1.和泉くんは、普通に百合モノとかが好きなんだよね
ブクマして、お暇な時にでも読んでくださると嬉しいですm(_ _)m
「和泉くん、ちょっといいかな?」
クラスの人気者である柳ヶ瀬有栖さんに話しかけられたのは、放課後の教室、僕が失くしたライトノベルを教室後方のロッカーで探していた時だった。
その長い髪をすくいながら、綺麗な瞳で僕のことを覗き込んでくる。
「ど、どうしたの?」
「いや、必死にロッカーの中を漁ってるからどうしたのかなって」
「べ、別に何でもないよ」
「なんでもないの?」
「そう、なんでもない」
小説をなくしたことを知られるのが少し恥ずかしかったから、咄嗟に嘘をついてしまう。
柳ヶ瀬さんは人さし指を立てて、何かを思いついたようにいたずらっぽく笑った。
「和泉くんが何をやってたか当ててあげる。学校に持ってきたエッチな本をなくしちゃって、必死に探してたんでしょ?」
「エッチな本は持ってきてないよ……」
「へー、エッチな本は持ってきてないんだ」
なぜか“エッチな本は”という部分を強調させている。
本当にエッチな本なんて持ってきてないし冤罪だから、僕はこくこくと頷いてみせた。
「じゃあ、エッチじゃない本は持ってきてるんだね」
「それは、そうだけど……」
「和泉くんって、エッチな本を部屋とかで読んだりする人なの?」
「え、どうしてそんなこと聞くの?」というか、“とか”ってなに。エッチな本を自分の部屋以外で読む人なんているの?
「いいからいいから。和泉くんのこと、私知りたいな」
今日の彼女はいったいどうしたんだろう。クラスのモブである僕に話しかけてくることなんて、今まで一度もなかったことなのに。
いや、一度だけ彼女と会話を交わしたことがあるのを思い出した。確かあれは二、三日ほど前。僕が学校へ登校して、クラスのドアを開けた時だった。
ちょうど、どこかへ向かおうとしていた柳ヶ瀬さんと、たまたま偶然に向かい合った。
『あ、ごめん和泉くん。邪魔だったね』
僕は突然の出来事に視線をさまよわせて、
『あ、あ、ごめ……』
その後、柳ヶ瀬さんは人当たりのいい笑顔を見せて、別のドアから教室を出ていった。
会話終了。
つまり僕と柳ヶ瀬さんは、そういうなんでもない関係。
エッチな本に関しての返事に窮していると、柳ヶ瀬さんは続けて質問を投げかけてきた。
柳ヶ瀬さんって、テンポの速い人なんだな。
「もしかして、ハードな性癖を持ってるから話せないのかな。ネトラレモノとか好きだったりするの?」
「べ、べつに好きじゃないけど」
「じゃあ小児性愛とかふた◯りとか調教モノ? もしかして青◯が好きとか?」
「あわわわわわ!」
クラスの人気者である柳ヶ瀬さんから飛び出した放送コードギリギリの質問を、僕は慌てて両手を振りながらごまかした。
それとなく辺りを見渡すけど、夕日の差し込むこの教室には僕ら二人だけしかいない。
「あ、ごめんやっぱり間違ってたよね。和泉くんは、普通に百合モノとかが好きなんだよね」
「ふ、普通にってなに……? 今の高校生って、普通に百合が好きなの……?」
「ううん、違うと思う。私ってほら、こう見えてノーマルだし」
こう見えてって言葉を頭に付けなくても、柳ヶ瀬さんがノーマルだってことは普通に知っている。いや、どんな人なのかは、普通にわからなくなったけど。
「じゃあ和泉くんって、もしかしてホ……」
「それは絶対違うから」
僕にしては珍しく、ハッキリと主張させてもらった。
一応訂正しておくけど、図星だったわけじゃないよ。否定しておかないと、男としての沽券にかかわると思ったんだ。
「じゃあ、和泉くんもノーマル?」
「柳ヶ瀬さんのいうノーマルが、普通の異性を好きになるって意味だったら、たぶん合ってると思うよ……」
「そっかぁ、和泉くんもノーマルかぁ」
いつの間にか、彼女も僕と同じく床にしゃがんでいた。
屈んでいるからスカートの膝とスカート丈の隙間から例のアレが見えそうだったけど、そもそも柳ヶ瀬さんを直視できない僕はやや斜め下にある教室のアレを見つめていた。アレというのはもちろんタイルのことだ。
訂正しておくけど、アレを見たいこともないこともないです。
「あっ、勘違いされたら困るから言っておくけど、私ってそんなに下ネタ好きじゃないからね。和泉くんがエッチな本を好きなのかなって思ったから、ちょっとだけ合わせてみたの」
「え。僕って、エッチな本が好きな人に見えるの?」
「ちょびっとだけ?」
言いながら、柳ヶ瀬さんは右手の親指と人さし指がギリギリ触れ合わない程度に近付けた。
ミシンの糸ぐらいだったら、するりと通り抜けるんじゃないかな。
