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けさらんぱさらん。

作者: 鋼玉

とにかくふわふわもふもふが書いてみたかっただけです。珍しくほのぼの。

『なんだこれ』


夕日が町を照らし全てが茜色に染まった中彼は自分の鼻先に落ちてきた奇妙なものを両の目をよせてじっと見つめた。

あまりに距離が近いためそれは彼の視界の中で焦点がうまく合わずぼんやりとした影として映る。その影は何をするわけでなく彼の鼻の上に陣取り、そのふわふわとした綿毛で彼の鼻をくすぐった。


しばしの沈黙。

彼の鼻は次第にひくひくと動き始めそして視線も右へ左へ泳ぎ始める。


くちゅん


彼はたまらずくしゃみをしてしまう。

するとそれはふよふよと彼の目の前の屋根瓦の上に落ちた。

それの正体を彼は小首を傾げじっと見つめる。


タンポポの綿毛のように白くてふわふわした物体。


その風に揺られて微妙に揺れ動くさまは彼、茶色のぶち模様の子猫にとって本能をたまらなく刺激するものであった。ただ本能の赴くままその小さな前足を伸ばしそれに触れてみる。


ぺちぺち


ぺちぺち


足の裏についたまだ薄桃色の肉球でそれを軽く叩いてみる。

予想どおりの心地よい感触にそのくりくりとした目を輝かせ更に触りつづける。


浅く深く押さえるように撫でるように。


ぺちぺちぺちぺち


ぼっ


不意にその白い物体が膨張し、その綿毛を逆立てる。

白い物体の思わぬ反撃に彼は飛びのいて、毛を逆立たせて威嚇する。

互いに威嚇にならないはたから見れば非常にほほえましい光景である。

しかし、白い物体がそれ以上反撃してこないので彼は次第に警戒を解く。

そしてそろそろと近づき、もう一度前足を伸ばす。


すると綿毛の中から一対の黒いつぶらな目が現れ彼をじっと見た。

「ツツカ・・・・・・ナイ・・・デ」

白い物体は人間には聞こえぬ蚊の鳴くような声で前足を伸ばしたままあまりの衝撃に思考が停止している子猫に話し掛ける。

「しゃべった! 」

人間が聞けばおそらくただの猫の鳴き声にしか聞こえぬが、彼は前足を下ろして叫ぶ。


「……君はなあに? 」

白い綿毛にそっと鼻先を近づけ子猫は問う。

その口元から小さな牙が覗く。

綿毛はふるふるとその身を震わせ、こう答えた。

「ケサラ・・・・・・ン・・・・・・パサ・・・ラン」

そうこたえると、それはふわふわと浮遊し、子猫の頭の上に舞い降りた。

子猫は目をぱちくりと開閉するがまあいいかと満足気に目を細め尻尾を揺らし、自らのねぐらへケサランパサランを乗せたまま帰っていった。


そんなこんなで子猫とケサランパサランという謎の生物の奇妙な共同生活が始まった。







春が近いがまだ寒い。

春というものを知らない子猫であったが日差しの暖かさだけは知っていた。

ぽかぽかと太陽の光が差す中、子猫は目を閉じたまま気持ちよさそうにからだをくねらせる。

その毛足の長い毛皮から時折白い綿毛が出てきては日差しに驚き引っ込んでいく。

あれから数日、子猫とケサランパサランはそんな日常を過ごしていた。

「ねえ、ケサパサ〜あそぼうよ」

ゴロゴロするのに飽きてきた子猫は軽く伸びをし、毛皮に潜り込んでいるケサランパサランに問い掛ける。ケサランパサランの名前は覚えきれなかったのかケサパサと呼んでいるのはご愛嬌である。

