第2話 君がそこにいないだけ
「まじなんなの?テレビかなんか?」
背中から嫌な汗が出てくる。
「あは、びびってる。
へぇーい、そーへーびびってるぅー」
少女はくるくる回って笑っている。
「おいっ、答えろよっ」
俺はイラついて少女の肩をつかんだ。
「気安くさわんじゃねーっ」
少女が俺の手を払いのけた。
そして回転の勢いのまま俺の脇腹に、
蹴りを叩き込む。中段後ろ回し足刀蹴りである。
ふっ……!
俺は一分近く悶絶してしまった。
俺は同世代の女の子に
先制攻撃を加えたうえでノックアウトされた。
この出来事は墓までもってゆくほかあるまい。
「わかったか!私を馬鹿にするなよ!
怒らせると怖いというのはこういうことだ!
わははははは!」
ゴキゲンである。
「お、オッケー、オッケー。
俺は大人だから、こどものやることに
腹をたてたりはしない」
クールな対応だ。それでいて相手を煽っている。
我ながらいい返しだと思う。
「また馬鹿にしたーーっ!?」
少女があぜんとする。
「許さねぇーっ」
少女が飛び上がった。
着ているワンピースの裾がはだける。
モノが見えるか見えないかのところで
少女が俺の顔面に両足で着地した。
真空上段ドロップキックである。
「ぶえっ!」
尻餅をついてしまった。
頬骨が痛い。折れてたらやだなぁ。
なんなんだろう?この子。
めっちゃ暴力的じゃん。
こんなんで大人になったらえらいことになるぞ。
「次馬鹿にしたらぶっころすぞオラアっ!」
物騒なことを言っている。
穏やかじゃない。
「わかったよ。あやまるよ。
でさ、ここはなんなの?君だれ?」
少女は待ってましたとばかりに胸を張って言う。
「ここは『境界』!おまえの世界と
私の世界のあいだのところだよ!」
「『境界』……?世界……?」
意味わからん。つーか俺の部屋は?
「それは私が説明しよう!!」
どこからともなく声がきこえる。姿は見えない。
「何者だぁ!?」
おもわず叫んでしまった。
アニメの観すぎですね。はい。
「とぉーーう!」
時代遅れの掛け声と共に男が暗闇から
飛び出してきた。
そしてそいつは俺の目の前でずっこけた。
「………」
「いたた。あれ~おかしいな~あはは」
照れ隠しに頭をかいて笑う。
うん。可笑しいね。
痩せた男だ。
ちいさいメガネをかけていて、
いいスーツを着ている。
「こんにちは、三島宗平くん。ぼくはカテドラといいます」
男は名乗る。
「え、あ、は、初めまして」
どもっちゃった。恥ずかしい。
「この子はイデア」
カテドラが赤目の少女を指す。
「イデアさまと呼べ」
少女がえばる。好きにしてたらいいよ。
俺はイデアを無視してカテドラに訊ねる。
「ここはなんなの?」
「ここは『境界』。さきほどのこの子の説明どおりだよ。」
「は?じゃあ俺の部屋は?」
「君の部屋はちゃあんと君の家にあるよ。
ただ君がそこにいないだけさ。
君にはその布団ごと転移してもらった」
カテドラはニコニコ言う。
そんなに面白い話がじゃないんだがそれ。
つーか転移って………。
「もしかして異世界的なあれのそれなわけ?」
「ああ!異世界!その言葉があったね!
どうも人間が作った新しい言葉はなじまなくてね。
そのとおりだよ!」
なんか引っかかる言い方だな。
あんた人間じゃないの?
「三島宗平くん。君にはぼくの仕事を手伝ってほしいんです」
カテドラが切り出した。
「複雑な事情があるのだけれど、
これは君にしか出来ないことなんだよ」
「いや、いきなり言われたって……家に帰りたいんですけど」
「えぇーっ!宗平帰っちゃうの!?」
イデアが悲鳴をあげた。
なんでその反応なの?
そんなに仲いいかなぁ、俺たち。
でも微妙にうれしかったりする。男心だね。
「うーん。やっぱり、
ここで話しても現実感ないよねぇ」
カテドラが顎を撫でている。
「きめた!」
顎からはなした指をパチンと鳴らす。
「とりあえず行ってもらおう!」
「へ?」
カテドラが言うと俺が立っていた部分の床が
すぽんと抜けた。俺落ちちゃうの?
落ちちゃいます。
「わあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
石床の下は真っ暗でどのくらいの高さなのか
さっぱりわからない。
死なないよね、流石に。
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三島宗平がいなくなった『境界』。
痩身の丸めがねの男、カテドラと
銀髪朱瞳の少女、イデアが二人で話をしていた。
「ホントにあいつでいいんですか?
めっちゃよわいですよぉ。人間でもかなり下の方ですよあれ」
イデアが歯を剥き出して言う。
カテドラは乾いた声で笑う。
「なにを言ってるんだイデア。
お前は見なかったのか?彼の眼を。」
「まぁ見ましたけど。あんなのってなんか逆に……」
「彼の目は死んでいた。
本当にあれは心が死んでいるよ」
「彼の住まう地域は比較的安全なはずだ。
命を諦める由なんてそうはないはずなんだ。
普通に生きていればあんな眼にはならない。」
「あの絶望がいいんだよ。
浅い場所では幾分波も立つかもしれない。
でも彼の心の深いところには本当になにもないんだ」
「体の一部を欠かして生まれる者が
いるようにあれは人に備わるべき心を
欠いているのさ」
カテドラが興奮気味に弁を振るう。
「……そーゆーもんですか」
イデアは理解できないといった顔だ。
「あれはきっと我々を救いうる
存在になる」
「イデア、お前、ついていきなさい」
カテドラが言った。
「はい?」
イデアが聞き返す。
「宗平くんについていって、
彼がうっかり死んだりしないように助けてやれ」
「無理ですそんなの嫌です」
「無理だな。頑張ってくれ」
カテドラがまた指をパチンと弾く。
イデアの立っていた床がすぽんと抜ける。
「いやああああああああああっ!!」
『境界』にはカテドラが一人残った。
スーツのポケットから小さな布を出すとそれで
メガネをぬぐう。
「仕事はまだまだある」
カテドラは自分に言い聞かせると、
闇のなかにもぐりこみ姿を消した。
もう『境界』にはだれもいない。