「ところで、なくしてたものは見つかりそう?」
彼女は最初の話題へ戻してくれた。
もうバレてるんだとわかったから、僕は開き直ることにする。
「どこかで落としたのかな……昼休みまでは引き出しの中にあったんだけど……」
「それ、見つからないとマズイよね。和泉くんの大事なものなんだし」
「うん、マズイ」
「エッチな本が学生に見つかったら和泉くんの性癖が知れ渡っちゃうし、先生に見つかれば指導室行きだもんね」
「……その話まだ続いてたの?」
「冗談冗談」
くすりと小さく微笑んだから、僕は反射的に顔をそらした。
「ところでさぁ」
柳ヶ瀬さんがそう前置きをしたから、僕は視線をわずかに戻す。後方に置いていた可愛らしいベージュの通学カバンを手に取って、なにやら中をガサゴソと漁っているところだった。
お目当てのものが見つかったのか「あったあった、これこれ」と呟いて、カバンの中から取り出す。
「和泉くんの探してたものって、もしかしてこれ?」
「あっ」
それが本当に僕の探していたライトノベルだったから、思わず間抜けな声が喉を通り抜ける。
柳ヶ瀬さんはそんなわかりやすい僕をみて、やっぱり人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。
「よかったぁ。和泉くんのじゃなかったら、ちょっと恥かいてたかも」
「え、それどこで見つけたの?」
「普通に昇降口の下駄箱の上に置いてあったよ」
「あ、そうなんだ。よかった。間違えて落としちゃったから、踏まれないように誰かが上げてくれたのかな」
「そんなわけないじゃん」
「えっ?」
唐突に、柳ヶ瀬さんの声のトーンが少しだけ下がった気がした。表情も心なしか少しだけ真面目なものになっていて、何か失言をしてしまったんじゃないかと焦る。
そしてまた唐突に、柳ヶ瀬さんは表情を先ほどのものへと戻した。コロコロと表情と変わる人だな、と場違いにもそう思った。
「へぇ、和泉くんってそういう考え方ができる人なんだね」
「え、え、そういう考え方って?」
「ごめんごめん、こっちの話だから気にしないで。はいこれ、大事なものなんだし玄関に落としちゃダメだよ」
手に持っていたライトノベルを、僕へと差し出してくれる。
僕といえば、信頼していない飼い主に餌を与えられた犬のように、ちょっとだけ警戒していた。噛み付いたりはしないけど。僕には噛み付くための牙がないんだ。
とりあえず本が見つかってよかったと思い直し、柳ヶ瀬さんからそれを受け取ろうとする。
しかし、その綺麗な指からなかなか素直に離れてくれなかった。
「え、柳ヶ瀬さん……?」
「一つ、勘違いしてるみたいだから訂正しておくね」
あくまで微笑みながら、柳ヶ瀬さんは僕の間違いを指摘してくれる。
「和泉くん、昼休みの時にはこの本がちゃんと引き出しにあったんだよね。それなら、昇降口にこの本を落としたりはしないと思うの」
「あ、たしかに」
「あと、ほんとに親切な人だったら、わざわざ目の届かないところに置くんじゃなくて、職員室に届け出るんじゃないかな」
結局二つの訂正をしたあと、素直にその指を離してくれた。僕はラノベを手に持って、少しだけ固まる。
柳ヶ瀬さんはといえば、今度は少し困ったように笑っていた。
「ごめんね和泉くん。責めるつもりなんて全くないし、本当ならこんなこと伝えないほうがよかったよね」
「あ、ううん。柳ヶ瀬さんが見つけてくれたことに変わりはないから」
「そう? よかった。あとこれも勘違いされそうだから言っておくけど、下駄箱の上にライトノベルを置いたのは私じゃないよ」
それは勘違いもなにも、考えてすらいなかった。柳ヶ瀬さんはきっと親切な人だし、たとえば自分がやったことを、わざわざこうやって僕に報告しに来ないだろう。
「ほんとに、ありがとう」
もう一度お礼を言って、見つけてくれたライトノベルをなくさないうちにカバンへ入れた。
彼女はまだ僕の前から動いていない。
「結構大事そうにしてるけど、和泉くんの読んでるライトノベルってそんなに面白いの?」
「面白いよ?」
そもそも面白くなかったら、買って読んだりはしないと思う。
「いつも休み時間になるたびに読んでるよね」
「え、知ってるの?」
「当たり前じゃん。私たち、クラスメートだよ?」
クラスメイトとは言わずに、クラスメートと伸ばして言ったのが、ほんの少しだけ可愛い。
そんなことより、僕はクラスのホコリみたいな存在だから、柳ヶ瀬さんに認知されていないと思っていた。
だって彼女はクラスの人気者で、いつでも周りにはたくさんの友達がいて、その輪の外を見渡す必要なんてこれっぽっちもないんだから
