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第八話「体術」

 オフシェの家に滞在してから、朝を迎えるのが二桁を越えた辺り。未だに左腕がない事に慣れないけども、日常生活を送る分には問題がなくなってきていた。生活していて思ったのだが、北の区域は荒廃した大国の領土とは思えないほど、緑豊かで静かな場所のようだ。執事が言うには、都心から遠く離れた郊外まで位置しているとのこと。

「ちっ。これで!」

「中々、いい掌底ですね。それでは、これで」

 私は体力が戻ると、すぐにオフシェと組手をしたいと申し出て、家の傍にある樹の下で日々、手合わせしている。風で揺れ、セーラー服のスカートが戯れるように揺れた。けれども、今はそんな事に気にかけている余裕はない。私が片腕ないということで、オフシェは右腕を使わないという制限をつけているのにだ。

 私が放った掌底を、最低限の動きで受け流されて、腕を掴まれて投げられる。草木が生い茂る大地に叩きつけられる前に、素早く受け身を取ってオフシェを睨む。そこにオフシェの右足の蹴りが容赦なく襲いかかってきて、私はそれを腕で受け止めた。けれども衝撃までは抑えきれず吹き飛ばされ、素早く体勢を立て直す。

 伸び伸びと育った草を踏みつけて、力を込める。懐に滑り込む様に近づいて左足で下段攻撃、狙うはオフシェの転倒。扇を描くような地を這う蹴りを、難なく飛んで避けたオフシェの隙を見逃さない。

「そこっ!」

 薙いだ左足を止めて軸にして、右手で体を支えた。右足の後ろ蹴りで顎を捉えるけれども、掠り傷つけることなく左手で、受け止められてしまう。腕を掴まれた時も思ったが、彼女は怪力の持ち主だと確信する。受け止めた左腕一本が私の足首を掴んで投げ飛ばされて、私は緑豊かな大地とキスをさせられてしまった。

「今日はここまで、ですね」

「……加減してもらったのに、このざまなんて」

「そういう時も、あります」

 起き上がる私に手を差し出して、オフシェは笑う。むしろ、片腕だけでそれなら上出来だと言わんばかりに。素直に喜べない私は、起き上がって誤魔化すように、声をあげた。

「執事と口調が似ているけれど、そこも師弟関係だから?」

「そうですね。あの頃の彼はスポンジみたいに、なんでも飲み込みが早かったですから」

 あの胡散臭い、今ではオフシェの家で料理当番をさせられている執事が、お行儀のいい子だったとは。北の区域に来てから、驚きの連続で私は毎日が楽しくて仕方ない。空気の淀んだ瓦礫の下で、懸命に一人で生きていた頃など、そんな余裕もなにもなかった。味方なんて一人もいなかった頃に比べれば格段に、幸せで裕福な生活を送っているのは間違いないだろう。

 呆けていたらしい私に声をかけたオフシェから、何か奇妙な音がする。シュウウウといった、煙が上がっている様な音だ。不思議そうに見ると、背中に背負っていた折り畳み式の化合弓(コンパウンドボウ)の一部から煙が上がっていた。私は左腕を失った原因の一つを思い出してしまい、咄嗟に距離を置いた。

 オフシェは困ったように、化合弓を背から下ろして弓の展開を試みる。けれども、どこかで詰まっているのか完全な弓の形にはならない。

「もう数日後には、外せない用事がありますし。鍛冶屋までは少し遠いので、困りました」

「それなら私が行く? 鍛冶屋までの道が分かれば、私でもなんとかなるわ」

 中途半端な形をした化合弓を折り畳んで、眉間にしわを寄せるオフシェ。そこで私は一つの案が浮かび、彼女に持ちかける。単純に、鍛冶屋が気になるというのも本音の一つではあるが。提案を聞いたオフシェは嬉しそうにするけども、ハッとして一人では危ないと口をへの字に曲げる。

「なら執事を連れていくわ。それなら問題ないでしょう?」

「ああ、うっかりしてました。どうも昔に戻ったような、そんな感覚でいました」

「少しだけなら、過去に浸るのも悪くないわ」

「……そうですね。では、お願い致します」

 折り畳まれた化合弓を受け取って、私は大きく頷く。ここから東に進むと、いかにも鍛冶屋という場所があるからとオフシェはざっくりと説明して、出発は明日に決まった。

 オフシェの家で、昼食を取りながら執事に事情を説明すると、大きく頷いて任せてくださいと笑顔になった。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべるけど、どこか口調が優しくなった気がしないでもない。そんな事を言えば嬉しそうに、眩しいほどの笑顔を向けられる気がしてしまい、私は心のうちに留める。私の気持ちも露知らず、執事は皿の上に置かれた肉を切りながら、問いかけた。

「左腕はどうするのですか? 一生腕なしというわけにもいかないでしょう?」

「んー、そうね。義手か、武装された機人族の腕部品にしようかしら」

「それならば、鍛冶屋で義手を探しましょう。私も過去に、オフシェに鍛冶屋までお使いを頼まれた時がありまして。その時に、腕利きの鍛冶屋がいると聞きました」

「腕利きねぇ。素敵な義手を作れる人だといいんのだけれど」

 失った左腕を見て微笑む。将来、左腕の代わりになる新しい腕を楽しみにしながら。

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