#ギャル男と腐女子の異文化コミュニケーション
#プロローグ
「ーーでは、お先に失礼します!」
「えー。もう帰っちゃうのぉ? 」
夏期講習が始まる7月初日の夕暮れ、某ガイアが彼にもっと煌めけと囁いた。
そのお兄さんはホストではなく、チンピラでもなく、予備校講師だった。
うわ……。今時どきこんなギャル男いるんだ。
それが第一印象。
私、本島麗奈は新卒のお局様だらけの社畜に1ヵ月でドロップアウトしてから少しだけ自宅警備員をし、めでたくキメたジョブチェンジ先は、横浜駅付近の予備校に配属された。脱ニートした以外は、どこにでもいそうな20代女子である。
そこには地アタマのいい生徒達が少人数授業や個別授業で難関大学を目指して日々受験勉強をしている。家庭環境も御両親が有名起業家の社長、お医者さん、議員さんなど、裕福に育ったため世間知らずなお坊っちゃん、お嬢様ばかり。職場に10代がフツーにいる! なにこれ、新感覚!!
「わ! 新しい事務員さん? 初めまして!」
「本島といいます。こちらこそよろしく!」
初日にも関わらず、新人の私を転校生が来たかのように生徒達は出迎えてくれた。
ここの予備校の生徒達は甘えん坊達が多い。休み時間には受付にお菓子をねだる生徒がいれば、学校であったことをベラベラとタメ口で話す生徒もいる。
彼ら達を講師陣は、受験本番まで独自の教え方で指導をする。そしてそれらをひっくるめて、勉強の進捗状況や生徒のメンタル面を管理するのが、これからの私の仕事だ。
「さ、本島さん。もう上がりだね。今日はお疲れ様。明日からまた、よろしく」
「はい! こちらこそよろしくお願いします! お疲れ様です」
ニート上がりの私にとって、はじめての塾業界での勤務はとても新鮮だった。
時計は21時。気づいたら定時かと思った途端に、そいつは……突然にやってきた。
「お疲れさーっす!! ねぇねぇ塾長! まだ時間あるよね!? 明日の授業のコピーとらせてしぃ!!!」
ひとりの男性がウェーイと言わんばかりにずけずけと校舎に入ってきた。
そう。それが真田桜雅。ジャラジャラ音を立てるブレスレットで賑やかさが一層目立つ。
髪の毛は襟足を肩まで伸ばしたウルフカット、そして光沢を放つライダージャケット。ズボンまでレザーだ。おまけにリア充特有の強い香水の匂いが広がる。
「お疲れ様です。もう少し早めに来いって何回言えばいんだよ。あ、そうそう。この子、今日から入った事務員さんだから、コピーとる前に挨拶しなさい」
ああこのタイミングできたか……と言わんばかりに塾長は少し呆れながら、彼に挨拶するようにと促す。
「ん? 君が新人ちゃん!?」
「あ! はい。本島と申します。今日からお世話になります」
「ふーん。俺は真田桜雅。数学、理科全般はぜーんぶ教えてっけど、これでも一応学生だし。おーちゃんって呼んでいーから。よろしくぅ! 」
「ごめんね本島さん。彼、見た目はこんなだけど悪い人じゃないからよろしく頼む」
「って塾長ぉー。俺の事悪者扱いしないで欲しいしぃー」
塾長が気を使い、驚いているように見えた私にフォローをかけた。
「そんな!? もちろんよろしくお願いしますよ先生! では、お先に失礼します!」
「えー。もう帰っちゃうのぉ?」
「定時なんですよー」
「んじゃ、LINE教えてし。今度飲みに行こうし」
「あ、え、はい……」
何というチャラ男特有のコミュ力スキル……。
職場だし、塾長も苦笑いしながら見ているため、初めましてから3分もしないうちに連絡先交換しちゃったじゃんかい。某大佐よ、3分間待ってから目があぁと衝撃を受けてたけど、今ここで私のLINEがあぁと衝撃くらうよりよっぽど猶予はあったじゃんか……。
まあね、講師方は『サラリーマン』とかじゃないから、変わった人が多いと面接の時に聞いてたけどさ、そいつは『変人』という概念を、バズーカで木っ端微塵にぶち破るほどの超異種系講師だった。
星型に散りばめられたスタッズの鞄を下げ、コピー機の前で塾長と軽快に話す姿に踵を私は返した。そのあと無茶苦茶に心の中でツッコミを入れたのは今でもよく覚えている……。
#ギャル男と腐女子の異文化コミュニケーション
「ただいまー。って、誰もいないけど」
時は流れて1年後。
今日も仕事から帰宅しシャワーから上がると私、本島麗奈は冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出す。それをグビグビ飲み干しながら、少し奮発して買ったチーズの盛り合わせをつまみ、スマートフォンのソーシャルゲームアプリを開いた。自宅に着き、至福に変わるこの瞬間が私は一日の中で1番好きだ。
よし、休憩ぶりのログインっと。
今やっているゲームはイベント期間の真っ最中だ。
戦って、資材を集めながらお気に入りのキャラをレベルアップさせ、溜まった宝石アイテムでまた、レアキャラを当てようと運とともに画面上のガチャガチャと呼ばれるものをを引き当てる。数時間にログインしたゲームを仕事上がりにプレイするはとても解放的。
『うーん概念装備はこれ位レベルあげてと……』
テテレテレ〜♪シュワワヮヮヮンッ!!
