のテストでも満点を取るように言われてしまった。
俺はリュカに、泣きついた。お昼休みを返上して教えてもらったが、不思議と何も頭に入らない。
「これは……、重症ですね。僕より頭の良い方に教えてもらった方が良いかもしれません」
「そんなぁ……、何でこんなに、急にばかになってしまったんだーー、もう終わりだー、何をしても落第人生かよーー」
その時、俺は閃いた!
以前、オーブリーに、遅刻した際の補習授業を、まとめてもらった用紙をもらったのだ。その時の完璧さといったら、素晴らしかった。
(うむ、彼しかいないな……)
俺は早速、オーブリーとジェレミーのクラスへ行った。
仲の良い二人は、クラスでも、机を並べて話をしていた。
「あれ?レイチェル、どうかしたのか?」
顔を覗かせると、先にジェレミーが気がついて、声をかけてくれた。
「……やぁ、今日はとても良い天気で良かったね」
適当な事を言って、気まずい思いで、そろーっと、クラスへお邪魔した。
「ちょっと、そこのオーブリー君に話があるんだけど……、ちょっといいかな?」
「え?俺に?」
まさか、自分が声をかけれれるとは、思っていなかったようで、オーブリーは驚いた顔をしながらも、俺の手招きに付いてきてくれた。
廊下の隅まで、軽く引っ張ってきて、わけを話して、俺は拝み倒した。
「頼むよ!この間のテストの範囲でいいから、また、まとめたやつを作ってくれないか?」
「べつにいいけど、そもそも、なんで全て忘れてしまったんだ?」
「えーと、それは……」
「だいたい、基本的な事が抜けているのに、テスト範囲だけ暗記して、ちゃんと理解できるのかよ」
「まーそのー、何というか、そうだよね」
(とりあえず、その場だけしのごうと思っていたのに、完全に見抜かれている)
「えーと、貴族のお前に昼飯奢るって言っても、あほみたいな話だから、何か雑用でもあったら、何でもするから!」
「雑用ね……」
労働の対価としては、ないに等しいもので、こんな条件でやってもらえるとは思えなかった。
「頼むよー。この間、作ってもらったやつが、すごい分かりやすかったんだよ」
しばらく眼鏡の奥で何か考えていたオーブリーだが、ため息をついて、俺の顔を見た。
「分かった。じゃ、今日の放課後からだな。遅れるなよ」
「え?」
「え、だと?まさか、本気で俺の作ったやつを丸暗記して終わらせるつもりだったのか?」
「や、そういうわけでは………」
「俺が教えると言うことは、ちゃんと責任持って最後まで指導するという事だ。基礎から覚えて一人で出来るようになるまで許さない。それでないと俺はやらない」
(そんなに、堅苦しくなくても……)
「どうするんだ?」
ここへ来るまで、色々と逃げ道を考えたが、もうオーブリーしかいなかった。
「あーはい。やりますやります。よろしくお願いします」
(しまったなぁ……。こんなに熱い男だとは……。俺、熱血とかそういうの、苦手なんだけど)
「なんだ?なにか、不満がありそうな顔だな」
「そんな、オーブリー様!滅相もございません!よろしくご指導くださいませ」
その日の放課後から、空き教室にこもって、オーブリーの指導が始まった。
まずは基礎から、簡単な問題を作ってもらって、それを解くという繰り返しをして、分からないところは、詳しく解説してもらい、少しずつ、理解できるようになった。
「すごい!さっきまで、全然頭に入らなかったのに、何となく分かるようになってきた!」
「何となくじゃだめなんだか、まぁ今日はそれでいいよ」
向かい合わせで座っているので、ふと、まじまじとオーブリーの顔を見てみた。
艶のある黒髪は清潔に整えられて、陶器のような綺麗な肌に、眼鏡の奥の、エメラルドのような緑の瞳は、男らしくキリっとしていた。
「なぁ、オーブリー」
「なんだ、どうした?」
「お前って、モテそうだな」
オーブリーは、突然関係のない話をされて、びっくりしたのか、解答を採点中だったのに、間違えて机の上に丸をしてしまった。
「おい……急に!何を言い出すんだよ」
「だってさ、羨ましいんだよー。お前みたいなやつ。頭もよくてイケメンで金持ちだろ!揃いすぎてて、対抗しようとする気も起きない」
「なんで、令嬢のレイチェルが、俺に対抗しようとするんだ。お前女が好きなのか?」
「………好きだよ。大好きだった。でももう好きになったらいけないんだ」
「それは……、同性だからか?」
「まぁ、それもあるけど………、俺の罪ってやつだよ。だから、今度はちゃんと、一人の人を幸せにしてあげたい」
オーブリーは、わけが分からないという顔をしていた。
(そりゃそうだ、余計なことを喋りすぎた)
「ごめん、今のくだらない話忘れていいよ。よーし!あともう少し頑張るぞー!」
「ああ……」
ついつい、脱線したくなるのが、俺の悪い癖で、オーブリーの何か言いたげな視線を感じたが、プリントに集中している顔をして、気がつかないふりをした。
そうして一週間、毎日基礎を勉強して、やっとプリントの問題がまともに解けるようになった。
教師に前回のテストについては、認めてもらえたが、来週のテストで満点を取らないと、またプリントを出されることになり、今度は次のテスト範囲の勉強に取りかかっていた。
オーブリーは引き続き、予習にも付き合ってくれることになった。
「本当助かるよ。もう、このまま、頭がおかしくなって死ぬのかと思ったほどだったから、オーブリーのお陰で、ここまで解けるようになって、本当良かった」
「大袈裟だな、むしろいきなり出来なくなったのは、何だったのか。こっちも、基礎を教えたら、どんどん自分で出来るようになったし、全然手がかからなかったぞ」
不可解な記憶喪失で、俺の頭は完全にイカれたかと思ったが、とりあえずは、元に戻ったようで安心した。後は、来週のテストに向けて頑張るだけだ。
「それで、レイチェル、雑用の件なんだが……」
「あぁ、いいよ。もちろん。掃除当番とか?何回でも変わるよ」
「いや、掃除とか雑用ってわけじゃないんだか」
「何かお願い?私に出来ることなら……」
オーブリーは、何か言いにくそうに、咳払いをした後、俺の顔をじっと見てきた。
「なっ……、何だよ」
「レイチェル、俺と付き合ってみないか?」
「え?付き合うって…?」
「……だから、男女のお付き合いだよ」
オーブリーが何を言っているのか、耳を疑った。
「……お前、この間の話聞いてただろ、こんなおかしな女と、よく付き合おうなんて思うな」
「べつにそんな事は何も気にならない。それより、レイチェルが言っただろう、俺がモテそうだって」
「え?あぁ、言ったけど……」
「確かに、顔や家柄を見て、近づいてくる令嬢はいるけど、その、俺の性格が悪いのか、長続きしないんだ」
「え……マジで……」
「正直、自分でもどこをどう直したらいいか分からないんだ。俺と付き合ってみて、忌憚のない意見を聞かせてほしい」
オーブリーの顔は真剣だった。きっと、悩みに悩んでいるのだろう。あんなに完璧に見える男でも、人間らしい感情があるのだと気づかされた。
「……分かった。色々良くしてもらったし、今度は私が助ける意味でも力になるよ」
こうして、俺は、オーブリーとお試しで付き合うことになった。
人助けくらいの軽い気持ちだったが、やがて、足元から埋まっていくことを、この時の俺は考えもしなかった。
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