8.もしかしてー、有栖さんに愛の告白?
僕は昇降口にある自分の下駄箱の前で、あたりをソワソワと見渡している。
お昼休みはあまり昇降口に人は来ないから、二人きりになるには絶好の場所だ。
別にそういう気があって、柳ヶ瀬さんのことを呼び出したんじゃないんだけども。
やがて、カツン……カツンと不規則な足音を響かせながら、柳ヶ瀬さんがこちらへとやってくる。もうポニーテールは解いていて、いつもの柳ヶ瀬さんだった。
「どしたの和泉くん、こんなとこに呼び出して。もしかしてー、有栖さんに愛の告白?」
「そんなんじゃないよ……」
「あっ、今のはちょーっと傷付いたかも。そんなんじゃないよ……だって。和泉くんもちょっと冷めてる感じ?」
柳ヶ瀬さんは僕の真似をしながらクスクス笑う。
彼女ほど察しがいい人なら、薄々気付いているんだと思う。だから僕が話題を切り出せないように、からかっているのかも。
でも、おあいにく様。今の僕は、いつもの僕とはちょっと違っていた。
「ああ、あああの、いい、、今からついてきてほしいところがあってっ!」
めちゃくちゃどもりまくっていた!
僕という人間は、こういう真面目な話をしようとすると、途端に舌が回らなくなるのだ。
そんな僕に、柳ヶ瀬さんはくすりと笑う。
「和泉くん緊張しすぎだよ。ほら、深呼吸深呼吸。ひっひっふー」
「……それ、お産の時の呼吸法じゃない?」
「こういうのは気持ちが大事なんだよ。だってほら、和泉くん少しは楽になったでしょ?」
深呼吸は一つもしていないけど、たしかに少しだけ楽になった気がする。これなら本題には入れそうだ。
「じ、実は今から、保健室についてきてほしくて」
「保健室?」
「ほら、足怪我してるでしょ……?放っといたら、もっと悪化しちゃうって……」
「怪我、してないけど」
「し、してるよ。だって、体育の時も足首さすってたし、歩いてる時も引きずってたし……」
「だから、フリだってば。フリ。怪我してるフリしなきゃ、あの場をやり過ごせなかったでしょ?」
「じゃ、じゃあなんでここにくる時も、足を引きずってたの……? そういうの、足音でわかるから」
その言葉でようやく折れてくれたのか、柳ヶ瀬さんは仕方ないといった風に大きなため息をついて、下駄箱に身体を寄りかからせた。
「和泉くんに心配させないように演技してたんだけど、結局体育のときからずっと気を使ってくれてたんだね」
「あたりまえだよ……だって、気付かないわけないじゃんか」
「優しいんだね、和泉くんは」
「優しいとか優しくないとかそういう話じゃなくて、当然のことだから……」
柳ヶ瀬さんが困っていたら、助けるのは当然のことだ。
だってあの時は、とても不甲斐なかったけど、柳ヶ瀬さんのパートナーが僕だったんだから。
怪我を負わせてしまった責任だって、半分以上僕にある。
「それじゃあ、和泉くんに保健室まで連れてってもらおうかな」
柳ヶ瀬さんはそう言いながら、綺麗な右手を僕の前に差し出してきた。その意味がわからなくて、僕は首をかしげる。
すると柳ヶ瀬さんは、呆れたように目を細めた。
「きーみーはーアホなのか?」
「え、え、?」
「なんで変なところだけ鋭くて、肝心なところは鈍いんだい君は」
「いや、そんなこと言われても……」
「いいから、もういいから。ちょっと後ろ向いてて」
う、後ろ?
従わなきゃ怒られるかもと思った僕は、すぐに後ろを向いた。
するとすぐに柔らかい腕が僕の背後から伸びてきて、ヘッドロックをかまされるのかと萎縮する。
しかし現実はもっと生易しかった。
柳ヶ瀬さんは僕の肩に腕を乗せて、ピタリと密着してくる。心臓の音が、背中越しに伝わってきた。
「え、え、ええ?!」
「ほらほら、早く有栖さんの足を持ち上げなさい」
僕は言われるがままに有栖さん……じゃなかった、柳ヶ瀬さんの両足を掴んだ。太もも、柔らかい。
そこまでして、ようやく柳ヶ瀬さんの言わんとしていたことを理解した。つまるところ、おんぶをしなきゃいけなかったんだ。
背中に掴まっている柳ヶ瀬さんを持ち上げると、身長は同じぐらいだというのに驚くほど軽かった。柳ヶ瀬さんの髪が、僕の頬にサラサラと当たる。
それと、おぱ、おぱ、おっぱいが?!
「和泉くんってば、結構頼りになるじゃーん」
「あ、あの、そんなに揺れないで。髪がこしょがしいから……」
「あ、ごめん」
背中におっぱいの感触がする。
大きすぎず小さすぎずのちょうどいい膨らみ。僕の背中がそれを押し返して、柳ヶ瀬さんの身体がそれを押し付けて、僕の背中がそれを押し返して……
慎ましやかなその大きさの胸は、僕の頭を容易に混乱させています。
「どしたの和泉くん。ほらほら、保健室連れてってー」
「あ、うん……」
「違う違う、そっちは校舎の外だから! 私たちが向かってるのは反対反対!」
「あ、あぁ。間違えた……」
「あの、大丈夫? もしかしてだいじょばない?」
「だいじょーぶ……」
僕はフラフラになりながら、なるべく思考をせずに保健室まで歩いた。もしかすると今のこの瞬間が、これまでの人生の中で一番の幸福な瞬間だったのかもしれない。
僕は初めて、柳ヶ瀬さんのおっぱいの感触を知った。