すると彼のお腹のあたりの毛が僅かに盛り上がりふるふると揺れる。

どうやら出てきたくないようだ。

「……話すくらいしてくれてもいいのに」

ケサランパサランはあの後から一言もしゃべらない。

子猫のもこもこの毛皮がいたく気に入ったのかいつも潜り込んでいる。

どうにも日光が苦手なようで夕方ぐらいしか姿をあらわさない。

子猫はというと奇妙ではあるものの一緒にすごす仲間が出来てうれしいようだった。

不意に日の光がかげり、子猫はうっすらと目を開け、身を起こす。

「そろそろ時間だねぇ」


そして尻尾を一振りし寝そべっていた塀の上から飛び降りた。





猫達の集会所。

ここら一帯にすむ猫達はこの街に一軒だけある赤い屋根の家に集まる。

そして会議というより世間話に興じる。


「うちの飼い主がさ……」

「メシが……」

「二丁目の魚屋が……」

まあマイペースな猫ならではのとりとめのない愚痴や情報交換だ。



「ひま〜」

「そうだねぇ」

そんな輪の中に入らず子猫は暇そうにそんな様子を見つつ、同じく蚊帳の外な老猫にじゃれかかっていた。

御歳十八になるというその雌猫はまだまだ幼い彼のしたいようにさせながら目を細める。

あまりに幼いため。

あまりに生き過ぎたため。

二人は井戸端会議の輪に入れてもらえずただ近くにいるだけであった。

集会に出て来ているのは惰性とも言える。


「ねえ、ばばさま」

会議の様子を見つめつつ子猫は隣に座る老猫に退屈を紛らわせるように話しかける。

「姐さんと呼びなさい」

気だるげに老猫はそう子猫に返す。

猫といえど若くありたがるようだ。

「だってみんなばばさまって呼ぶよ? 」

子猫は当然そんな真意など分かるはずはなくきょとんと首をかしげる。

「……まあどっちでもいいわ」

そんな様子にいちいち食ってかかるのも大人げないと判断したのか老猫は呟き、猫達の会議に目を向ける。


「そろそろ春だなぁ」

「最近花粉ひどくね? 鼻水がひどくって」

「飼い猫はひ弱で困るねぇ」

「何か言ったかコラァ」

猫の会議は花粉症の猫とそれを揶揄した他の猫との間での口喧嘩に拍車がかかりつつある。

まあいつもの光景といえばそうである。



「ばばさまは春って何のことかわかる? 」

それを傍目に老猫の背中に寄りかかりつつ子猫は問い掛ける。

老猫は眠いとばかりに軽く欠伸すると、前足の上に顎を乗せつつのんびりと答える。

「そうだねぇ……暖かくなること、お前みたいな子猫が増えること……やっぱり一番は桜が咲くことかね」

「さくら? 」

子猫は身を起こし老猫の顔を見つめつつ首をかしげる。

「……言葉より見せたほうがいいかね。ちょっとついておいで」

老猫は子猫の顔を見て一瞬考えた後突然身を起こし、ついてくるように促す。

子猫は促されるまま彼女のあとを追った。



それからしばし二匹は路地をくぐり、人の通れる道、通れない道を歩いて行く。

元々猫の会議なんて二匹にはあまり関係が無い。

抜けた所で問題は無いのだ。



「ほら、これが桜だよ。この街で一番大きいんだ」

しばし歩いて到着した丘の頂上に座する大木を前に老猫は足を止める。

子猫は多少疲れた様でへたり込んでしまう。

「疲れたかい」

「だいじょうぶ。この枯れ木がさくら? 」

ふるふると首を左右に振り子猫はその木を見上げる。

その木は子猫も知っていた。

だが彼は生まれてからこの木に花どころか葉がついているところも見たことが無く枯れ木だと思っていた。

「枯れているわけじゃない。花を咲かせるために冬の間はお休みしているんだよ」

「ふうん」

老猫は首を振りつつ子猫に語りかける。

子猫は首をかしげつつ納得したようで頷きつつその木をじっと見つめる。


「あと少しすれば薄桃色の花が木いっぱいに咲いて花びらが雪のように落ちてくるんだよ」

「見てみたいかも……」

その言葉に子猫はどんな光景を想像したのかわからないが目を輝かせる。

そんな彼をほほえましく思いつつ老猫は続ける。

「私もこれが毎年楽しみでねぇ。あと何回見れるかわからないけど毎年花が咲くと見に来るんだ」

彼女も猫としてはもう年寄り。体力も衰え、毛の艶が無くなり食が細くなっていることに気がついては愕然とし最近は視界も時折霞んできている。

来年見れれば万々歳だと思っている。

「じゃあさ、さくらが咲いたら一緒に見に来ようよ」

じっと木を見つめていた子猫は不意に老猫に向きなおりそう提案する。

「それはいいね」

老猫も僅かながら声を弾ませる。

「僕、毎日ここにきて花が咲いたら教えてあげる。ばばさまここまで毎日来るの大変でしょう? 」

約束だよ、と子猫は前足の肉球を差し出す。

「よろしく頼むよ」

老猫も己の前足のそれをそっと合わせた。






――夜

「ねえケサパサは春って何なのかわかる? 」

街の小さな空き地の土管の中で。

日が沈んだため子猫の毛皮から出て来てあたりを跳ねまわるケサランパサランに子猫はペタペタと怒らせない程度に触れつつ問い掛ける。

ケサランパサランはいったん跳ねまわるのをやめふるふると震える。

どうやら知らないらしい。

「僕もあんまりわからないけどさ、春になったらあの木の花が咲いて花びらが雪のように降ってくるんだって」

ケサパサも見てみたい? と尋ねるとケサランパサランはぴょんぴょんと跳ねる。

「そっか」

ぺちんと軽くケサランパサランを子猫は弾く。

「ねえケサパサ、僕は君にありがとうって言いたいんだ」

突然かしこまって話し始めた子猫にケサランパサランは訝しげにその動きを止める。

「おかあさんがいなくなっちゃって兄弟ともはぐれた僕はひとりぼっちだったんだ。ばばさまはニンゲンの家に住んでるし、いつも一緒にいられない。まだほんのちょっとしか経ってないけどケサパサに会えてよかった。いつも一緒にいられるもん」

