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 13歳の時初めて佳之と同じクラスになって、その頭の良さ、優秀さに別世界の人だと思っていた。無愛想で口も悪くて、上から目線で印象最悪(よくある話)。でもからかうとちょっと面白くて、ついちょっかいかけてしまって。そのうち、実は優しい所も知って好きになって……佳之と同じ高校に行きたくてすっごい勉強したなあ……佳之のおじいちゃんとおばあちゃんが、母子家庭でお金がなくて塾に通えない私に、この家で一生懸命私に勉強教えてくれて。そのうち佳之のお父さんとお母さんも加わって、最後の方は毎日泣きながら勉強したっけなあ。

 一緒の高校に受かった時に、佳之が真っ赤なチューリップの花束くれて……ふふっ、カードにね、WebページのURLが書いてあって……そこにそのチューリップの花言葉が載ってた。意外とロマンチストなんだよね。


「Allegrosso (アッレグロッソ)の花言葉:あなたといる時が 一番楽しい」


 それで正式に付き合い始めて、今に至る、っていう……そうだね、もう私達付き合い始めてもうすぐ15年も経つんだ。途中遠距離の時は私はそんなに不安じゃなかった。この家にいれば佳之は帰って来るし、大体他の女性に興味もちそうになかったし、あの性格だから絶対もてないと思ってた。佳之はああ見えて私の事は結構心配してたみたいだけど……


 良く続いたよなあ、って自分でも思う。でもね、ここだけの話、結婚は迷ってた……私なんかでいいのかな、って。だって、モテないと思ってた佳之が研究でちょっと名が知れるようになった途端、ちやほやされだして綺麗な女性がいっぱい群がって来るようになっちゃって。才色兼備でモデル並の超スタイルいい人とか、お人形さんみたいに可愛い人とか、もう私なんて霞んでしまう、佳之とはやっぱり不釣合いなんだ、って泣いたっけ……


 そしたらお祖母ちゃんが……大丈夫よ、って慰めてくれた。

「菜摘ちゃんは、佳之とだったらどんな茨の道でも……例えば仕事や名誉、財産を失っても、一緒に生きて行こうと思える?」

「……うん、だって元々そんなものない時からの付き合いだし」

「だったら大丈夫、あの子もきっと同じよ。二人なら、どんなに深い森で道に迷っても助け合って励まし合って生きていける。あの子は研究しか頭にないけど……きっと、そんな菜摘ちゃんを大事にするはずよ。そういう風に育てたんだもの」


 そして、その言葉の通りのプロポーズだった。なんでもない、ごく普通の日、こうして海に光を散らす満月を眺めている時だった。


「なあ……俺は研究のことしか頭にない。だから世間ずれしてるし、これからも菜摘には苦労をかけると思う。それでも、ずっとこの家で一緒に生きていってくれるか」


 最初、それがプロポーズなのだとわからなかった。

「……ずっと? ここで?」

「ああ」

 私がこの家に住むことになって少ししてからのことだったので、あまり深くは考えなかった。

「うん、まあ別にいいけど。お祖母ちゃん心配だし」

「……お前なあ、わかってんのか。一生、ってことだぞ」

「え?」

「え、じゃねえ、バカ」

「え、あの……その、もしかして」

 改めて佳之の顔を見ると、月明かりしかないのに真っ赤になっているのがわかり思わずこっちも照れてしまった。そうか、これってプロポーズなんだ!

「佳之……」

 佳之が赤くなってるのが面白くて、でもなぜか目からはどんどん涙が溢れて止まらなくて。嬉しくて嬉しくて。

「いいんだな?」

「あはっ、……は、はい、ははっ、ふふっ」

「何笑ってんだ、ほんと変な奴だな」

「よ、佳之にっ……言われたくないっ、あはは」

「……バカ」

 腰を引き寄せられ、指で軽くおでこをはじかれたかと思うと、優しいキスをくれた。


――つまらない意地を張るのはよそう。あの時嬉しかった気持ち、忘れてた。



 朝、目が覚めると佳之はもう庭に出ていた。掘り返したところに、どうやらボカシを混ぜ込んでいるようだ。

「おはよう、佳之」

「お、……おはよう」

「ねえ、そこ、何植えるの」

 そうだ、最初から素直に聞けばよかったんだ。

「ああ……これ」

 指さした方を見ると、2本、何かの木苗が置いてあった。棘の形からするとバラっぽい。

「バラ?」

「ま、そんなとこ」

「ねえ、そこに植えたらさあ……海が見えなくなっちゃわない?」

「……もしかしてそれで怒ってたのか」

「や、まあそれだけじゃないけど」

「おおかた、何植えるか知らない、とか俺が勝手に決めたから、とかそんなことだろ」

「わかってたんだ」

「いや、今わかった」

 自分に呆れる、そんな風に肩をすくめた。そしてまた土を掘り返す。ちょっと手伝って、と言われ上着を羽織り庭に降りた。佳之はその苗を、芝を剥いだ両端に深く掘った穴に入れた。

「え、こんな端っこに植えるの」

「お前鈍いな、まだわかんないのか。ほら、あれ」

 指差した方には、家の壁にスチール製のアーチが立てかけてあった。

「……あああ! なるほどね!」

「一緒に住んでるとサプライズにならなくて面白くないな。これ、教授の友達が作った品種でさ、つるバラなんだ。本当の事言ったら今は植え替えには適さないけど、まあその辺にも強い品種らしい」


「じゃあ……海、見えるんだ」

「そういうこと」


 ちょっと得意気。私が押さえている苗に土をかけ始めた佳之と目が合った。いつの間に、こんな優しい目をするようになったんだろう。嬉しくて思わず微笑むと、手を止めて頬に優しくキスをしてくれた。

 そして何事もなかったかのように、また土をかけ始めた佳之の耳が赤くなっていた。ああもう、30にもなろうかっていう男が……


 二つの苗を植え終わると、その教授の友達が苗と一緒に送ってくれた特別な肥料の入った水をたっぷりとかける。今日はこの季節の割には温かいからまあ何とかなるだろう、と今後はその苗が植わっていない場所に新しい芝のシートを置いていった。

「こっちの方が根が付くか心配だよ」


 ブツブツ言いながらそこにはまた違う肥料を撒く。そろそろ終わるな、と思い家に上がってコーヒーメーカーをセットしていたその時、お祖母ちゃんが血相を変えてリビングに入って来た。


「ナナコさん! あの人が、あの人がいないの!」


 ああ、今日は「過去の日」なんだ。

「お祖母ちゃん、落ち着いて。ほら、庭にいるわよ」

「……ナナコさん、何言ってるの。あれは佳之でしょう。あの人、がいないの!」

「……え?」

 これまでとは違うパターンだった。私はナナコさんで佳之は佳之で、お祖父ちゃんがいない、と。えっ、どうしたらいいんだろう、何て説明すれば……

「それに、菜摘ちゃんは? どこに行ったの?」


 えーっ! 私が、私じゃないの?! 一体、どうしたらいいんだろう……!



 念の為……よく二人が「バカ」と言いあっており、中には不快に感じられる方もいらっしゃるかとは思うんですが、関西弁で言う「アホ」と同じようなものだと思っていただけるとありがたいです。

 私の住む県では愛情を込めて「バカ」を使います。佳之、口が悪いって言ったって子供の頃からお祖母ちゃんに相当怒られてるんですけどね、治りません。

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