12.君は私とお揃いにするのが嫌なのか?
アニマイトの中は、入ってすぐのところにアニメのグッズが販売されていて、左手に行けばコスプレ衣装、右手に行けば最新アニメのゲーム、そして奥に行けばライトノベルがところ狭しに並んでいる。
休日の朝だから、高校生や中学生、大きなお兄さんなど様々なお客さんで賑わっていた。
柳ヶ瀬さんはまずその光景を見て、
「女の子もこういうところに来るんだね。私、こういうところは男の子が来るって偏見持ってたかも」
「女の子向けのアニメもあるんだよ。最近だったら大松さんとか、ユートとかも人気があって、円盤もたくさん売れてるんだ」
「えんばん?」
「えっとね、円盤っていうのはね、ブルーレイディスクとかDVDのことなんだけど、作品の人気を測る一つの指標になってるんだよ。一般的に五千枚売れたら採算が取れて二期を放送出来るらしいんだけど、さっきの二つは一万枚以上売れてるから、すっごく人気があるらしいね。僕は見てないんだけど、そのうちまた放送するんじゃないかな」
「へえ、和泉くんすっごく詳しいね。アニメ博士じゃん」
「そ、そんなことないよ。全部まとめブログで見ただけだから」
それから柳ヶ瀬さんは商品棚に並んでいるアニメグッズの場所へ歩いていき、可愛らしい猫のぬいぐるみを手に取った。
「これもアニメのキャラクターなの?猫みたいだけど」
「えっとそれはね、夏野親友帳っていうアニメのにゃーこ先生っていうキャラなんだよ」
「夏野親友帳かぁ、聞いたことないなあ。でも、すっごくかわいいね。本当に猫みたい」
柳ヶ瀬さんはにゃーこ先生のほっぺたをツンツン突っつき、可愛らしい笑みを浮かべる。一番最初に猫のぬいぐるみが気になるなんて、当たり前だけどやっぱり女の子なんだな。
そういうことを意識したら、僕はまた出かける前のように顔が熱くなって、動悸が激しくなる。これって、デートなんだよね。
僕はそれとなく辺りを見渡す。
やっぱり柳ヶ瀬さんはすごく目立っているのか、通行人が何人も立ち止まって鼻を伸ばしながらこちらを見ていた。
「やっべ、あの人超かわいい……」
「アニメのキャラかよ……ついに画面の中から出てきたのか……?」
「あの子の服装、あれだよな。冴える彼女の接し方に登場するメグちゃんの服装意識してんのかな……?」
「ばっかお前、あんなかわいい女の子がラノベアニメなんて見るわけないだろ。たぶんきっと、ほらあれだよ、私アニメ好きなの〜とっとけハスたろーとかー大好き♪って言ってんだよきっと」
「「萌える!!」」
当の柳ヶ瀬さんは、ぬいぐるみを棚に戻して、隣に置いてあるにゃーこ先生のペンケースを手に取った。布の生地をしていて、一見したらアニメのキャラには全然見えない。
「憎たらしいほどかわいい顔してるね。なんかあざとい」
「アニメのマスコットみたいなキャラだからね。グッズが売れてるから、結構人気あるんだよ」
「へえ。和泉くんも好きなの?」
「一応見てるよ。さすがに漫画は多くて集められてないけど……」
柳ヶ瀬さんはペンケースの全体を眺めて、興味深げに何度か頷いている。もしかして、そのペンケース欲しいのかな。だとしたら、ここは男の僕が気を遣って「それ買ってあげる」って言うべきなのかも。
あ、でもでも余計なお世話かもしれないし、本当は欲しくないのかもしれないし、ただ手に取っただけって可能性も。
うわ、どうしよう。早く決めないと、柳ヶ瀬さんの興味が他の場所に移っちゃう……
「和泉くんのペンケースって、確かもうボロボロだったよね?」
「えっ?」
その柳ヶ瀬さんの言葉が本当に予想もしていなかったもので、僕は思わず聞き返してしまう。
「ほら、あのトラの絵が書いてあるやつ。和泉くんの机に置いてあったから、休み時間にチラッと見たの。チャックが取れかかってたし、小さい穴も空いてたよね」
「あ、うん。空いてたね」
「だいぶ前から使ってるんじゃない?」
「中学一年の頃かな」