『え!? マジ!? ふおおおおぉ!! ★5のレアキャラキターーー!!』
ふへへへ大漁大漁。ガチャから連続で当たったレアキャラはもう可愛がるしかない。会いたくて会えて小躍りするテンションだぜ!! 早速毎日クエストをぶちのめしてアイテムをゲットし、出迎えたばかりのレアキャラ達のレベルをせっせと上げさせる。
ひとまず頑張ったかな、と小一時間経つと一件のLINEの通知メッセージが届いた。
真田桜雅
『おつちん! 今日も仕事終わったしぃ♪』
あー。あいつは今仕事終わったのか。っつかさらっと語弊があるぞ。語弊。
ここで改めて紹介するが、私には今、アニメもゲームにも1ミリも興味のない恋人がいる。それも入社してから校舎異動するつい最近までは同じ職場に。
その人こそ通称おーちゃんこと真田桜雅。
あの衝撃的な出会いをキメやがった、超異種系予備校講師だ。
今も相変わらず、ガイアが彼にもっと輝けと囁く服装をトレードマークにしてウェーイと理数系科目を教えている。
今日も教えるべき予備校の授業が終わったらしく、いつも23時を過ぎるとLINEのメッセージが届いた。
以下、LINEメッセージ引用。
『明日休みだからビール飲みながら帰るし』
と送られてきた写真は喉越しが刺激的なユーヒハイパードライ。
飲み歩きながらスマートフォンで写真を撮ったのかな、若干画像がぶれているぞ。まあ細かいことはツッコまないでおいてと。絵文字がビールとスマイルマークで心情がすぐわかる。
『私もユーヒ飲んでたよ。明日休みだからお酒におつまみプチ奮発。からーのスマホでゲームしてたとこ♪』
『へぇ~、あれ? またいつもの課金の?』
『普段は節約家だからまだしてない! でも楽しいし』
『そうなんだ。そいやたまに院でもやってるやついるなぁー』
『今流行りだからね』
『っつか昨日、院のやつが課金に5万かけたとかって話聞いたし!よくわからんけど。楽しいの? スマホのゲームとか』
『すごい楽しい! 自分の好きな、持ちキャラを育ててレベルを早く上げて、強くしたいのよ。課金心激しく同意だわー』
アニメやゲームに疎い彼からの、絵文字に続きポップなメッセージスタンプは、首をかしげている絵柄だった。
彼自身、春から大学院に進学とはいえ、バイトである塾講師としてはそこそこいい感じにキャリアを積んでいる。実際に、生徒からの講義の質問攻めが途絶えず、いつも帰りが遅いため、夜遅くに連絡をとるのが日課になっている。
特に校舎がお互い違ってからLINEのやり取りは夜中まで続くようになった。
『あ、もう0時? あれ見なきゃ、刀王子』
気づくと時計が日付けを跨いでいた。
『ふーん。俺も今家着いたし。つーかそれって面白いの?』
『面白い』
『へー。何チャンだし?』
『7。っておーちゃん、お主もついに観る気になったか!』
『親が風呂入ってるからなー、その間に』
『単なる気まぐれね。まあ観てみなさいな』
『そうすっし!』
オープニングと同時に必要情報を送信。スマートフォンををLINEからTwiterにシフトチェンジし、小刻みに鳴ってた通知音は止まった。
何を隠そう、私は中学以来、ずっとアニメやゲーム、コスプレが好きなオタク種族でBLも好きな腐女子科だ。
気がつけば20代と社会人の世界に両足を突っ込んでしまった年齢。
普通なら初恋は中学生の時、初めての彼氏は高校デビューの時、そして合コンと出会いを繰り返し、大人の階段を着々登るシンデレラルートを選択しているはずだ。
しかし初恋という初期選択肢を、
『初恋? 中二病? 中二病の方が面白そうだし。カチッとな』
なんて選択してしまったため、結果二次元至上主義、と、みるみるうちにそういった縁がなく、付き合った男子はかろうじて1,2人程度。同趣味のため特に何のイベントも起きずに数ヵ月後には友達に戻るパターンだった。
そして現在も、週末には決まってコスプレ撮影や同人イベントに出歩いたり、腐女子の聖地である池袋に行けば新刊のBL本、仕事で買い逃してしまった同人誌を探し回ったり同人イベントに行ったり……と、恋人といる以外はネットや二次元の世界で生きている。
一方、桜雅の周りにはそういった趣味の人はプライベート上いなかった。ましてや付き合ったタイプは揃って金髪ロングで睫毛もバッサバサの一年中露出度、ヒールの高い靴でカツカツ歩いてる感じのギャルの種族だったらしい。
