5.ポニーテールは卑怯だと思います
数日が過ぎる。
あれから柳ヶ瀬さんに遠巻きからニギニギされることはあっても、ライトノベルの話を振られることはなかった。
たぶん一生懸命虎とドラゴンを読んでるんだと思う。柳ヶ瀬さんは読書スピードが遅いと言ってたから、僕は気長に待っている。
これは自慢じゃないんだけど、待っている間に虎とドラゴンを四巻まで読み終わってしまった。
ははっ、自慢じゃないんだけど、本を読むのはとっても早いんだよね。
自慢じゃないけどね。
今日も休み時間中はずっと本を読んで過ごそうと思っていたけど、曜日的にそれができないことを二限終わりの休み時間に思い出した。
みんなが慌ただしく、体操着を持ちながら教室を出て行く。つまり三限は体育なのだ。
体育は時間割の中で一番嫌いな科目だった。
友達がいない僕としては、五十分間がとても憂鬱。まず二人組になれないから、必ず教師と組まなきゃいけなくなる。
別に嫌じゃないんだけど、周りからの視線が少しだけ恥ずかしいのだ。
今日もおそらくそうなるんだろうなと思いながら、僕もクラスメイトの波に呑まれながら体育館へと歩く。
余談だけど、この学校は宮水学園と呼ばれていて、教室棟がロの字型になっている。中央部分は吹き抜けになっていて、昼食時間なんかには外へ出てお弁当を食べている学生も多い。
その独特な校舎は中学生の人気を集めていて、それを理由に進路を選択する学生も多いんだとか。
あと、なんといっても独特な制服も評価が高い。
セーラー服は白を基調としたもので、襟部分は灰色というオシャレな色合いになっている。リボンは学年ごとに違っていて、一年生は青、二年生はピンク、三年生は緑だ。
体育館はロの字の中には存在しなくて、渡り廊下によって離れた別棟に建てられている。
つまり僕らは、今その別棟に向かっている。
「体育とかマジたりーわぁ! あーし、体育がねえ高校に進学したかった〜!」
「ちょおま、アホかっつうのっ! 体育がない高校なんて全国津々浦々探してもどこにもないっつうの!」
「うわァまじかよ〜! それマジかよ〜! 体育がない国に生まれたかったわ〜!」
「お前無理じゃん? お前無理じゃん? だって日本語しかまともに話せねーし?」
「あっ、たしかに。やっぱ日本に生まれてよかったわ〜!」
「あはは、僕も体育がない国に生まれたかったな……」
僕は小さく呟く。ちなみに日本以外の国に生まれたら、その母国語を必然的に習得するから、語学に関しては問題ないと思います。
というか、僕のつぶやきが前の男女に聞かれていたらしいですね。去年は同じクラスだった橋本くんと平山さんが振り返りました。
僕は、苦笑いを浮かべます。
「えっ、誰……」
「知んない。転校生?」
そうですよね。僕はクラスのホコリみたいな存在だから、認知されてませんよね。
僕が肩を落とすと、二人はそそくさと向こうへ走って行きました。
『和泉くん、まずは自分を卑下するところから直したほうがいいと思う』
いつだったか、柳ヶ瀬さんに言われた言葉を思い出した。あれから自分のことをなるべく卑下しないように気を使ってるけど、やっぱりダメですね。
たぶん、そのことを柳ヶ瀬さんに伝えたら怒られるんだろうな。
「目玉焼きにはやっぱり練乳かけるよね〜! 有栖は普段なにかけてるの?」
「えっ……あぁ、練乳かけるのも美味しそうだよね〜! でも私は塩胡椒かなー」
「えー普通すぎっ! 絶対練乳かけた方がいいよ! 美味しいよ!」
「き、機会があったらかけてみるね!」
後ろの方から、柳ヶ瀬さんの声が聞こえました。たぶんお友達に話を合わせてるんだと思います。
僕も練乳は無いと思います。かけるなら、ケチャップかな。
それから僕はどことなく視線を感じて、柳ヶ瀬さんの方へ振り向く。柳ヶ瀬さんは、例のごとく小さなニギニギを送ってくれていた。
今しがた考えていたことを柳ヶ瀬さんに悟られているかもと不安になったこともあり、僕はそんなことをするつもりなんてなかったのに、そっぽを向くように視線を前に戻してしまう。
あぁ、今のはまずかったな。僕という人間は、こういうことをやってしまった後に、ものすごく後悔してしまう。
振り返るのが怖かったから、そのまま前を向いて男子更衣室へと入っていった。その隅っこで、柳ヶ瀬さんに小さく謝る。
ポニーテールは卑怯だと思います。いつもと違う髪のまとめ方だったから、不意にドキッとしてしまいました。
こんなどうしようもない僕を許してください。




