Story 眠れる獅子 × 愛されたい女③
ロベールの悲しい瞳のわけを知りたくて、俺はミシェルに話を聞くことにした。
ところが、ミシェルという男は、サロンに行っている以外は、いつも令嬢に囲まれていて、いっこうに、まともに話をする機会が見つからない。
さすがに、令嬢と楽しくお喋りしているところに、あなたのお兄さんのことでご相談が、とは言えないので、諦めるしかなかった。
ところが、その日は、廊下で、ミシェルの方から俺を見つけて声をかけてきてくれた。
「やぁ、レイチェル。サロンに来てくれないから、久しぶりだね、兄さんとは親しくしているみたいだけど」
「ミシェル、ちょうど良かった!ミシェルに聞きたいことが、あって……」
「……そう?じゃ、場所を移そうか?」
(ん?なんか、ミシェル?雰囲気違うような。こんなやつだっけ……)
いつも、うるさいくらいに、絡んでくるミシェルとは、少し違う雰囲気に、戸惑ったが、大人しく付いていくことにした。
ミシェルに中庭まで、連れてこられて、ベンチに腰を下ろした。
「それで。僕の忠告の事を聞きに来たの?」
「忠告?あっ……、ああ、執着がなんとかってやつ?いや、そこまでの話じゃないんだけど、ロベールのなんか……、様子がおかしい時があって……」
「レイチェルが、サロンに来なくなってからだよね?」
「そう!そうだよ。すごく悲しそうな目をして、私に消えないで欲しいって……、それが、気になってさ、本人に聞きにくいし……」
ミシェルは、小さくため息をついてから、ゆっくり語りだした。
「うちの父親が、厳しい人だというのは、有名なんだけど、子供の頃は本当に酷くてさ。人前でも平気で鞭で叩くような人だった」
「そんな……ひどい」
「兄さんはもともと大人しかったけど、ある事でよけいに、喋らなくなってしまった」
「ある事?」
「子供の頃、うちに迷いこんだ子猫を、二人で内緒で飼っていたんだ。ほら、その頃から可愛いもの大好きだったし。僕は適当に可愛がっておしまいだったんだけど、兄さんは、それはかいがいしく世話をしてた。寝ないでお世話したり、ごはんを食べてくれない時は、ずっと側にいて、離れなかった」
猫を大切にしている、少年ロベールの姿が目に浮かんだ。ロベールなら、とても大切に育てていたのだろう。
「でも、ある日、猫が突然消えたんだ」
「え!?」
「父親に見つかってしまったんだ。シルヴァン家の男が、猫などに心を奪われてはいけないと言ってね。それはすごい剣幕で……。次の日、猫は消えて、二度と戻らなかった。何度聞いても、父は教えてくれなかった。ただ離したのか、使用人に渡したのか、または………」
胸が締め付けられる思いがした。どうして、そんなことが出来るのだろう。
「兄さんは、その事で、いっそう心を閉ざしてしまったんだよ。もう、ずいぶん長い間、笑顔なんて見ていない」
(そうか……だから、消えないでくれと……)
種類は違うけど、厳しい父親。
心を閉ざすこと。
レイチェルとロベールはよく似ている。
レイチェルは俺が混じって、飛べるようになったけど、ロベールは未だに檻に囚われているのかもしれない。
目頭が熱くなってきて、涙が滲んできたけど、ミシェルに知られないように、そっと拭った。
「あーあ、僕は兄さんが羨ましい、本当、心の底から……」
「え?何か言った?」
ぼそっと喋っていたミシェルの声は聞き取れなかった。ミシェルは、内緒、まぁ頑張って、兄さんをよろしくと言って、手をひらひらさせながら、校舎の中へ消えていった。
俺は、ロベールの檻の鍵を開けることが出来るだろうか。そこから救いだしてあげたいと思った。
ランチの時だけでは、落ち着いて話も出来ないので、俺はロベールと一緒に帰ることにした。といっても、お互い馬車なので、今日は兄の手違いで、馬車の手配を間違えたという事にして、途中まで乗せてもらえないか頼んだのだ。
うちの屋敷は、シルヴァン家の通り道にあるので、問題なく了承してもらえた。
ミシェルは一緒ではなく、どうやら別々で帰っているようだ。
いざ、乗り込んだはいいが、改めて二人きりになると、何を話していいか分からなくなった。
ロベールは、ずっと窓の外を見ているし、何か軽い話題でもないか、頭を巡らしたけど、全く思い付かず、完全にパンクした。
(全然、いつもの調子が出ねーよ。あーー!女の子相手なら、ポンポン思い付くのに!)
