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31.ちょっと遠出しよう。ジュネーブとか

 今日は昼休みにクラスメイトと廊下を歩いていて、たまたま一年生の亜衣瑠ちゃんを遠目に見つけた。あの特徴的な金髪は嫌でも目立つし、何より本人も人当たりの良い明るい性格をしているから、近寄っただけでキラキラしたオーラがこちらに漂ってくる。


 私はまだ彼女がどういう人なのかを測りかねているけど、和泉くんが仲良く出来そうなら私も仲良くしたいと思っている。彼女は私に対して全く遠慮というものをしないから、話していると心地が良い。大人になっても日本で暮らすとしたら、いろいろと苦労する部分もあるだろうけど。


「でさぁ、駅前にマジ美味いアイスクリーム屋出来たんだけどさぁ、有栖もたまには一緒に行かね?」

「あぁごめん。私、最近お金貯めてるの。だから、ほんっとにごめん!」


 私はいつでも、和泉くんと一緒に遊びに行くためのお金を貯めているのだ。だって突然彼から「ちょっと遠出しよう。ジュネーブとか」とお誘いを受ける可能性がゼロというわけではないから。

ゼロに近いけれど、可能性は否定しきれない。


 そんな時になってお金がなかったとしたら、和泉くんと遊びに行けなくなってしまう。それに安易に予定を入れてしまって、彼が後からアニマイトへ行こうと提案してきたら、わざわざクラスメイトたちのお誘いを断らなきゃいけなくなる。


 そういうことを悟られると、また彼は私が気を使ったんだと悲観的になってしまうから、極力そういうことは避けてあげたいんだ。


「ちょー! 有栖さんお金ないなら、俺が奢りますよー! もう特大スペシャルパフェでも全然奢りますからー!」

「いや、それは申し訳ないし。ごめんね気使わせちゃって」

「いやいや全然ですよー! 俺いつでも有栖さんの財布になりますんでー!」


 こういう下心丸出しな男子が一番めんどくさい。ほらほら、他のクラスメイトたちがドン引いちゃってるじゃん。もう少し空気読もうね空気。


 というかこいつなんて名前だったっけ。まあいいや。


「つーかぁ、あこのドーナツ屋の前にソフトクリーム屋あるじゃん?たまたまカレシと入ってみたんだけどさ、したらそこの店に金色のソフトクリーム売っててさぁ」

「え、それマジ? めっちゃ高いんじゃね?」

「いやいやそれがね、普通のソフトクリームとそれほど値段変わんねーの」

「それマジかよー! もうそれ金の部分だけ取って質屋に売れば元取れるんじゃね?!」

「あははー」


 私はみんなに話を合わせるべく頑張って笑みを作ったけど、口の端が不自然に引きつってしまった。この人たちはアホなのだろうかと本気で考えてしまう。


 それ金箔っていうんだよ。まあ説明もめんどくさいから、すべてを割愛させてもらった。こういう時にマジレスをする人は、集団の中から浮いてしまう。


 そうこうしているうちに頭が金色の後輩ちゃんとの距離が縮まってきて、話しかけようかどうかと迷っている間に彼女がこちらを見た。


 咄嗟の時でもすぐに笑みを作れる亜衣瑠ちゃんは、きっと裏表のない性格をしているんだと思う。


「結弦くんじゃないか。今日は奇遇だね。あのバカのお見舞いに行って以来じゃないか?」


 私じゃなくて、和泉くんに反応したらしい。ちょっと手を挙げかけた私が恥ずかしい。というより和泉くんは影が薄いから、全然存在に気付かなかった。先ほどから、私のやや斜め前を遠慮がちに歩いていたらしい。きっと購買に行くつもりだったんだろう。和泉くんラブな私としては、ちょっとした失態だった。


 そして私は亜衣瑠ちゃんへ嫉妬の炎を燃やしている。


「それからどうだい紗凪のことは? 結弦くんは文芸部でよろしくやっているのか?」

「あ、うん。といっても本読んでるだけだけど……でも楽しいかな」

「それはそれはよかったね。仲良きことは良いことだ結弦くん」


 何この人はさっきから和泉くんのことを下の名前で呼び捨てしてんだ。そこは後輩なんだから弁えなさい。普通に和泉先輩でいいじゃないか。


 私だって和泉くんのことを名前で呼びたいけど、実は我慢しているんだぞ。だって案外乙女な私が和泉くんのことを名前で呼んだりしたら、絶対に恥ずかしさで冗談みたいなノリにしてしまうから。


「なーんて、和泉くんのことをからかってみたり。へへ、動揺した?」とか余計なことを言ってしまう。それはそれで彼の反応が面白そうだけど、なんというかかっこ悪すぎる。


 和泉くんが有栖さんて呼んでくれたらいいんだけど、まあ無理だろうな。和泉くんすごく恥ずかしがり屋だし。何せ亜衣瑠ちゃんは彼のことを結弦くんと呼んでるのに、和泉くんは未だに美咲さんと名字で呼んでいる。これはもう、私の意識を変えなきゃどうにもならない事柄だ。


 ああ和泉くんと話したい。話したいのに、今話しかけたら迷惑をかけてしまう。クラスメイトたちに訝しげな表情を向けられるのは、彼の望むところじゃないだろう。かと言って私がすべてを投げ打ってベタベタに引っ付こうものなら、彼はまた申し訳ないことをしたと自己嫌悪に陥るのだ。


 めんどくさいけど、そのめんどくささも含めて彼のことを気に入っている。そのめんどくささの裏には、ちゃんと相手への思いやりが垣間見えるから。


 やっぱり、勇気を出して話しかけてみて正解だった。


「いでっ!」

「ちょっと、大丈夫かい結弦くん?」


 そういうことを考えてると、バカ男の肩が和泉くんの背中に当たってしまい前によろけてしまった。


「でさぁ、有栖さんもー」

「ちょっと待って」


 私は肩をぶつけた奴を呼び止める。


 今の絶対わざとだろ。あの超目立つ金髪ちゃんが近くにいて、和泉くんに気付かないわけがない。


「今、肩ぶつけたよね?」

「あ、ああいや、気付かなかったっす!」

「ぶつけたんだから、謝ろうね?」


 なるべく優しく、笑顔を見せながら言ってやった。私は怒っている時に笑顔を作るのが得意だから、きっと恐ろしい顔をしているんだと思う。


「あ、えっと……すんません……」

「私じゃなくて和泉くんに謝りなさい」


 ようやく和泉くんの方を向いたバカ男は、ただ頭を下げただけだった。こいつは謝ることも出来ないのか。和泉くんなら、どうでもいいことでいちいち謝ってくるのに。


 また一言言ってやりたくなったけど、これ以上は和泉くんに迷惑がかかるからやめておいた。


「あ、あの。ご、ごめん……邪魔だったよね……」


 ほら、和泉くんが謝ることじゃないのに。それに彼は本気で自分が悪いのだと思っている。


「君が謝ることじゃないさ。廊下はみんなのものだからね、ぶつけた方が謝ればいいんだよ」


 後輩に正論をぶつけられたバカ男は、口元を引きつらせながらヘラヘラしている。さすが亜衣瑠ちゃん、そういう物怖じしないところが私は好きだ。


 結局謝罪は曖昧になったまま、クラスメイトが別の話題を振ったことによって流れてしまった。ごめん和泉くん。

 

 心の中で小さく謝って、他の人に見られない角度で手のひらをニギニギした。それを見た彼は安心した表情を浮かべて、小さく手を振ってくれる。


 謝罪の意味を込めてやったんだけど、子犬みたいで可愛いなと思ってしまった有栖さんを許してください。


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