ケサランパサランはただそんな言葉をじっと聞いている。

子猫は無邪気に問いかける。

「ケサパサ、ずっといっしょにいてくれる? 」

ケサランパサランはその綿毛の一本一本を震わせる。

そして彼の傍らに近寄りじっと身を寄せた。

「ありがとう」

子猫は目を閉じてそう心の底から感謝の気持ちを伝えた。





次の日から毎日日が昇る前に二匹は丘の桜の木を見に行くのが日課となった。

日が昇る前に行くのはケサランパサランが太陽が苦手であるからだ。

ツクシが顔を出し、菜の花が咲きだんだん周りの景色は春らしくなってきた。

そんな様子に興奮を覚えながら子猫は毎日桜の木を見に行った。



通い続けること一週間、ついに彼は枝の一本に小さな花を見つけた。

「ケサパサ、咲いたよ! 」

その時は日が昇るまで二匹で木の下を跳ねまわった。

老猫に報告に行こうかと思ったが花が一つだけだし、肝心の彼女の住処がわからないので次の集会まで保留することにした。



しかし、桜は一つ咲いた後は一向に咲く様子が無かった。

単に一つだけ咲く時期が早過ぎたのだろう。

確かに木の枝には固く結ばれてはいるが蕾がつき、いずれ花は咲くだろう。

だがそれが蕾であること自体を知らない子猫はひどく不安になった。

「咲かないなぁ」

頭の上に乗せたケサランパサランに不安そうに問いかける。

それに同意するようにケサランパサランは小さく跳ねる。


――瞬間


一陣の風が吹きたった一つの花があおられて枝から剥がれる。

子猫は目を丸く見開き、慌てて風に舞いながら落ちる花を追う。

花は風に舞いつつやがて追いついた子猫の目の前の地面に落ちた。


前足をそろえて止まった子猫の前には無残な姿の桜の花が転がっている。

子猫は小さくその肩を震わせると、小さくにゃあとなく

たった一つのお花が……

心の中の思いを人間の言葉に直すとそんな感じだろう。

もう他の花も咲かないんじゃないかと彼は思った。

そんな彼の様子を見つめつつケサランパサランは彼の頭から飛び降り彼の前に降り立つ。


そして小さくその身を震わせ、声を発した。

「ハナ……サイ…テホ……シ……イ? 」

出会った時と変わらない蚊の鳴く様なたどたどしい小さな声。

久方ぶりに発したその言葉にはいかなる思いが込められているのか一対の眼のついた白い綿毛でしかない外見からはうかがい知れない。

――しかし、その言葉には発するだけの必要性があるように見て取れた。


その問いに対し子猫はしょんぼりした顔のまま小さく頷く。

「……ソ…ウ……………」

ケサランパサランはその返答に何かを思案するように眼を伏せる。

「とにかく……帰ろう。もうすぐおひさまが昇る」

小さく頭を振り、子猫はケサランパサランに前足を差し出す。

それに応えて、ケサランパサランは前足を踏み台に子猫の頭に乗り、その毛皮に身を沈めた。





――その夜

いつもと同じく二匹は月明かりの下でじゃれあった後土管の中で身を寄せ合って眠っていた。

夜が更け寝つきの悪い子猫がやっと寝息を立て始めた頃、ケサランパサランは双眸を開き、土管の中から這い出て行く。

土管の縁でいったん停止し、振りかえる。

「みゅううう」

タイミングよく子猫が唸る。

目を覚ましたか、とケサランパサランは身を固くするが、それ以上動く様子はないことを確認すると、身を震わせ、本当に本当に小さく呟く。

「イママデアリガトウ。タノシカッタ」

それは小さいながらも滑らかに発せられ、言い終わるや否やケサランパサランは土管の外へ消えて行った。

そして夜の道を小さく跳ねるようにある場所へ移動していく。


ケサランパサランは自分が何なのか今まで分らなかった。

名前がケサランパサランというのは知っていた。だがそれ以外は何もわからなかった。

もしかしたらこの世に生まれおちた頃には知っていたのかもしれない、だがその記憶は失われていた。

何かやらねばと思いつつ、それが何なのかわからなかった。

