第3話 事情があるんだね
「ぐえっ」
俺は頭から華麗に着地した。
あの高さから落ちてなぜ平気なんだろう?
あんまり知りたくない。
俺が落ちてきたのは町だった。
『境界』と呼ばれた場所から落ちてきてここにきたみたいだ。
上を見上げてもなにもない。空だけだ。
レンガ造りの建物が建ち並ぶ通り。
既に日は落ちていて俺以外に人はいない。
深夜だ。
どこかできろきろと虫が鳴いている。
「どいてぇぇぇぇぇぇっ」
頭の上から声がした。
もう一度上を見上げると、
さっきの少女―――イデアが落ちてくる。
急すぎて受け止めることもできない。
「「ぐえっ」」 二人仲良く地面にうち伏した。
「なんで受け止められないの!? ぽんこつ!」
どけと言っておいてこれか?
ぶっ殺すぞ。
「もーむり。なんでこんなことに?
私がなんで現場に立たなきゃなわけなの?
信じられない。私だってそこそこの階級なのに…」
きゃあきゃあぶつぶつとイデアが
毒づいた。俺に落ちてきたについて
謝るという発想はないみたいだ。
「とりあえず宿よ!
こんなのところじゃ事を説明する気にもならない」
「ついてきなさい!このあほ!」
イデアが俺の手をとってひっぱる。
さっきからテンションがずっと高い。
しばらく町を歩いて、イデアが
大きな木造の建物の前で止まった。
ここが宿なのかな。
「アンタ、二人部屋をひとつとってきてよ」
俺にやらせるのか。
でもこういう仕事は男がやるという習慣がなくもない。
個人的には嫌いな習慣だけど。
「いいけど。金は?」
「はい」 イデアがワンピースの胸のところに、
自分の手を突っ込んでごそごそと探る。
小振りの巾着ぶくろをとりだした。
なんちゅうとこに入れとるんだこの娘は。
それを受けとる。
あ、ちょっと温かい。これってそういうことだよね。
俺が宿屋の戸をあけて入っていく。
でもイデアは入ってこない。
「来ないのかよ」
呼び掛ける。
「……まだ入れないの。
いいから二人部屋をとってきて。とれたら呼んでよ」
? よくわからん。
イデアはなんだか悲しそうな顔をしている。
事情があるんだね。めんどくさいから聞かないけど。
「わかった」 わかってないけどそう言って、
宿の受付にむかう。
時間が遅かったからか少し宿屋の主人に怪しまれたが
二人部屋を一晩、とることができた。
「おい。とれたぞ」 俺が言う。
「はいっていい?」 こいつはなにを訊いてるんだ?
「入れよ。なんかめんどくせぇなお前」
「……」 イデアが俺を睨む。
部屋にはベッドが二つあって、
俺とイデアは向かい合う形にベッドに座った。
「あんた帰りたいんでしょ?」 イデアが言う。
「うん」 答えた。
「私たちの言うとおりに仕事をこなしてくれれば、
近いうちに家に帰れる」
イデアは足をぶらぶらさせて言う。
つまりは、帰りたければ言いなりになれ、ということだよね。
「わかりやすいでしょ?」
たしかに分りやすい。
「出来ることと出来ないことがあるよ」 言う。
「出来ることしか頼まない」 イデアも言う。
「なにをすれば家に帰れるんだ?」
「それは……」 言いづらそうだ。
なにを頼まれるんだろう? きっとロクなことじゃないな。
「知らない」 イデアは視線を逸らした。
知ってる。こいつ知ってて言わないんだ。
「話にならねーよそれ。
頼み事があるけど、言わない。なんだそれ?
どうしたいんだ。お前は」
追求する。たのしい。
「寝ましょう」
イデアは布団にくるまった。
「バカ女が」
俺は聞こえるように言った。
イデアは何も言ってこない。
事情があるんだね。本当にめんどくさい。