11.見習いたいって思ってるんだ
僕らの住んでいるここは加賀美台といって、わりと都市化が進んでいることが特徴だ。
当たり前だけど駅へ近づくにつれて大きな建物が増えてくるし、学園の近くにも最近建てられたマンションなどが点在している。
まあそういう情報はどうでもいいんだけども。
僕らは駅から数分歩いた場所にあるオタクの聖地、いわゆるアニマイトの前まで来ていた。
聖地といってもそれほど建物は大きくなく、服屋とコンビニの間の普通に歩いていたら見落とししてしまいそうな場所に店を構えている。
いわゆる、知る人ぞ知る穴場というものなのかもしれない。
穴場へ入っていくのは、その大半が大きなお兄さんたち。
首にタオルを巻いて、チェックのシャツを着ている人たちが多いのは昔からの疑問だ。
「へぇ、ここがアニマイトっていうんだね」
外観を見上げた柳ヶ瀬さんは、興味深げに呟く。
少しだけ不安要素があったんだけど、そんなものは杞憂だったらしい。
「柳ヶ瀬さんって、こういう場所平気なの?」
「こういう場所って?」
「えっと……ほら、オタクさんたちが多い場所っていうのかな。そういうの毛嫌いしてる人多いから……」
直前になってやっぱり入りたくないと言っても、僕は仕方ないと思っていた。
でも柳ヶ瀬さんは全然動じていないし、やっぱり不思議な人だと思う。
「あぁ、そんなこと。私、意味もなく否定するの嫌いなんだよね。だから自分の目で見て判断したいって、いつも思ってるの」
そのセリフが僕はかっこいいと思った。
だから少し目を輝かせて見惚れていると、柳ヶ瀬さんは困ったように頬をかきながら笑う。
「とはいっても、なかなかそう上手くはいかないんだけどね。うん、見習いたいって思ってるんだ」
「見習いたいって、誰を?」
「内緒♪」
また唇に指先をつけて可愛らしい仕草を見せる。そういう仕草をされると、僕は途端に何も言えなくなる。
「意味もなく否定をするのが嫌だから、私は私の見たものを信じていくの。悪いところを見つけるんじゃなくて、良いところを見つけていきたい。だから、君に話しかけてよかったって思ってるよ」
「え、どういうこと?」
「さあ、どういうことかなー」
はぐらかすようにニコニコ笑う。こういう時の彼女は大抵何も教えてはくれないから、僕はそれ以上追求しない。
だけど一つだけ分かった気がするのは、そういう信念があるからこそ、彼女はライトノベルを好きになったのかもしれないということ。
ライトノベルは、普通の高校生から見たらあまり良い印象を受けない。
柳ヶ瀬さんは、それを自分で確かめるために、ライトノベルを買って読んだんだ。
そういう決して周りに流されないところは、柳ヶ瀬さんのいいところだ。いいところだなんて、ちょっと上から目線なのかもしれないけど。
でも、そういう前に踏み込んでいく彼女の姿勢が僕は好きだ。
柳ヶ瀬さんのような人になれたらいいのにと、僕はふと思う。
柳ヶ瀬さんのような、素敵な人間に。
「それじゃあ、そろそろ入ろっか」
「そうだね」
「ほら男の子。有栖さんをエスコートしてね?」
「う、うん……」
僕はやや柳ヶ瀬さんの前を歩いて、アニマイトの中へ入っていった。




