Story 眠れる獅子 × 愛されたい女①
俺が手に取ったカードは………
¨ロベール・シルヴァン¨
追い詰められた俺は、迷いつつも、このカードを手にした。
正直なところ、誰一人として、甘い気持ちはないけれど、一番安心感があるというか、変なことには、ならなそうだなという気がする。
眩しい光に包まれた俺は、思わず目を閉じた。
すると、心地よい鳥のさえずりが聞こえて、草の匂いが頭に広がった。
(あれ?ここ……どこだろう、凄く気持ちがいい)
誰かが優しく頭を撫でてくれて、切なくて優しい気持ちに満たされる。
「……レイチェル、そろそろ起きないと……、もう授業が終わってしまった……」
授業という言葉を聞いて、俺は現実に引き戻された。バチっと目を開けると、柔らかな草のベッドと、横に座っているロベールが見えて、かちっと目が合った。
「ん……ロベール?ここどこ?」
「学園の庭園」
「え?私……いつから寝てたの?」
「授業が始まる前、ここで寝ているレイチェルを見つけた。だから、側にいたんだ」
俺はがばっと飛び起きた。
「えっ、さっき授業が、終わったって……」
ロベールはすかさず、私の頭や体に付いた、葉っぱやら、土を、取り除いて、ぱたぱたと叩いて落としてくれている。
「起こそうと考えたんだが、あまりに気持ち良さそうだったから、その、悪かった……」
マジかーと、がくっとなったけど、もう終わってしまったものは、仕方ない。
「ロベールが謝ることじゃないでしょ。こんなところで寝ている私が悪いんだから、というか、こっちこそ付き合わせてごめん、置いていってくれても良かったのに……」
そう言ったら、ロベールは俺を見たまま、無言で動かなくなった。
(あれ?なんか、悪いこと言っちゃったのかな)
「……ロベール?」
顔を覗き込もうとしたら、さっと横を向かれて、先に立ち上がってしまった。
「ほら、行くぞ」
ロベールに手を掴んで引っ張ってもらい、俺も立ち上がった。
こんなところで、無防備に寝るなと、ぼそっと言葉を残して、ロベールは校舎の中へ消えていった。
(…………すごく。良い人なんだろうな、うん、分かりづらいけど)
教室に戻ると、すっかり授業をサボってしまったので、担任からは、しっかりお説教をくらった。
(ロベール、大丈夫だったかな、あいつのクラスの担任怖いらしいから……、後で様子を見に行こう)
放課後、ロベールのクラスに顔を出した。
学年には、たくさんのクラスがあるが、ロベールのクラスは、どうやら、男子の数が多い。
(げー、男くさいクラスだな……、ここじゃなくて良かった)
背の高い男が多く、全体的に密集していて、よく見えない。ロベールを探して、キョロキョロしていると、話かけられた。
「あれ、他のクラスの子じゃん、誰か探しているの?」
「え?あぁ…そうだけど。あのロべー……」
「すげー!可愛い!俺らと遊ぼうよ!」
「名前教えて!一緒にお茶しようよ!これから!」
「ちょっ!ちょっと、やめろってー!」
このクラスのやつらは、女に飢えているらしく、あっという間に群がってきて、人の話は聞かないし、揉みくちゃにされて、逃げられなくなってしまった。
(なんだ、ここは!猛獣の檻か!?)
完全な餌になった俺が、どう切り抜けようか途方にくれた時、ふわっとした浮遊感がして、俺の視界が高くなった。
どうやら、誰かが持ち上げてくれたみたいだ。
「大丈夫か、レイチェル」
「ロベール!良かったー!」
男だらけの集団に、頭がおかしくなりそうだったので、救い出してくれたロベールは、天使に見えて、思わず首もとにしがみついた。
「げ!やばい!ロベールの知り合い!?」
男の集団は危険を察知したようで、蜘蛛の子を散らすように、みんな一斉に逃げていった。
「すまない、怖かっただろう。うちのクラスは男が多いから、レイチェルは近づいちゃだめだ」
(歯がゆいな、昔の俺だったら、殴ったり蹴ったりして、暴れることも出来たのに、この体は全然動かないし、力が出ない)
「レイチェル?」
「あ…うん、ありがとう。助けてくれて」
つい感傷に浸っていて、助けてくれたお礼も言っていなかった。無理やり笑顔を作ってお礼を言った。こういうのは、生まれ変わっても、得意なんだなと感じる。
「あのさ、そろそろ、下ろしてもらっても、大丈夫なんだけど……その……」
気がつくと、ロベールに抱き上げられたままで、周囲の視線をこれでもかと集めていた。
あぁ、そうかと言って、やっと下ろしてもらえた。さすがに、注目されるのは、恥ずかしい。
「誰かを探してたのか?」
「ん?あ!そうだ、ロベールだよ。ほら、授業一つ、サボっちゃっただろ、お前のクラスの担任やばいって聞いたから、心配になって……」
「……、別に問題はない。校庭10周走らされたくらいだ」
「げっ!!」