僕みたいな人に輪なんてものはないから、いつも柳ヶ瀬さんのことを遠巻きに眺めてた。だって柳ヶ瀬さん、すっごく美人だし。
「ライトノベルってそんなに面白いんだね。それじゃあ私も読んでみよっかな。あっ、どうせなら和泉くんのオススメ教えてよ」
「お、オススメ?」
「そうそう、そういうの詳しいでしょ?」
たしかに、自分でもそういうのは詳しいほうだと思う。好きなレーベルの新刊はほとんどチェックしてるし、名作と呼ばれているのもは大体読破してきた。
高校一年の頃なんかはちょっと怖いクラスメイト三人ほどに囲まれて、「和泉くん、ライトノベル? のオススメ教えてよ!」とお願いされたこともある。後日、好きな本を二、三冊貸したけど、結局一冊も返ってこなかったっけ。
まあでも、僕のオススメを宣伝できたのは素直に嬉しいと思った。
だから今回も、僕はオススメのライトノベルを頭の中で整理して、柳ヶ瀬さんに教えてあげる。
「ちょっと古いんだけどね、虎とドラゴンっていうライトノベルが面白いよ。十巻ほどで完結してるし、初心者ならまずは入門で読んでみるのもいいかも。実はアニメ化もしてて、これは二クールだから全二十四話なんだけど……」
「ちょーっと待った和泉くん!」
「え、どうしたの?」
柳ヶ瀬さんは右の手のひらを前へ突き出して、少し引きつった笑みを浮かべていた。え、僕なんかおかしいこと言ったかな……
「和泉くんって、ほんとにライトノベルが大好きなんだね」
「え、あ、うん」
「自分の好きなことをたくさん話せるのって、すっごく素敵なことだと私は思うよ」
「あ、お礼言ったほうがいいのかな……」
「じゃあとりあえず、帰りに書店に寄って虎とドラゴンっていうライトノベルを買ってくるね」
購入宣言をした柳ヶ瀬さんの表情は、すでに柔らかい笑みへと変わっていた。僕はそれを見て、やっぱり若干視線をそらす。
「べ、別に買わなくても貸してあげるよ?もし柳ヶ瀬さんに合わなかったら、損をしたって思われそうだし……」
「いいのいいの。ちゃんと自分で買うよ。だって貸してって言うのと、自分で買うのとじゃ本気の度合いが違うもんね。私本当にライトノベルに興味持ってるから、和泉くんにそういうのわかってほしいの。つまりどういうことかというと……自己満足?」
「は、はぁ……」
よくわからなかった僕は、曖昧に頷く。
「アニメの方も、原作がいい感じだったら見てみるね。たしか携帯会社のサービスで月額いくらが払えばアニメ見放題ってのがあったから、それ使ってみる」
流れに任せるようにこくこくと頷く。頷くたびに柳ヶ瀬さんの表情が明るいものへと変わっていって、胸の内側がほんのり暖かくなった。
「それじゃ、私帰りは本屋に寄らなきゃいけなくなったから、お先に失礼するね」
「あ、うん」
「じゃあね、また明日。和泉くん」
右手の手のひらを僕に向け閉じたり開いたりした後、柳ヶ瀬さんは教室を出ていった。
また明日。
果たしてまた明日も学校で会うのかなと思ったけど、そういえば僕たちは同じクラスなのだ。
あまりにも僕と彼女の住んでいる世界が違いすぎるから、たまにそのことを忘れてしまう。
だから柳ヶ瀬さんと話すのは僕の学生生活これっきりで、後のことは全然期待なんてしてなかった。いや、少しは期待していたのかもしれない。ミシンの糸が通るぐらいには。
結論を言うと、次の日に学校へ登校したら、机の中に一枚の便箋が入っていた。少々驚きつつ教室内を見渡すと、その視線は柳ヶ瀬さんとぶつかった。
柳ヶ瀬さんはいつも通り多くのお友達に囲まれて談笑をしていたけど、僕と目が合うと右手の手のひらを開いたり閉じたりして、小さく口元を動かし「おはよ」と言ってくれた。
彼女は僕に惚れているのかもしれない。
そんなありもしない妄想をするぐらいには僕の心は高鳴っていて、バカかと思い直しかぶりを振った。
彼女みたいな人が僕のことを好きになるはずがないし、昨日今日のこれはただの気まぐれだろう。
でも振られた手は小さく振り返さなきゃいけないし、もらった手紙は開かなきゃいけない。四葉のクローバーが散りばめられている便箋を、机の下でこっそり開く。
差出人不明だけど、筆致でそれが柳ヶ瀬さんのものであるとすぐにわかった。可愛い丸文字なのに、どこか整然さも兼ね備えている。彼女が授業中に黒板に書いた回答も、これと同じ筆致だった。
文面は、こうだ。
『お昼休み、四階の第二空き教室で待ってます。来ないと泣くからね?』
もう一度彼女の方へ視線を向けると、いつの間にかご友人たちとの会話に戻られていた。
でもとりあえず、行かなきゃ泣くと言われてしまったから、行かなきゃいけないよね。




