1. 目覚めたら女の子
女の子が大好きだ
温かくて、柔らかくて
抱きしめればふわふわで壊れそう
包まれれば、幸せな気持ちになれる
そう、その時は幸せな気持ちになれるんだ
だから、これは罰なんだ
女の子を大切にしなかった
俺の罰なんだ
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「レイチェル様!レイチェル様!」
メイドのマリーが呼んでいる。アラフォーで、子供が三人いる彼女は、可愛らしい人だが、俺の守備範囲ではない。
「あー、ここだよ」
「まぁ!!!!また!そんな、所においでですか!?由緒正しき、バルザエック家の令嬢が、木登りなど、なんと浅ましい事を!」
旦那様と奥様に知られたら!とまた、いつものやつが始まったので、ウザったくて目を閉じた。この木の上は、枝が折り重なって乗れる範囲が広く、寝転べるので昼寝にはちょうど良い。
「最悪だよ、こんな人生」
もう、二週間ずっと同じ事を言い続けている。
そう、レイチェルになって二週間。
もう、絶望しかない。
「レイチェル様!」
マリーの声が頭にキンキンと響く。
「うるさいな、俺はレイチェルじゃないんだ。違うんだよ……」
どうして……
どうして俺は……
大好きな
大好きな、女の子になってしまったんだろう。
□□□
物心ついた時から、俺は女の子にモテモテだった。
女の子より可愛いと、言われたこともあるくらいの甘い顔。
細くて、背は小さかったけど、余りあるくらい、顔がカバーしてくれた。
年上から年下まで、俺が目を合わせて微笑めば、たいていの女の子は、真っ赤になって、恋をする目になる。
同時に何人付き合ったか、数えたことはない。面倒なのは嫌いだし、一応、たくさん好きな子がいると言ってから、それでもいいと言う子だけと付き合った。
うちの、両親は仕事が忙しくて、真っ暗な家にいるのが、嫌だった。寂しさから、いつも、色々な女の子の家を渡り歩いていた。
高二の夏、あの日も女の子と一緒に帰りながら、駅のホームで喋っていた。
その子は最近付き合い始めた子で、笑顔が可愛くて、俺のお気に入りだった。
そこに、元カノがやって来た。可愛い子だけど、ゲーマー過ぎて、いまいち話も合わないし、連絡もしつこいから、もう面倒で切ったんだ。
元カノは、いきなり彼女に掴みかかって、ひどい言葉を言った。
すると、彼女も応戦して、二人で取っ組み合いの喧嘩に発展した。
もちろん、俺は止めに入った。二人を止めるために近寄った瞬間、片方の子が思い切りぶつかってきて、俺は不覚にも後ろに飛ばされた。
そこからは、記憶が曖昧だ。何か?誰かにぶつかった気もするけど、気がついたら、線路に落ちていて、電車が近づいてきてくるのが見えた。
俺は顔を伏せた。
覚えているのは、そこまでだった。
しばらくずっと真っ暗な世界にいた。
そして、気がついた時、俺は、レイチェルだった。
いや、正確には、レイチェルとして生きてきたが、俺だった時の記憶を思い出した。
□□□
「理人、ねぇ、今日も私の家に来ない?」
「えー、だって、茉莉さ、ずっとパソコンでゲームばっかで、触らしてくんないし、つまんないんだよね」
「ごめんごめん、もうちょっとでクリアしそうで夢中だったのよ。もう全クリしたから、大丈夫よ!理人に熱く語ってあげる!ね!家に来てー」
「えー、語らなくていいし。まー、今日はみんな忙しいみたいだし。ヒマだからいいよ」
「やったぁ。理人大好き」
茉莉は、可愛い子だったけど、ちょっと自分勝手なところがあって、誘うだけ誘って、家に行くと放置されることがよくあった。
その日も家に行くと、茉莉が遊んでいたゲームが、いかに楽しかったか説明されて、うんざりした。
しかも、ちゃんと、聞いていなかったり、質問しないと怒るから、とても面倒だ。
「で、この、主人公が、アンジェラで、凄い美少女でしょ。彼女が男を次々と攻略していくの」
「まー、確かにキレイ系だね。ってか、こんなにスペック高ければ、人生楽勝だし、攻略するまでもないけど」
茉莉がやっていたのは、西洋風のゲームで、主人公の令嬢が、何人かの攻略対象から好きな男を選び、会話とかイベントで好感度を上げて攻略するという、乙女ゲームとかいうやつで、散々説明されたけど、内容なんてさっぱり覚えていない。
「うるさいわねー、主人公ブサイクじゃ、難度高すぎるでしょ!」
「あれ?この子……」
登場人物の中で、一人の子に目が止まった。
大人しそうだけど、俺のタイプの可愛い系。現実にいたなら、俺ならこっちを選ぶかななんて思った。
「あー、レイチェルね。これは、主人公の友人よ。いわゆる引き立て役」
「引き立て役なの?」
「そうよ、見た目はね、可愛い感じだけど、暗くて地味な女よ。ずっと下を向いてて、喋る時も、モゴモゴして、アンジェラが通訳してあげないと、皆と会話できないのよ。まー、レイチェルを助けてあげると、優しい子だと思われて、攻略対象からの好感度が上がるの。だから、ただの引き立て役」
「ふーん、そういうものなんだ」
大して興味がなかったが、そのキャラクターだけは、やけに印象に残った。
まさか、その事が、こんな風に繋がるとは、思いもしなかった。
□□□
「レイチェル様、本当にどうされたのですか、このところ、レッスンはサボって、部屋にこもるか、急に外をふらついたりして……」
「……別に、ただ人生に悲観してるだけ」
今日も例のごとく、元カノと名前が似ててややこしい、マリーが、部屋の扉に張り付いて、ため息をついていた。
「ちゃんと話せるようになったと驚いていましたのに、話す言葉と言えば……、とても令嬢の言葉とは思えない」
