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 その日、吉田夏樹は見事ニートの仲間入りを果たした。

 三月の中旬。

 桜のつぼみが徐々に色づき始める、新年度目前の季節。


 ――ヤバい。

 ――どうすんだ俺。


 夢も希望も職も取りこぼしたダメ人間は、大学の広場で愕然と立ち尽くす。周囲に溢れるスーツや着物に身を包んだ若者の煌きも、今日を祝う華やかな装飾も、全てが劣等感を煽り立てた。


 ふと十分前に頂戴した卒業証書を見やる。

 大学での履修完了とともに学生という肩書の剥奪を通告するこの紙は、夏樹にとっては地獄行への片道切符に等しい存在だった。


 ――どうしてこうなったんだ……。


 夏樹は、ついさっきこの大学の近代魔法学部を卒業した元学生・現無職である。

 子供時代から夢見ていた魔法を学ぶため上京したのは四年前。大学入学後は真面目に勉学に集中し、数々の知識や技術を習得に励んできた。

 学校での成績は常に優秀。実験や論文製作ではリーダーに抜擢されることが多く、目まぐるしくも充実した日々を過ごし、四年生となった昨年就職活動を開始。


 そして――気づいたら、今日、ニートとなっていた。


「ああああああああああああ………………」


 夏樹は天パ気味の髪をわしゃわしゃとかく。

 周囲からは奇異の視線が寄せられたが、気にする余裕はなかった。むしろ皆呆気にとられて就職先の話を止めてくれるのが有難かった。


 マジか。

 ガチでニートだ。

 もう学生と言い訳出来ない。職もなく社会の荒波に放り出される身。


 現状を改めて考えるたび、胸中の不安が全身に伝搬されて寒気が走った。夏樹は居ても立ってもいられず歩き出す。

 行き先は夏樹自身にも分からない。

 とにかく、全てから逃げ出したかった。 



 夏樹は歩きながら、ぼんやりと空を見上げる。

 嫌味なまでに透き通った青。瞳に沁みて、目を細めた。


「あーあ……、魔法があればいいのになあ」


 おおよそ近代魔法学を修めた魔法使いの台詞ではないが、夏樹は自然とそんな弱音を吐く。まごうことなき今の本心でもあった。


 近代魔法という分野が確立されたのは四十年前。

 人類のロマンであった魔法が実在したというニュースに当時世界中が湧いたという。その波に乗るように海外で研究・養成機関が設立されると、日本でも一部の学校に専門の学部が誕生。多くの夢見る人々を魅了した。


 子供時代の夏樹も、そんな近代魔法の存在にとりつかれた一人。

 将来を心に決め、邁進し、そして実際に大学まで進学。夢は叶ったように思われたが――


「はは、子供の頃の俺は馬鹿だったな……」


 夏樹は乾いた笑いを漏らす。

 たしかに大学で魔法は学ぶことは出来た。

 理論だけでなく、四年間で実技もわずかに習得した。地味だが、夏樹だって頑張ればちょっとだけ紙を動かすくらいは出来る。成果は一応あった。


 しかしだ。


 現実の魔法は全てを望み通り叶えてくれるものではなかった。


 それどころか、魔法は社会から求められるものではなかった。


 当然と言えば当然。ちょっと紙を動かせたからって社会で何になる? どうやって金を稼げる? 人をちょっと驚かせるのがいいとこ。簿記三級でも持っていた方が役に立つ。


 夏樹にその事実を実感させた一つの出来事が、去る就職活動。

 夏樹が面接に出向くたびに、


『なんで魔法学部のキミがウチの会社に?』

『キミの知識を活かせる仕事はウチの会社にはないよ?』

『へー、魔法使いなの? なにかやってみせてよ』


 この類の質問をトラウマになるほど繰り返され、必要ないと拒絶され続けた。


「大学院に逃げればよかったかなー。でもこれ以上親に迷惑かけられないしなー。てか、二年経ったところで結果は一緒だろうなー」


 ちなみに学部の仲間の進路は、大学院を除けば、家事手伝い(ニート)と花嫁修業ニートが半々。

 もっとも近代魔法学部生の八割強はお金持ちのお嬢様なので、夏樹のように将来や生活難に怯えるケースは稀であった。


「あー、俺の人生どうなるんだろ」


 夏樹の目から自然と一筋の涙がこぼれた。おかしい。上を向いて歩いているのに涙がこぼれてしょうがない。

 気づけば、一人暮らし中のアパート付近まで辿り着いていた。


 ――とりあえず、今日はもう寝よう……。


 このまま悩んでいても精神に患うだけ。夏樹はボロボロ落ちる涙をぬぐい、アパートに向かう。

 と、そこで、


「ん?」


 アパートの入口に見慣れぬ車が停まっていることを発見する。

 それは黒塗りのボディで、車に詳しくない夏樹でも分かるいかにもな高級車。格安アパートには相応しくない存在だった。


 ――なんだろう?


 夏樹は不審に思いつつも、わきを通り、アパートを目指す。

 その背後から声が響いたのは、数秒後のことだった。


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