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10.にーげーたーらーだーめ♪

 あっという間に週末がやってきた。


 服装とか明日のことを考えていたら、結局昨日は一睡もすることができなかった。


 服のレパートリーなんて、僕にとってはあってないようなものなのに。


 だって僕は、友達と出かけたという経験が小学校以来一度もないんだ。だから休日に着る服なんてものは、数えるほどしか持ってない。


 その中であーでもないこーでもないと悩んだけど、結局シャツにジーパンというありふれた格好へと行き着いた。さっきも言ったけど、これしか選択肢がないんだもん。


 服装についての一番大きな悩みは、これを着ていったとして、柳ヶ瀬さんが微妙な顔をしたりしないかな、というものだった。


 これも結局は、今日柳ヶ瀬さんに会って反応をうかがわないとわからない。


 そして待ち合わせ場所なんだけど、それは昨日の放課後に体育館裏で打ち合わせをした。


「アニメの専門店って、駅の方にあるんだよね。どこで待ち合わせにする? 近くにあるダリーズとか?」

「えっ、ダリーズってなに?」

「んー、じゃあサイセ?」

「駅前にサイセリアなんてあるの……?」

「駅にある犬の像は分かる?」

「……」

「じゃ、じゃあ普通に学校にしよっか!」


 柳ヶ瀬さんの笑顔は引きつっていた。


 だって僕、あんまり駅前行かないし。アニマイトにはたまに行くけど、基本的にはどこにも寄らずにまっすぐ帰ってくるし。


 僕って、思ってたよりずっとつまんない人間なのかもしれない……


 待ち合わせ場所の件や服装のこともあったし、挽回するために三十分ほど早く家を出た。こういうのって男の子が先に来て、女の子を待ってるものだって何かのアニメで見た気がするから。


 自分の行動で示せる部分は、なるべく頑張りたいと思う。


 だから、予定通り三十分も早く学園の校門前に着いた。


 時刻は十時。


 うん、まだまだ余裕があるね。


「いーずみくんっ!」

「うわぁ?!」


 突然後ろから肩を叩かれて、僕は文字通り飛び上がる。え、え、え? 柳ヶ瀬さんみたいな声だったけど……


 恐る恐る振り返ったら、そこには見知らぬ女の子が立っていた。


 白色のベレー帽をかぶっていて、上だけフレームのない赤いメガネをかけている。髪の毛は僕の好きなハーフアップでまとめていて、後ろには白色のリボンがのぞいていた。


 服装は真っ白いワンピースに、赤色の羽織もの。全てが完璧な女の子で、僕は一歩後ずさる。


 なんで僕の名前知ってるの?!


「だだだだ、だれですか?!」


 やや声が裏返りながらそう質問すると、彼女は可愛らしい頬をさらに可愛らしくぷくりと膨らませた。そして両手を腰に当てて、呆れたように目を細める。


「私より遅くに待ち合わせ場所に来て、だだだ誰ですか?! はちょーっとひどいんじゃないかな?」

「え、え、え?」


 僕はその仕草と独特な喋り方から、ある一つの推測を思い浮かべた。推測というよりも、真実かもしれない。


 いつもと容姿が違いすぎていたから、本当に全く気がつかなかったのだ。


「も、もしかして、柳ヶ瀬さん?」

「もしかしなくても、有栖さんね。君、大丈夫?」

「大丈夫……」


 結局僕は、柳ヶ瀬さんより遅くに着いてしまったらしい。柳ヶ瀬さん、どれだけ早く来てるんですか……


 そんな柳ヶ瀬さんは、メガネをくいっと上げて笑みを浮かべた。


「びっくりしたでしょ?」

「そりゃあもう、心臓が裏返っちゃうぐらい……」

「有栖さんってば有名人だから、バレないように変装してきたの」


 それは逆に目立つんじゃないかな。いつも以上に、なんというかその、可愛らしいし。いや、可愛らしいじゃなくて可愛いんだ。


 柳ヶ瀬さんは、腕に巻いている時計をチラリと見た。


「というか和泉くんはっやいね。まだ三十分も前だよ?」

「柳ヶ瀬さんの方が早いよ。僕が先に着こうと思って早く出たのに」

「いやぁごめんね。驚かせようと思ったから、一時間早くここに着いたの」

「えっ、一時間も?!」

「うわお、和泉くんってそんなに大声出せるんだね」


 少し目を丸めてくすりと笑う柳ヶ瀬さん。


 今度からは三十分前じゃなくて、一時間三十分前に目的地につくことにしよう。次があるのかはわからないけど。


 柳ヶ瀬さんはベレー帽を指で掴みながら、僕のことをやや上目遣いで見てきた。


 その仕草はやめてください、普通に可愛くて死にそうです。


「ところで和泉くん、有栖さんまだ服の感想を聞いてないんだけど?」

「あっ、そろそろアニマイトに行こうか。ぼ、僕が案内するね」


 言いながら僕は歩き出す。すると二歩も歩かないうちに服を掴まれた。


「にーげーたーらーだーめ♪」

「え、えぇ……」

「女の子は、男の子に服装を褒められると喜んじゃう生き物なんだよ?」


 精一杯の抵抗をするために、服を掴まれたまま僕は歩き出す。シャツが伸びるかと思ったけど、柳ヶ瀬さんはそれを気遣ってか同じ歩幅ぶんついてきてくれて、まるで散歩をする犬のような気分だった。


 僕は柳ヶ瀬さんに主導権を握られている。だとしたら、これはもう時間稼ぎにしかならないんだと思う。


 だから僕は、少しだけ勇気を出して立ち止まった。柳ヶ瀬さんもピタリと止まる。


「あっ、感想言ってくれる気になった?」


 僕はすっと息を吸い込む。


 そのせいで柳ヶ瀬さんの匂いが鼻を通り抜け、余計に心臓がバクバク鳴り響くという不幸すぎる出来事が起こってしまった。


ええい、もう言ってしまえ!


「か、か、か、かわいいと思います……」


 一陣の風が吹く。

 その瞬間、時間が止まったかと思った。


 柳ヶ瀬さん、黙ってないで何か言ってください……


「えっ、なんで敬語?」

「ご、ごめん……」


 くすりと柳ヶ瀬さんが微笑んだ気がする。僕は柳ヶ瀬さんの方を向いていないから、実際にはどんな表情をしているのかはわからない。


 しばらくすると柳ヶ瀬さんは掴んでいたシャツを離してくれて、僕はゆっくり後ろを振り向く。


 いつも通り、柔らかい笑みを浮かべた柳ヶ瀬さんがそこにいた。アゴに人差し指を当てるという可愛らしい仕草をして、僕の胸をときめかせる。


「今のは有栖さん、ちょーっとドキッとしたよね。うん、だんだん男らしくなってきたじゃないか」

「そ、そうかな」

「ほらほら自分に自信を持つ! 君はどうせ君なんだから」


 言いながら、僕は肩を叩かれる。その叩かれた部分からじんわりと、柳ヶ瀬さんのパワーが浸透してくるような気がした。


 気のせいかもしれないけど、彼女の言葉がストンと胸の内側に落ちる。


「ありがと」

「うむ。私もありがとね、和泉くん」


 なんとなく、今日のデートはうまくいく気がした。


 デート、なんか重く考えていたけど、昼休みや放課後に会話をすることの延長みたいなものなのかもしれない。


「それじゃあ手繋ごっか」

「えぇ?!」

「じょーだんじょーだん」


 なんか、この先が不安になってきた……

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