ロベールは軽く言うが、この世界の校庭というやつは、前世の整理された平らなグラウドとは大違いで、かなりでこぼこしていて、木も草も生えていれば、岩も転がっていて、かなり野性的だ。そこを走るというのは、チャレンジでしかない。
(あんなところを10周も……鬼だ…)
「…ロベール、ごめん、私のせいで……」
俺が謝ると、ロベールは、よしよしと頭を撫でてくれた。
さっきも思ったが、ロベールに頭を撫でてもらうのは、不思議と悪い気がしない。
むしろ、すごく心地がよかった。
思わず、目を閉じて、その心地よさに、身を任せていると、ごくりと、何か飲み込むような音が聞こえた。
ぱちっと目を開けて、ロベールを見たが、特にいつもの無表情で変わりなかった。
(ん?なんだ?気のせいかな)
時計を見ると、そろそろ兄に帰りを指定された時間だったので、もう一度謝ってから、ロベールとは、そこで別れた。
翌日、教室の席につくと、リュカ待ち構えていたように、声をかけてきた。
「レイチェルさん!聞きましたよ。昨日の帰り、ロベール・シルヴァン様と仲良くされていたそうじゃないですか」
「えっ、別に仲良くってわけじゃ……、助けてもらったというか……」
「どういうことですか?」
昨日、ロベールのクラスであった事を、リュカに説明した。
「あー…あそこは、騎士団組だから、ほとんど騎士団候補生の男しかいないんですよ。女子もいるけど、数少ないし」
「まるで猛獣の檻かと思ったよ」
「ストレス多いんじゃないですかね。あの担任だし、何かと走らされるみたいですよ」
話のついでに、ロベールに関しての情報を集めておこうと思って、リュカに聞いてみた。
「シルヴァン家といえば、公爵家の中でも名門で、王家に最も近いと言われています。ロベール様は、あまり感情が読めない方みたいですね。剣術と勉強は、とても優秀と聞いています。ミシェル様と違い、あまり浮いた噂は聞かないし、真面目な方なのではないでしょうか」
(うーん、あまり、新しい情報はないか。真面目……、真面目か……、良いことなんだろうけど、疲れないのかな)
お昼は、サロンに呼ばれて、王子以外、いつものメンバーが集まった。
最初は嫌々だったし、緊張したランチも、今はリラックスして、楽しく食べられるようになった。
それもこれも、この男のおかげで………
「レイチェル、ほら、こぼれている」
「んっ、ごめん」
「これ、食べやすいように、切り分けたから」
「ありがとう」
今日もロベールが通常営業で、かいがいしく、お世話してくれる。
痒いところに手が届くサービスに、俺はすっかりハマってしまった。
なにより、寂しがりの俺は、誰かに気にかけてもらうと、もう嬉しくて完全に懐いてしまった。
「なんか、あそこだけ空気違わねーか?なんでだ?ロベールってあんなに世話好きだっけ?」
ジェレミーが、口をもぐもぐさせながら、不思議そうに眺めてきた。
「ジェレミーは、まだお子様だからね」
それをミシェルが、からかって、二人で言い合いになって、賑やかに食事は進んだ。
(なんか、俺ばっかり、世話してもらって悪いな……、果物の皮までむいてもらったし)
ふと、ロベールの皿を見ると、ローストしたチキンが、早めになくなっていた。どうやら、好きなのかもしれない。
自分の皿のものは、まだ手をつけていなかったので、そのまま渡そうかと思ったけど、俺もお世話の真似事をしたくなった。
「ロベール、このチキン好きなの?」
「…ん?、ああ。」
俺は切り分けたものを、フォークでさして、ロベールの口の前に持っていった。
「じゃ、私の一口あげる。はい、あーん」
珍しくというか、初めてロベールの表情が変わったのが、分かった気がした。
驚きという、感情に近いのかもしれない。
しばらく、考えていたロベールだか、口を開けて、パクっと食べた。
全員それに注目していたらしく、食べたよ、食べたねと、みんな小さい声で確認しあった。
しばらくして、飲み込んだらしい。
うまかったと、一言だけ、ぽつりとこぼした。
(わぁー!なんか、懐いてくれなった野良猫に、初めて餌付け出来たみたいな感じ!じわじわ嬉しくなってくるなー)
野良猫君は、お気に召したらしく、もっともっとと言うので、結局、チキンは全部食べさせてあげることになった。
「レイチェル、一応忠告しておくけど、兄さんは、見た目は僕と似ていないけど、好きなものは一緒なんだよ。しかも、物凄い執着すると思うから、覚悟した方がいいよ!」
帰り際、ミシェルにそっと、そんな忠告を受けたけど、全く意味が分からなかった。
(ロベールが執着?全然、対極のイメージじゃん。ミシェルってば、また、ふざけてるんだなー)
その時の俺は、完全に甘く見ていた。
獅子はまだ眠っているという事を……
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