子猫と出会い、共に過ごすことで自分の存在が何でもよいという気分になっていたのだが……やはり自分の背負っているらしい定めから逃れることはできなかったようだ。


「ソレデモイイ。ボクハマンゾクダカラ」

ケサランパサランの視線は、遠くに見え始めた丘、正確にはそこに聳える唯一の花を散らせ未だ他の花を咲かせぬ桜の木に向けられていた。












――次の日

まだ日が昇らぬころに丘へと続く道を子猫はひた走っていた。

その眼は桜の木には向けられておらずあちらこちらを注意深く見まわして何かを探していることが分かる。


「ケサパサッどこにいっちゃったの? 」

いったん止まり、肩で息を吐きつつにゃあとあたりに響くように鳴く。

そう、彼はケサランパサランを探していた。

朝起きたらいなかった。あたりを探してもそれらしき姿は見当たらず、もしかしたら桜のところへ向かったのかもと思いつついつもそこへ向かう時に通る道を探しまわっていた。

その胸の奥には昨日のそれの態度が引っ掛かっていた。

突然意味ありげな言葉を発したことが無関係とは思えない、彼の勘がそう告げていた。

走り続けやがて桜の木がはっきりと見える場所まで辿り着く。

そして何気なしに顔を上げ――息をのんだ。




……咲いている。

そう、彼の目の前の昨日まで蕾はついていたものの枯れ木のような色合いだったそれは薄桃色に変化していた。

時折風に揺られて薄桃色の花びらが雪のように幻想的に舞う。

昇りはじめた朝日がそれを幻想的に照らしその美しさに子猫は小さく息をのみしばし見入った。

不意に我に返り、ケサランパサランの捜索を再開したがついに見つかることは無かった。




「本当に綺麗だねぇ」

老猫は咲き誇る桜に目を細め呟く。

「うん、そうだね」

子猫は心ここにあらずといった様子で同意する。

肩を落として帰路についた時、偶然あの老猫に出会った。

そして再び子猫は老猫とともに桜の木の前に戻ってきて急に咲いたそれを見上げていた。

確かに桜は老猫の言ったとおり綺麗だった。

暖かくなってきて、春が来るということも何となくわかった。

だが。


「何かあったのかい? 」

そんな様子の子猫に老猫は訝しげににゃあとなく

「ともだちがいなくなっちゃったの。昨日の夜までに一緒にいたのに」

そして彼は昨日の朝、たった一つしか咲いていなかった花が散ってしまったこと、そしてケサランパサランのことを話す。

「何でケサパサがいなくなったんだろう。さくらがこんなに咲いたのに」

俯き、寂しげに呟く子猫に、老猫は苦笑する。

「多分……そのお友達は春を運びに来たんだよ」

彼女はわかっていた。ケサランパサランという存在が何なのか彼女が子猫の頃に親猫から聞いたことがあったから。



――だが、彼女は子猫に真実を伝える気は無かった。



「そうなの」

「そうよ。また春が来るときに会えるかもしれない。絶対ってわけじゃないけど、いつか待ってれば、ね」

その言葉に子猫はぱっと表情を明るくする。



「じゃあ、待つ」

そう呟きつつ、桜の木を見上げる。



――たとえ会えなくても、この数日間のことは決して忘れないとその胸に刻みつつ



長文をお読みいただきありがとうございます。桜の季節に合わせて勢いで書いてみたものの何か長くなってしまいました。

ケサランパサランは白い綿毛のような願いをかなえてくれるという謎の生物。

調べれば載っています。今回の話を書くことにおいて若干設定を変更したりしていますがご容赦ください。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ども、近藤です。  書くことに自信を持っている人の文章は読んでいて安心です。素晴らしい。  ほのぼのとしたお話なのでしょうが、近藤は読んでいて背中に刃物を押し付けられているように緊張しまし…
2008/04/01 02:12 退会済み
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