濃いアイラインに、無限大に髪の毛クルクル巻いて盛るやつ。まーあ派手で迫力あるわなあ。
それに比べ、私はコスプレの時、ウィッグが被りやすいからとショートな髪型。そして服装は、どこにでもいそうな派手でも地味でもないカジュアル系。ギャルのような派手さとは程遠い。そのくらいが無難で丁度いいと、わざわざ彼氏の好きな女子の格好には合わせずに従来通りでいるのだ。それが自然でいいのだ。人と合わせるの苦手だし。
『今日も刀プリ可愛かったー!』
『結局俺も観ちゃったしー。ってよくわからんかったけど』
『あのイケメンたちが女子高生みたいにキャッキャしながら過ごしてるのがいいの!!』
『だったらホストの方が良くない!? テンション高いイケメンだし一緒にお酒飲めるし』
『リアルはだめ。自分がその世界にいたら邪魔だから』
『というと?』
と首を傾げたポップなスタンプが連投された。
『自分がその中にいることで、現実味が出ちゃってだめなの。二次元のイケメン同士がじゃれあってるところを画面から愛でるのがいいの! そもそもホストなんて金掛かるし同人誌数十冊買えちゃうよきっと』
『そうなんだ。麗奈が好きなドウジンシって、男同士イチャイチャする薄い本だっけ? それってホモじゃん!?』
『直訳やめい。俗にいうBLねBL! まぁ薄い本ってのはだいたいあってるけどね。我々にしてはもはや心の栄養なのだよ。』
『あーなんかそれ、今日生徒が言ってたなー。なんだっけ。微笑ましい気持ちになるんでしょ?』
『それなー。なんて言うか、尊い感じで浄化された感じになるの』
『やっぱわからん。言ってることはカオスで面白いけど』
同じ首を傾げたスタンプが続けてきた。
やっぱ、この人にはわからないものなのかなー。
そう思いながら、今度は冷やしておいたマイジョッキに氷を入れ、安価なウィスキーと炭酸水を3:7の割合で割り、マドラーでひとまぜしてから口の中に流し込む。喉越しの炭酸がピリッとキまり、脳内が引き締まる。どうしたらオタク文化に踏み込められるか。
それならいっそ――
ふっとひらめき、しばらくしてからLINEをまた開いた。
『おーちゃん、明日、つか今日って仕事お休みだよね?』
そう送ってから数分後に返事が来る。
『そうだしぃ。何で?』
『明日コスプレイベントなんだけどさー。都内で』
次の文章を少しの勇気とともにえいっと送信部分を続けてタップする。
『一緒にコスプレイベント行かない!?』
『あぁ!?』
『え!?ちょっと待ってし! それガチ!? っつかー俺コスプレする衣装とかないし!!』
やっぱり驚きの反応が連続で帰ってくる。
『着るんじゃなくて、写真、一緒に撮ってみない? カメラの使い方、教えるからさ』
『そっかぁ。カメラの方かぁ』
続けて彼からの返事が来る。
『うーん、まぁ別にいいけどー』
『本当に!? じゃあ決まりね』
断られたら少し申し訳ないかもなーと、ウィスキーと炭酸水を混ぜてる間に浮かんだ提案だったが、すんなりと決まって想定外。
驚きと共にそのお手製ハイボールを口に流し込んだ。
おつまみのチーズを何気なくつまむと、乳製品特有のまろやかさが安堵とともに口に広がる。
『カメラとか全然わかんないけどマジでいいの?』
『そんくらい教えるし。ちょちょいっと』
仕事上、講師ほど教え方は上手くはないが、つい最近散々カリキュラムの説明を春先の生徒募集時期の時に散々していたので、多少はできる。
『任せとけ。相棒よ!』
と翌日の詳細メッセージを送り、彼をオタクの世界の一歩をまた促した。
明日着るコスプレに必要な衣装や小物をチェックし、ウィッグスタンドにセットしたままのウィッグを形が崩れないように丁寧に箱にそっと入れ、キャリーケースの中にしまった。明日はまさかの彼もいるコスプレ撮影会。
おっと、肝心な一眼レフのバッテリー、メモリーカードの容量チェックも忘れずにしないと。
『で、明日は何時に起こす? 寝坊したら飲み会代奢ってもらうから』
『それは勘弁だし。そしたら8時でオネシャス!!』
『おっけー!』
『あざっす!』
『それじゃ、おやすみ』
『おやすみ、麗奈』
ベッドに潜ってからまた彼に連絡をし、スマートフォンの充電を忘れずにコードに繋いだ。目を閉じると心地よい睡魔。そして就寝。こうして長い夜は朝へと更けていった。