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15.和泉くんのことをちょっと尊敬した私の気持ちを返せ

「ぼぼぼほ、僕何かしたなかなか?!」

「和泉くん落ち着こうね。全然呂律回ってないよ」


 昼休みに突然呼び出された僕は、とりあえず一階にある職員室へと向かった。柳ヶ瀬さんの方が先に来ていたみたいで、僕を見つけるとニギニギを送ってくれる。先に入らずに待っててくれたらしい。


 柳ヶ瀬さんは呼び出されたことに関して、特に気にしていないみたいだった。


「たぶん悪いことじゃないと思うよ。私、特に悪いこと何もしてないからね。和泉くんもでしょ?」

「たしかに、何もしてないけど……」


 思い当たる節はメイド喫茶へ行ったことぐらいだ。ちょっと厳しい学校だったら、先生に見つかると公序良俗に反するとか言われるかもしれない。


 でも、先生の誰かに見られていたとはちょっと考えられない。


 だって、あんな場所に先生が遊びに行くなんて考えられないから。巡回指導をしていたとしたら、可能性があるかもしれないけど。


 でもそれなら、その場で注意をされるはずだ。


「まあまあ、なんか言われたら有栖さんがかばってあげるから、少しは肩の力抜きなよ」

「うん……」


 女の子にかばってもらうなんて恥ずかしいから、しっかりしなきゃと思う。落ち込んでると、何もしてないのに何かを疑われそうだから。


 僕は胸を少しだけ張って、柳ヶ瀬さんのやや後ろについて職員室へ入った。


「失礼します。二年C組の柳ヶ瀬有栖と、和泉結弦です。担任の望月先生に呼ばれてやって来ました」


 大きな声でそう叫ぶと、複数の教師の視線がこちらへ集まる。柳ヶ瀬さんは優等生でもあるから、その視線は全てが柔らかいものだ。そしてたぶん僕は、先生の視界には収まっていない。


 柳ヶ瀬さんはへこへこと会社員みたいにお辞儀をしてると、窓際に座ってコーヒーを飲んでいた望月明里先生が、忙しなく事務机の間を縫いながら近寄ってきた。


 望月先生は教師になりたてであるらしく、いろいろと苦労しているらしい。普段はどこか抜けていて、クラスメイトからは小動物だと言われている。


 実際のところ望月先生は僕よりも低く、必然的にやや見下ろす形になっていた。


「柳ヶ瀬さん、和泉くん、ちょ、ちょっと応接室までついてきてください!」


 慌てた様子でそれだけ言った望月先生は、僕らをすぐに職員室から連れ出した。それから隣にある応接室まで場所を移されて、僕らはその部屋にある豪華なソファに腰を下ろす。


 もともと来賓用のソファだから、めちゃくちゃふかふかだった。柳ヶ瀬さんは少しお尻に弾みをつけて遊んでいるから、ちょっとかわいい。


 そういうことをしていると、対面に座った望月先生が一つ咳払いをした。


「え、えっと、二人を呼び出したのはね、これまた深い事情があるんです」

「せんせ、一つ聞いていいですか?」

「はい、なにかしら柳ヶ瀬さん?」

「その事情って、別に何か悪いことをしたってことではないですよね?」

「と、とんでもないです! 柳ヶ瀬さんみたいな優等生さんが、悪いことをするなんてありえませんから!」


 すごい信用のされっぷりで、柳ヶ瀬さんの学校での素行の良さがうかがえる。


 僕がどう思われているのかはわからないけど、柳ヶ瀬さんが何もしていないなら、僕も何もしてないんだろう。


 だって二人同時に呼び出す必要なんてないんだから。


 望月先生はもう一度咳払いをした後、応接室だというのに声をひそめて話し始めた。


「じ、実はね、生徒指導の嶋田先生に言われたんです。二年のC組の生徒は部活に入ってない生徒が多いですねーって……」

「はあ」


 いまいち状況がわからない柳ヶ瀬さんは、僕と同じく曖昧に返事をする。たしかに、うちのクラスは部活に入ってない生徒が多い気がする。


 辰原くんも水瀬さんも入ってないはずだし。


「そ、それでですね。大変急な話ではあるんですけど、二人にはどこか部活動に所属していただけたらと思ってるんですけど……」


 担任で教師であるというのに、望月先生はものすごく腰が低い。


 というか今、さらっと重要なことを言ったような。部活動に入るとか入らないとか。


「いやいやせんせ、ちょっと待ってください。なんで私たちなんですか? 他にもいますよね?」

「や、柳ヶ瀬さんたちぐらいしか、頼める人がいないんです! 水瀬さんは話しかけると先生を睨んでくるし、辰原くんは笑いながら話を変えてくるし、もう柳ヶ瀬さんたちしか……!」

