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第三十六話 もう微塵も笑ってなんかいなかった

にこにこと子供のようなをたたえたミラは

なにかバールのようなもので俺の

拘束を解いてゆく。


まったく警戒というものがない。

自由になった俺に危害を加えられる可能性とて

ないわけではないのに。(依然と魔法は使えないが)

この女、何を考えている……?


「上にね、今、()()()()()()が、

居る人だけだけど、集まってる。

そこをね、叩こうと思うんだけど」


拘束を全て解除したミラが牢から出て、

俺のレイピアを持って戻ってくる。


「これ、使うでしょ。返すね」


俺に細身の剣を手渡す。

俺は混乱を飲み込み、ミラの表情から

やつの本心を見抜こうと努めた。


だが、奴の顔はただ笑うのみである。

子供が、新しい友達と、はにかみながらその

距離を縮めようとするかのような笑顔。


俺が危害を加えるものかもしれない

という発想がないのか、それとも魔法を使えない

俺など取るに足らないとでもいうのか。


とにかく、にこにこしている。


「……どういうつもりだ」

俺はあまりの唐突な展開に、無様にも

声に出して尋ねてしまう。


「なにが?」

きょとんとして、問いに問いで返すミラ。


「お前は、なんだ?

お前は『悪人一家』とやらの、一員だろう。

さっきから、まるでちぐはぐだ。

お前が誰で何をしたいのかさっぱり分からない」


ミラは俺の目を見つめた。

俺の言葉を聞いて、少し落胆の色を浮かべる。

落胆?なぜ?そんなことをされる筋合いはない。


「言ったじゃん。わかってよ。

君のおかげで、『ここ』に戻ってこれたんだから」


ミラは、小さな唇をとがらせ、ふん、と

鼻を鳴らした。


依然、まったく、この女の言い分は俺には

伝わらなかった。

俺のおかげ?なんのことだ。自覚がない。


俺の困惑を読み取ったのか、

諦めを示唆させる笑みを表してミラは言った。


「オッケー。じゃ、あとで説明するから。

まずは上の連中を殺して、全部。

それから、落ち着いて話そうよ」


ミラはそう言って俺の手を引く。

牢の外へでると廊下の明かりが少し眩しく感じる。


牢を出て右手に土作りの階段が見えた。

階上へつながる唯一の出口らしい。


「あそこを上ってすぐに右手の部屋が食堂。

入り口に一番近い席に座ってるメガネの女が

反魔法アンチ・マジックの術者だから、

そいつを殺せば魔法は使えるようになる。

アトレイとそのメガネを入れて四人が今、

食堂にいる。不意を突けば二人で四人殺せる。

たぶん。アトレイには私は無理だからきみがやってね。

気をつけないと返り討ちにあうから

気合い入れてね。じゃあ行こう」


俺の返事を待たず。勢いだけの計画を

披露して即実行に移ろうとするミラだった。


「なんだっ、待てって」


ミラの細腕では俺の手を引っ張っても、

俺の体まで引きずることは出来ない。


「いきなり、なんなんだ。

事が急に過ぎるっ。俺は、俺にはなにもっ」


なんだろう。

さっきから、この女に振り回されている感が尽きない。


吸血鬼を始末したあの夜から、

俺は自分が変わったことを自覚していた。

暴力性。冷血性。排他性。利己性。独善性。

そういうものが自分の内に満ちてゆく感覚があった。


『食べて自分のものにする能力』を身に宿したのも

あの晩だが、あれだけではなかった。

有り体に言えば、『性格』が変わった。


『自分以外どうでもよかった』という今までから

『自分以外全部嫌』になった。


誰かの都合で自分が不都合を被ることが

我慢ならなくなった。


力を得たから、傲慢になっただけのことなのか。

だとしたら、我ながらなんとも浅はかだ。


殺せばことは済むのだし、

殺すという選択があながち不可能でもなくなった。


だから、

今のこの混乱も、この女に対する疑問も、

殺せば済む。そのはずなのに。



俺は、この女の言葉を

もう少し、聞いていたい。と思っていた。


人間を『いっぱい居る細長い奴ら』と

総称した彼女が、どんな世界を見ているのかを、

見てみたいと俺は思っていた。



『外道人非人が何を』


『なーに言ってやがるんですかね、これ』


頭の中で誰だったか、人が二人。俺をけなす。



「まどろっこしい!」

ミラが怒鳴る。


「もう、やるしかないじゃん!

このままあのサイコどもの仲間になるの?

君と話して、そこで私、思い出せたんだよ。

あいつらと家族ゴッコやってて、忘れてた本当の私を」


「大事な、私の、本物を」



なにがなんだか、さっぱりなのは

依然変わらない。

彼女が言いたいことは何一つ理解できない。


それでもいいと思った。

彼女の続きが見たいと思った。


「わかったいこう」


ミラの顔が晴れた。


俺達は階段を登る。








***************************








ミラが食堂に入ってすぐのことである。

「ぎゃっ」と聞き慣れぬ女の悲鳴が上がった。

俺はすぐさま食堂に身をかがめて侵入する。

ミラが眼鏡かけた小柄な女の右目にフォークか

何かを突っ込んでいた。柄の部分の潜り込みの

具合から、それが脳髄にまで達していることは

容易に分かった。破裂した眼球から血となにか

体液が混じった汁が噴き出してミラの服を汚している。

かがんでいる俺にはすぐそばのミラと眼鏡の姿しか見えない。

他の連中の姿はテーブルの裏側に隠れて視認できない。

六本の足が、それぞれ震えたりこちらに近づいて

いるのが分かるくらいだ。

俺は一番近いボーダーのタイツに近づく。

側に寄って、レイピアの射程圏内に入った瞬間に

ボーダータイツの主の顔を拝むことになる。

眼帯をしたツインテールの幼い顔。

こちらを見てはいるが、驚きで体が動かないようだ。

名前も知らない女の頸に刺突剣をあてがう。

脳と体を繋ぐ神経を一突きで駄目にした。

少し血が出て、レイピアを引き抜くともう少し多く出た。

そこまでやると流石に他の連中も俺に気付いた。

癖っ毛でそばかすの目立つ少年が「お姉」と

悲痛な声を上げる。そこに飛びついたミラが

眼鏡から引き抜いた凶器(先割れスプーンだった)

を癖っ毛の眼孔に突き立てる。

「うぎっ」と断末魔が響くと、ミラと癖っ毛が

もつれ合って倒れてミラだけが立ち上がった。





一人になったアトレイが俺を睨んで言う。


「殺す」



全然、もう微塵も笑ってなんかいなかった。

そんな顔をみてやっと気づいたけど、

アトレイの奴は結構美人だった。

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