ふと、ロベールの鞄を見ると、全く似合わないが、可愛らしい、小さな縫いぐるみ?マスコットみたいなのが付いていた。
「なんか、ロベールの鞄に可愛いのが付いているね」
外を見ていたロベールが、鞄に視線を向けた。
「ああ、これか。これは俺が作った」
「ええ!!嘘!?マジで!?」
手先は器用そうだと思ったけど、それは熊っぽいやつで、ちゃんと顔もしっかりしているし、可愛いベストまで付けていた。
「へぇー、凄いな。よく出来ている。こういうのって、顔が大事なんだよな」
昔はよく、女の子にプレゼントで、こういうやつを渡した。女の子は、顔が大事なのよ、ちゃんとバランス整ってないとだめなのと、力説していた気がする。
「分かるのか?これは、一番バランスよく出来たやつで、俺のお気に入りなんだ」
(おっ、乗ってきたじゃん、顔色が変わってきた気がする)
正直、縫いぐるみの良し悪しは、全く分からないが、とりあえず、可愛いの基準があるらしいので、話を合わせておいた。
「レイチェルは、女の子だからな、やっぱり、好きなんだな。良かったら、ほら」
ロベールは、鞄についていた、謎のマスコットを外して、俺に渡してきた。
(まー、こういう時、女の子なら、キャーとか言って喜ぶのかな。でも、まぁ、頑張って作ったやつくれたんだから、俺も普通に嬉しい)
「ありがとう、嬉しいよ。ロベール」
お礼を言って、目線をロベールに移した。
(え…………)
ロベールが、微かに微笑んでいるように見えた。
「いま!ロベール、笑った!」
「えっ?」
「絶対笑った!何だよ、ちゃんと笑えるじゃん」
ロベールは自分でも無意識だったみたいで、不思議そうな顔をしていた。
少し近づけたみたいで嬉しかった。
「………レイチェルも、その笑顔の方がいい」
「へ?」
「以前、無理して笑っていた時があっただろう。それより、今の顔の方がずっと良い」
(そういえば、そんなこともあったっけ。俺、嘘笑い得意なはずなのに、なんだ、気づいていたのか)
「なんだ、ロベールには、何でも分かっちゃうんだね」
「レイチェルのことは、よく見ているから…」
ふと、気になったのは、なぜロベールは、俺の事をそんなに、気にかけてくれるかということだ。
世話好きといっても、誰でも世話をしているわけではない。
「どうして、私のこと、気にかけてくれるの?」
「それは……、前に大切だったものによく似ているから……大切にしていたけど、消えてしまった……」
(もしかして、子猫のことかな)
なんだか、ロベールがあの悲しい目していて、泣きそうに見えた。胸がいっぱいになって、思わずロベールの頬に手を当てた。
「なんて、顔しているんだよ。ばかだな。私はどこにも行かないって言っただろ」
肌が触れあえば、お互いの体温を感じる。それを、たくさん知れば知るほど、俺は大事な温もりを忘れてしまった。
今、手から伝わる温かさは、心地よくて、胸が締め付けられるほど切ない。
この気持ちを何と言ったのだろう。
俺は答えを求めて、ロベールを見た。そして、そんな俺の目を見たロベールは、驚いたように目を見開いた。
「レイチェル、そんな目で見ないでくれ。そんな目で見られたら……」
(俺は救い出しに来たんだ、だから、ちゃんと鍵を開けてあげないといけない)
ロベールの瞳にも、炎が宿ったのが見えた。それは多分、俺が移した炎だ。
「おいで、ロベール。ちゃんと確めて、私がここにいるのを……」
ロベールが、頬に触れていた俺の手を掴んだ。そして、そのまま、こちらに覆い被さってきた。
まるで、檻から出てきた獣に、のし掛かられているみたいだなと、ふと思った。
「火をつけたのは私だから」
「いや、俺の中では、もう、ずっと前からついていた」
もう、言葉はいらなかった。
一度唇が重なれば、後は、雪崩が起きるように、お互いむさぼるように唇を求め合う。
時を忘れて、息苦しさにこぼした涙まで舐め取られた。
このまま、獣に食べられてしまったら、どんなに嬉しいだろう。
俺は頭の先でそんな事を思いながら、甘い苦しさに身を委ねたのであった。
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