表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/54

第三十一話 とっても素敵

「あああああああああああつつつつついいいい」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁままぁぁぁぁぁぁ」

「くそっ、おふくろっ、なんでっうああっ」

「退魔師の連中がクーデターを起こしたらしいぞ」

「悪魔の手先が火を放っているのをみたぞ」

「おれのいえがあああああああ」

「ままどこおおおおおおおおおお」

「こどもの姿をした悪魔が退魔師を率いて住人を殺しているぞ」

「広場で女子供が退魔師を叩きのめしているぞ」

「崩れるぞっはなれろっ」

「てめんとこの火がうちに移ったじゃねえか」

「しらねえよぶっ殺すぞぼけ」

「わああああああああああああああ」

「東の広場で毛布を配ってるらしいぞ」

「異界人が攻めてきたんだよ」

「悪魔だああああああああああああ」

「東の広場には行っちゃだめだ狂った女が――」


いーかんじにカオスだった。

退魔師の数もぐっと減った。

そろそろ街から出ようかな。


俺はゆっくりと通りの真ん中を歩く。

少し目を閉じる。

歩みは止めない。


建物が燃える音。

それが崩れる音。

誰かの叫び声。

俺の足音。


混沌(カオス)は間違いだった。

この空間は一つの地獄として完成している。

調和(ハーモニー)だ。


とても出来の良い()()をみているような気分だった。

強い解放感を覚える。


この瞬間、生まれてはじめて、

生まれてきてよかったと思った。


逃げまどう人々。

燃え崩れる日常。

それを加速させる『俺』たち。

わけもわからず奔走する退魔師たち。

それらを見守る俺。


とっても素敵だ。

これは全部俺が()()()()()()仕組んで作り上げたんだ。


必要以上に味わうつもりはない。

立ち止まって観賞するなんてナンセンスだ。

俺は俺の役目を果たすことで今日という日は完成する。


俺の役目はこの町をでること。それ以外ない。


歩いて馬を停めてある駅舎まで行く。


誰もがパニックに陥るなか、

俺は1人落ち着いて通りを歩く。


崩壊した八百屋をみつけた。

幌が落ちてきた看板にぶち抜かれている。

店主は店の奥で呆然としていた。

落ちてきた看板の下に若い女の腕が見える。

彼の妻だろうか。


「リンゴもらうよ」

俺は店主に声をかけて、木箱のなかから

一番鮮やかな赤色をした一つを取る。


財布から小銭を取り出して、

木箱に丁寧な字で書かれていたひとつあたりの値段を

払う。


「箱の文字は奥さんが書いたのか?」


「んああ……カミさんがな」


俺はリンゴに噛みつく。

甘くて酸っぱい。

リンゴってこんなに旨かったのか。

ちょっと驚いてその赤色を見つめた。


「旨いね。あと二つもらうよ」

俺は追加の値段を払う。

不思議なものでも見るように店主は

それを見ていた。


「奥さんによろしく」


「んあ」


生返事で店主は返した。

木箱からリンゴを二つ取って旅行鞄に放り込む。

俺は八百屋を後にした。


駅舎にはまだ火の手が回っていなかった。

というか、意図的に『俺』たちに

駅舎周辺の放火を禁じていたので当たり前だった。

馬が何頭か繋がれている。

そのなかで一番健康そうな奴の手綱をとる。

馬を引いて北門前の広場までやってきた。


子供と若い女が中心となった人混みがある。

『俺』たちだ。

そろそろ集合時間の正午らしい。


馬を並木のひとつに繋いで旅行鞄からナイフを

取り出し、ベルトの背中側に差し込む。

ジャケットで隠れて、外からは見えない。


数を数える。数人足りない。

まだたどり着いていないのか。

それとも()()()()()()


