2.実はこの手紙書いたの私なの
我ながら気持ち悪いと思ったけど、やはりそうせずにはいられなかった。
僕は授業中や休み時間中、引き出しから便箋を取り出しては、穴が空くほどその二行を読み返し、心の中で大きなものをざわつかせていた。
柳ヶ瀬さんであることを抜きにしても、女の子に手紙をもらったのは初めてだし、これはしばらく机の隅っこに飾ったりするかもしれない。
いやいやそんなことをしたら、妹である結乃に白い目をされてしまうからやめておこう。
無数にあるライトノベルの隙間に隠しておくぐらいがちょうどいい。
そして僕は、もう何度目かもわからないけど、再びその手紙を読んでいた。
しかし唐突に、目の前から手紙が消える。
遅れて、後ろから誰かに奪い取られたんだと気付いた。
「なぁーに読んでんのぉー? 和泉くぅーん??」
「え?」
振り返る前に、大きすぎる声が教室内に響き渡る。
「うぇ?! うぇ?! うぇ〜〜〜〜?! 和泉くん女の子から手紙もらってるよー?! うぇ、まじこれちょうやーばくねー??!」
柳ヶ瀬さんからの手紙を奪い取ったのは、クラスメイトである辰原くんだった。
辰原くんは不良というやつで、校則違反なのに髪を伸ばしまくっている。今は付けてないけど、耳たぶには小さな穴が空いていた。
その辰原くんが叫んだことにより、取り巻きが何人か僕の方へとやってくる。
「え、マジで? それやばくね? 超ヤバくね?」
「マジマジマジ大マジだって! ほれみてみ〜よ!」
柳ヶ瀬さんからの綺麗な手紙が、また別の男の手に渡ってしまった。
僕は柳ヶ瀬さんの身体が汚されたかのような錯覚に陥ってしまい、その手紙へ手を伸ばす。
「ま、まってよ! か、かえしてっ!」
「ちょちょ和泉くん待ちなってぇ! まだ差出人読んでないから〜! えーなになに、差出人はーっと……って、書いてないじゃんコレー?」
「もしかして、和泉が自分で書いたんじゃね?」
「いやぁそれはないっしょー! ナイナイナイ! 和泉くんこんな可愛い字書けないもーん!」
「あの、ほんと返して。それ、僕の大切な……」
宝物という言葉は飲み込んだ。
気持ち悪いと思ったし、何より背後から別の気配が漂ってきていたから。
辰原くんはそれに気がついていないらしい。
僕は、振り返った。
「へー面白そうじゃん。私にもちょっと見せてくれない?」
柳ヶ瀬さんだった。
僕は気付いてしまった。
顔は笑っているけど、目が全然笑っていないことに。
遅れて気がついた辰原くんたちは、全然気がついてはいなかった。
「ちょ、有栖さんじゃーん? ちょちょ、これ見てみてくださいよー! 誰が書いたかわかりますぅー? めちゃめちゃオモロイですよねー!」
辰原くんから受け取った手紙を見た柳ヶ瀬さんは、もう一度にこりと微笑んだ。怒りをふつふつと隠しているような、恐ろしい笑みだった。
「そっかぁ、めちゃめちゃオモロイかー」
「ですよですよー! 今どき手紙なんて前時代的なものを書くなんてぇ、ありえないっしょー!」
「今どき手紙なんて前時代的なものを書くなんてありえないよねー」
「いやもうほんと有栖さんのいうとおりですよもー!」
有栖さん、もとい柳ヶ瀬さんは、ニコニコとした表情のまま、右の人差し指を自分の頬へ当てた。その仕草がやっぱりちょっと可愛かったのが、なんだか憎らしい。
柳ヶ瀬さんは、たとえ怒っていたとしても可愛いのだ。
「いやね、実はこの手紙書いたの私なの」
「えっ?」
「ほらほら、私私。ミーミー。柳ヶ瀬有栖ちゃんが書いたの。めっちゃオモロイし、今どき手紙なんて前時代的すぎたよねー」
状況がうまく飲み込めていない辰原くんは、浮かべた笑顔が不自然に引きつっている。それは他の取り巻きも同じだった。
「でもね、私、和泉くんのメールアドレス知らなかったから、手紙を出すしかなかったんだよね。うん。そういう裏事情を、知りもせずに前時代的だって言うのは、ちょーっと配慮が足りてないんじゃないかな? 私結構乙女だから、みんながいる前でそういうこと出来ない人なの」注釈、柳ヶ瀬さんは未だ笑みを浮かべています。
「え、あ、すいません……」
「あとねあとね、この際だから和泉くんを呼び出そうと思った理由を教えとくとね、実は大切なものが下駄箱の上に置いてあったの。それを見つけたから、昼休みに届けてあげようと思って」
それはすでに昨日済ませた話だった。
辰原くんは未だ笑顔を引きつらせながら、右手を頭の後ろに当ててへこへこと謝っています。なんというか、ちょっとかわいそうだった。
「そういうわけだから、和泉くんのことをあんまり責めないであげて。というか責める要素ないよね。ほら差出人がわかったんだから、散った散った」
柳ヶ瀬さんにまくしたてられて、へこへこしながら僕のそばから離れてくれた。
柳ヶ瀬さんって男前なんだなと、場違いにも僕は思う。
「はい和泉くん、これ」
「へ?」
「へ? じゃないの。大切なものは、見つからないように持っておかなくちゃ」
もう必要なくなったはずなのに、災いの元になった手紙を返してくれた。
……と思ったけど、いつの間にか三行目に新たな文字列が追加されている。
『やっぱり、体育館裏ね』
もしかして僕は、体育館裏でシメられるのだろうか。その言葉の真意を聞く前に、彼女はまた手をニギニギさせて向こうへ行ってしまった。
それと同時に鳴り響く、四限開始のチャイム。
僕はまた、授業そっちのけでその三行の手紙を穴が空くほどに読み込んだ。
『お昼休み、四階の第二空き教室で待ってます。来ないと泣くからね?
やっぱり、体育館裏ね』
その一行だけで、この手紙が不幸の手紙のように思えてならなかった。