たしか中学に上がるのと同時に、僕のお小遣いを叩いて買ってきたやつだ。結乃にはダサいと言われたけど、当時の僕は割と気に入っていた。
でも中学二年の頃だったかな。
僕のペンケースをクラスメイトがキャッチボールの球に使っていて、その時に穴が空いてしまったのだ。懐かしいな、僕の中学時代。
柳ヶ瀬さんは先ほどと同じく、ペンケースを眺めながら頷いていた。
「ふーん、そっかぁ。じゃあ、ライトノベルを買うのについてきてくれたのと、この前の手当てのお礼も兼ねて、このペンケースをプレゼントしよっかな」
「えっ、えぇ?!」
僕は店内なのに、驚きの声を上げてしまいます。
柳ヶ瀬さんは、その反応を予想していたのか、目を細めながらいたずらっぽく笑った。
「なに? 有栖さんからプレゼントされるのがそんなに嫌?」
「い、いや……じゃなくてっ! 申し訳ないよそんなの!」
「有栖さんとしては、何もお礼をせずに放置するっていうのが、実は申し訳なかったりするんだよねー」
「で、でもいいよ。僕が使うより、柳ヶ瀬さんが使った方が似合ってると思うし……あ、そうだ! 柳ヶ瀬さんが買って使おうよ!」
「それ、ただの私のお買い物になっちゃうじゃん」
「あ、そっか……」
えぇ、でもそんな……柳ヶ瀬さんからプレゼントだなんて恐れ多いというか、僕がプレゼントなんてされてもいいんだろうか。
「じゃあ私も同じの買うから、いっそのことお揃いにしようか。ほら、私このペンケース似合ってるらしいし」
「それはダメだよ!」
「君は私とお揃いにするのが嫌なのか?」
「そ、そうじゃなくて……ほら、クラスの目とかあるでしょ? 同じの使ってたら、変に勘繰られちゃうし……」
「別に有栖さん、勘繰られてもいいけど?」
「え、えぇ?!」
また柳ヶ瀬さんはくすりと笑った。
僕はもしかすると遊ばれているのかもしれない。
「冗談冗談。まあ八割は本気だったんだけど」
「それ、もうほとんど本気なんじゃ……」
「というわけでまあ、有栖さんいいこと思いついたんだよね」
いいことと言った柳ヶ瀬さんは、持っていた白色のにゃーこ先生とは別の、黒色のにゃーこ先生を反対の手に持った。
その二匹のにゃーこ先生を持ちながら、屈託のない笑みを浮かべる。
「私は学校に持ってかないで家で使うから、和泉くんは学校に持ってきなよ。これで何も問題ないでしょ?」
「あっ、たしかに」
「じゃあ決定だね」
あれ、ちょっと待てよ。そもそも、柳ヶ瀬さんからプレゼントを貰うのは申し訳ないっていう流れだったんじゃ……
いつの間にか、お揃いにするかしないかという問題にすり替わってる。今から撤回することもできたんだろうけど、先ほどの屈託のない笑みを見せられたらそんな提案を出せるわけがない。
だから僕は、せめてもの抵抗をすることにした。
「じゃ、じゃあ柳ヶ瀬さんのは僕がプレゼントするよ。ほら、いろいろお世話になってるし」
手紙の件も準備体操の件もバドミントンの件も、そもそもライトノベルを見つけてくれたお礼だってちゃんとしていない。
男として、いやその前に人間として、お世話になった感謝の気持ちを示さなきゃダメだ。だからこればかりは、なんと言おうと折れる気はなかったんだけど、柳ヶ瀬さんはあっさりと、
「うん、いいよ。和泉くんからのプレゼント、嬉しいな」
僕は拍子抜けする。
反論しようと身構えていたのに、用意していた気持ちは喉の奥に引っ込んでしまう。
柳ヶ瀬さんは笑顔のまま、入り口付近に積まれているカゴの場所へちょこちょこと走って行き、二匹のにゃーこ先生を大事そうに入れてからこちらへ戻ってきた。
彼女が笑顔なら、これでいいんだと思う。
「それじゃあ、次はライトノベルを見に行こっか」
「あ、そうだったね」
「それが最初の目的だからね。ほら和泉くん、エスコート」
「う、うん……」
エスコート、といっても完全に主導権が握られている。僕はそれでもいいなと思ったから、また少し前を歩きながら今度はライトノベルコーナーへ向かった。