「ようお前ら」

俺は声をかける。

全員が振り向く。

顔はみんな違っていたが目の色は同じだった。


「北条からレイピアを奪ったやつは?」

1人が歩いて俺の前までやって来る。

三十代くらいの女だ。

多分五番目くらいの『俺』だ。


片手にレイピアを握っていた。

アーネストのレイピアに間違いない。

こいつの奪還に成功したということは

北条を殺すことにも成功したのだろうか。

あいつだけは自分で死体を確認しない限り、

死んだと断定することは出来ないな。


「よこせ」

俺はレイピアを握る『俺』に言った。


「ヤダね」

『俺』は即答する。


だと思った。

なんてったって俺なんだから。

俺もその立場ならそうするさ。


『俺』は肉体は他人のものだが、

人格と記憶は俺のものを植え付けられている。

頭の中身というか、思考回路は俺と同じもの

なのだ。


同じ『俺』の考えることなんて

俺と同じに決まっていた。


俺が素直に高性能の武器であるあの

レイピアを()()()()に明け渡すわけがない。


『俺』たちにとって大切なのは

オリジナルである俺ではない。

あくまで奴等自身、一人一人にとっての

自分のみである。


だから奴等は結託もしない。

同盟も組まない。

一人一人の『俺』がそいつ自身のために動く。


ここに来てない『俺』はそのことに

気づいたんだろうな。


そして()がこのことに

気づいた上で『俺』たちを生み出し、

召集をかけたことの意味も気づいている。





素早く歩み寄って腰のナイフを取り出す。

レイピアを持つ『俺』の喉笛をそれで切り裂いて

レイピアを奪い取る。


「がぶり」

レイピアを持っていた『俺』は

血と空気を吐き出して倒れた。


その場にいた『俺』たち全員が

すべてを理解した。でももう遅い。


「俺は何人もいらないんだよ」


俺はナイフを腰にしまい、

右手にレイピアを握り、左手を空に突き上げる。





「光を曲げる魔法」




俺の体にぶつかる全ての可視光線を

俺の体には当てずに周囲に反射させた。


当然、俺の眼球が捉えるべき光も

反射するので俺の視界は完全な闇となる。

俺に降りかかる日光も反射されて、

少し肌寒く感じる、かと思ったが

日光の温かさは肌で感じ続けている。

反射しているのは可視光線だけだから

紫外線や赤外線の類いは依然と俺に降り注いでいるのだろう。


闇のなかから『俺』たちの悲鳴が聞こえる。


「ぐあっ」

「いだいっ」

「ああああああああああ」

「目があっっ!」


俺の視界は閉ざされいるので

周りからどう見えているのかわからないが

声を聴くかぎり成功のようだ。

俺の体はさながら輝きを失わないフラッシュ・ボム

のようなものなのだろう。

全身太陽拳と言い換えてもいいかもしれない。


魔法を解くと辺りには

顔面を手で覆ってうずくまる『俺』たちの

姿があった。


思い思いの悲鳴をあげている。

俺はレイピアでそのひとつひとつに

止めをさしていった。

丁寧に眉間を突き刺して、

呼吸の停止を確認してから次の『俺』に移る。

その作業を繰り返した。


10分ほどで全ての『俺』を殺し終えた。

残るはこの場にいない『俺』だが、

もともと、『俺』を作るときには

アーネストやほかの退魔師連中の戦闘経験や知識を与えていない。

俺の現状に関する記憶と人格のみを

植え付けているので、奴等は魔法も使えないし

アーネストの体術も使えない。

『食って自分のものにする』能力は

俺の肉体に作用しているものだから

『俺』たちには承継されないようになっている。


そんな奴等はなんの障害にもならない。

自分と同じものが自分以外にいるのが

不快だったから、殺せるときに殺したかっただけで

わざわざ追いかけて殺すほどの執着心はない。

放っておくことにしよう見つけたら殺せばいい。


俺は馬のところまで戻った。

繋ぎを解いて馬に乗る。

鞄からリンゴを一つを取り出してそれを齧った。


馬の腹を少し蹴って歩き始めさせる。

手綱で誘導して門の外へ。

乗馬の技術ももちろん殺した連中の記憶からだ。


門を出る直前に馬を止めて振り返った。

最後に町並みを見る。





清々しいほどに破壊されていた。

やがて火は町中に広がりこの町を滅ぼすことだろう。


またここに来たい。

この町がどんな終わりを迎えるのか見てみたい。

そう思った。



まだ昼間だった。

青空は高く、太陽は子供のように元気にか輝いている。


俺は馬を進めた。リンゴがうまい。


さぁどこに行こうか。

やはり人間は自由でなくてはならない。


俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。




◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎




三島宗平(みしまそうへい)がこの世界における

通商の要といえる町、ラシンを数時間で

滅ぼし、そこを去った後のことである。


ラシンの北門から一人の男が出てきた。


男の名は北条迅次(ほうじょうはやつぐ)

退魔師と呼ばれる魔法と体術を駆使する

国お抱えの戦闘のエキスパートであり、

そのなかでも一部の才能を持つものにしか

突破できないとされる『第一種』の

認定を受けている男だった。


北条は血でまみれていた。

彼の血ではない。返り血である。


彼は標的である三島宗平の捜索を早々に打ちきり、

一般市民の避難を優先させ、その指揮をとっていたのだか

およそ百人程の市民が謎の暴走を始め、

殺戮と放火、おまけにデマの拡散を繰り返し

行うという事態に直面した。


暴走を始めた一部の市民は

北条を見つけるや否や襲い掛かってくる。

一人一人はまったくの無力なのだが

数十人単位で襲われたとき、

彼は護身のため、刃を振るわざるをえなかった。


肉体は完全に無傷だった。

激しい疲労感が彼を襲っていたが

そんなものは彼を衰弱させるには至らなかった。


しかし心はそうではなかった。


彼の部下の半分、

そして町の住人の三分の二が死んだ。

生き残った者は心に深い傷を負った。


建物はほとんどが燃やされ、

町は復興の目当てなどたたないくらいに

破壊されていた。


その事実は北条の完全敗北を示していた。


「ミシマソウヘイ……」

北条が呟いた。



「お前は邪悪だ…必ず…滅ぼす……」



北条は蹄のあとを見つけた。

北にのびるその足跡は、

彼を嘲笑うかのように延々と続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 展開も主人公のキャラクター性も文章も物凄いセンスを感じます こんな面白い作品に出会えて本当に良かった
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