しばらく、小言を言ってから、仕事があると言って、やっと出ていってくれた。
「異世界転生……」
友人達の間で、そんな都市伝説みたいな話が話題になった事があった。
くだらねーし!なんて言ってバカにしていたっけ。
スタスタと歩いて向かうのは、でっかい鏡の前。もう、何度も見たのに、いまだに信じられなくて覗いてしまう。
そこには、色白で金髪に青い瞳の女の子が立っている。そう、これがレイチェル。レイチェルの髪は、金色でも少しピンクっぽくて、それが、本人の優しげな雰囲気と合っていて、ふわふわしていて、本当に可愛い。
まさに、ゲームのレイチェルそのもの……。
「あぁ……、やっぱり、そうなのかな。でも俺、全然ゲームの事、よく分かんないのに」
こういうものは、何とかエンドとかがあって、それによって、ひどい一生になったり、最悪死んだりするやつなんだろうけど、茉莉の説明を流して聞いていたので、まず、乙女ゲームのタイトルすら不明だし、本当にここがその世界なのかも分からない。
何より最悪なのは。
「なんで、俺が……女の子なんだよ……」
レイチェルとしての生まれてからの記憶はある。今年16歳になった。そして、その誕生日に、突然、理人の記憶が甦った。
レイチェルは、ゲームの通り、大人しすぎる子で、今まで、ほとんど屋敷から出た事もないし、友人と呼べる子もいない。なぜこんな性格かと言えば、厳しすぎる両親に、何をしても認めてもらえず、いつも叱られていた。
萎縮してしまった娘を見て、両親は、今度は、腫れ物に触るように扱った。
そして、今では、父は仕事を理由にほとんど家には帰らず、母も遊び歩いていて、見かけることは少なくなった。
16歳の誕生日も一人だった。
一人で部屋で泣いていて、気がついたら、俺の記憶が頭の中を駆け巡っていた。
「なんだよ。生まれ変わっても、性別が違うだけで、結局俺は一人ぼっち、同じ人生じゃん」
これは、きっと、女の子とたくさん付き合って、ちゃんと大事にしてこなかった、俺の罰なんだ。
神様は俺に罰を与えたんだ。
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今日は庭のテラスに転がって、蟻の生活をぼんやり観察していたら、後ろに、怒のオーラを放ったマリーが立っているのに気がついた。
「レイチェルお嬢様!こんなところに、転がって、何をされているんですか!旦那様がお帰りになりましたよ!」
びっくりして、飛び起きた。二月ぶりくらいか。理人が目覚めてから、初めての親父との対面だ。
書斎に顔を出すと、父の、デイニス・バルザエック侯爵が立っていた。長身の細身で、年齢を感じさせない。レイチェルと同じ金髪を後ろで撫で付けて、剣のある目をしていた。
「レイチェル、久しぶりだな。元気だったか…。16になったのだな」
「ええ、おかげさまで。寂しい16歳の誕生日を一人で迎えましたわ」
父は持っていた、ペンを床に落として、インクをぶちまけるという、驚きを見せた。
「レイチェル……、上手く、喋れるようになったんだな……いや、何と言うか、びっくりで……」
「子供は親がなくても成長するものです。それで?何か用事でも?」
父は、今度は、書類をぶちまけて、とんでもない慌てぶりだ。
確かに、あ、とか、え、とかしか、喋らなかった娘が、ベラベラ喋っているのだから、びっくりするのも当然か。
「あ、いや、えっと、あ、そうだな。すまん!学園の事だ。レイチェルも入学が決まったのだが、心配は……なさそうだな」
(学園!?そうだ、あのゲームは、学園が舞台の乙女ゲームだった!)
「知っての通り、国のほとんどの、貴族の令息、令嬢が通う、王立学園だ。ここでの出会いで、今後の人生が多く変わるだろう」
「はあ、そうですか」
(もう、この先の人生に夢も希望もないけど)
「来月から通う事になる。準備をしておいて欲しい」
面倒なので、分かりましたとだけ言って、さっさと出ていくことにした。
父の書斎を出ると、こちらも、もっと久しぶりの人物に会った。
「レイチェル!」
走ってきて、物凄い力で、俺を抱き上げて、ぐるぐる振り回しているのは、兄のザックスだ。
今は、王国の騎士団に所属していて、約二年ぶりの帰宅だ。
「大きくなったなぁ。可愛いレイチェルがこんなに……、兄は寂しいぞ……」
(こいつだけは、家族の中でも唯一、レイチェルに向き合って、ちゃんと接してくれていた。忙しくて会えなくなってしまったが。……いや、でも、こんなムキムキの男に抱きつかれているのは、あまりいい気分ではない)
「お兄様、そろそろ、お離しください」
「レイチェル!?話せるように……!?」
「ええ、そうですから。とりあえず、離してください」
ザックスは、良かったと言って、感動して泣いている。こんなに、暑苦しく泣いている男に、騎士団が務まるのか、疑問が沸いてきた。
「ずっと、遠征生活だったが、ついに、王宮の所属に決まったんだ。これからは、レイチェルと暮らせるぞ」
「……お兄様。もう、26歳ですよね。そろそろ、ご結婚されてはいかがですか?」
「ひどい……、帰って来たばかりの兄に……そんな寂しい事を言うなんて……しくしく!!」
いい加減、気持ち悪くなってきたので、じゃこれで!と言って、さっさと逃げてきた。
学園の入学に、帰って来た暑苦しい兄。
(あぁ、やっぱり、人生に不安しかない)
俺の憂鬱な日々は、まだ、幕を開けたばかりだった。
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