「ちょ、望月せんせ落ち着いてください。そんな泣きそうな顔しないで」


 先生は唐突に涙ぐみ始め、さすがの柳ヶ瀬さんも笑顔が引きつっている。年上の人がそんなことになれば、あまり強く出られないんだと思う。


 ずっと黙ってるのはダメだと思うから、僕も一応意義を唱えることにした。


「あ、あの望月先生。僕、部活には参加したくないです。特に理由とかはないんですけど……」

「そ、そこをなんとか!」


 バン!

 望月先生は両手で机を大きく叩く。

 その音に僕はびっくり仰天して、ビクリと肩を震わせて萎縮した。


「し、嶋田先生が怖いんです! 私何もしてないのに! 今朝だって、一応校則には部活動に入ることが義務付けられているから、なんとかなりませんかねって聞いてきて! なんとかならないから、部活動加入率が低いんですよ!」

「ね、せんせとりあえず落ち着こ? そんなに大声出すと、職員室の嶋田先生のとこまで響くよ?」

「ヒィッ!」


 とうとう柳ヶ瀬さんは、望月先生への敬語を外し始めた。まあ、仕方ないとは思います。今の望月先生、全然先生には見えませんから……


「あわわわわ! また嶋田先生に怒られるるる!」

「あのせんせ、本当に落ち着いて? 部活動のことは、一応考えておくから」

「ほんとですか?!」


 一瞬で再起する望月先生。


 その瞳は期待と羨望の色で満ち満ちていた。


「あ、まあ、一応? 出来るだけ考えておきます」

「約束ですよ!? 先生との約束です!」

「まあ、絶対とは言い切れませんけど……」


 自分の発言を失言だったと思い始めたのか、柳ヶ瀬さんの声はだんだんとしぼんでいった。


 対する望月先生は表情に明かりが差してきて、僕は決まり始めている物事にようやく意義を唱える。


「あ、あの先生、僕にあんまり期待しないでくださいね?」

「期待してますよ! 私が嶋田先生に怒られないためにも!!」


 聞いちゃいなかった。


 柳ヶ瀬さんは苦笑いを浮かべていて、僕はきっと絶望的な表情をしている。部活動なんて中学の時も入ったことがないし、そもそも集団の場がものすごく苦手なのだ。


 そんなところに放り込まれると考えただけで、学校生活の全てが憂鬱になる。


「あ、あの先生……」

「あっ、先生仕事を思い出しました。それでは失礼しますね!」


 僕の出しかけた言葉はもちろん望月先生に届くはずもなく、尻切れとんぼとなったまま宙を漂った。そして先生はいそいそと応接室を出ていく。


 二人だけになった来賓用の部屋に静寂が漂う。


 柳ヶ瀬さんが先に口を開いた。


「ま、まあ、適当にやればいいんじゃないかな。文化系の部活もたくさんあるし、なにより和泉くんの成長の手伝いになるかもね!」


 励まそうとしてくれているのか、柳ヶ瀬さんは僕の背中をバンバン叩いてくれた。ごめんなさい、少し痛いです。


「それにほら、私和泉くんと同じ部活入るから。和泉くんに合う部活がなかったら、仕方ないけど二人で断りに行こっか」


 柳ヶ瀬さんに気を使われている。


 やっぱりこういうのは男として全然ダメだ。そのうちあまりの頼りなさに見放されるかもしれないし、そうなってしまえば僕は本当に終わってしまう。


 柳ヶ瀬さんとの日々を壊したくはないんだ。


「僕、頑張るよ。とりあえず運動系の部活から回ろっか……」


 その発言に柳ヶ瀬さんは目を丸め、それから嬉しそうに微笑んでくれた。


「そだね、きっかけとかできるかもしれないし。これを機に運動が好きになるかもね」

「う、うん。でも僕の志望はあくまでマネージャーだから……」

「返せ。和泉くんのことをちょっと尊敬した私の気持ちを返せ」


 仕方ないよね。


 でも僕としては、結構大きな決断をした方だと思います。

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