第六話「左腕」
激痛と共に自由になった身が、球体から滑り落ちる。視界に入るのは、もがれた私の左腕。アスファルトに叩きつけられる前に、執事が私を受け止めた。痛みを誤魔化すように、私は彼に言う。
「……ティーセットは、どうしたの?」
「秘密です」
珍しく、胡散臭さを感じさせない執事の笑みに、どこか暖かさを感じる。彼がどこからか取り出した医療緊急キットを使って私の左腕を止血した。医療緊急キットは二人組から押収したのだろうけど、止血出来るような技術があるとは。それを見ていたであろう白衣の女が、球体から出てきて嘲笑う。
「あらあら! 口の割に呆気ないわ! この左腕はどうしましょう?」
「返してくださると、嬉しいですね」
「あら、そう? なら返してあげる!」
執事の言葉に仕方なさそうに、鋼鉄の腕にもがれた私の左腕を投げてきた。それを受け止めるのは、機械仕掛けの長剣を片手で肩に担いだユルト。血で汚れるのも構わず、左腕を執事に渡す。大事そうに受け取った執事は軽く礼をする。それを見る前に背を向けて、私達と白衣の女の前に立つ。
「こちらの問題だからな。ちゃんとした借りは、後で返す」
「そうですか。では、最後は彼女にお願いします」
「おう、引き継ぎは任せろ」
ボロボロになった長剣を両手で構えて、切っ先を白衣の女に向けて対峙する。その行動を見て、女は面倒だと言わんばかりに大きく溜め息を吐き、ユルトに冷たい視線を送る。その視線は、幻滅したと訴えかけているようだ。
「少し煽られただけでそれか。相変わらずだな」
「あらあら! 世の中、やられる前にやるべきだと思わない?」
「そうだな」
鋼鉄の腕が襲いかかり、それをユルトが剣で受け流して、軌道を変える。金属同士が音を響かせて、辺りに火花を散らす。次に襲い掛かるは、もう一本の腕。彼は決して逃げる事なく、その腕を長剣で受け止めた。先端のペンチ形状が、私の時の様に長剣を少しずつ挟み込む。徐々に力が増していくそれに、剣は悲鳴をあげた。
「ふふふ。刀身は別にいらないから、そのまま鉄屑にしてあげる!」
拡声器片手に、嬉しそうに声をあげる白衣の女が騒いでいる時、一発の銃声が鳴り響く。それは、近場のマンションの一室から放たれ、無防備となった白衣の女の側頭部を撃ち貫いた。
球体から出ていた女は重力に逆らうことなく、そのままアスファルトに激突したのを確認してから、狙撃手とは思えない少女がマンションの一室から顔を出して、軽く手をあげるのが見えた。それを見て私は安堵の息を吐く。
正直、痛みを耐えるのはもう限界まで来ている。敵がいる状態で意識を手放すなんて恐ろしい事は出来ないというのが私の考えだから。この二人組と執事なら大丈夫だろう。私は薄れゆく意識の中、執事に一言伝える。
「……あと、よろしく」
「お任せください」
執事は、私に微笑んで頭を撫でてくれた。恥ずかしかったけれども、どこか安堵した私は意識を手放した。
後から聞いた話だけれども、私はその後、死んだ様に意識を手放したという。全く、失礼してしまう。素早く止血して、出血多量になるのを防いでくれたのに。輸血も、奇跡的に執事と血液型が一緒だったのも幸いした。
けれども私の左腕は、元通りになる事はなかった。執事の医療技術はあくまでも、応急手当程度が限度だったらしい。
それに、廃れた国にそんな設備など数えるくらいしかないだろうから、腕一本で済んだのならば安い。死んでいない限り、まだ次がある。そんな事を言うと、旅人二人組と執事に怒られてしまうのだから、思うだけに留めるけれど。
私が意識を手放してから目覚めた時には、どこか清潔そうな部屋のベッドの中にいた。ベッドの近くにある窓から差し込む光で、今は日中なのだと理解する。
朦朧とした意識の中、兄さんが私にサバイバルナイフをプレゼントして貰った、あの日の夢を見ていた気がする。誕生日を理由に、私が無理にお願いして、兄さんが困ったような表情をしていたっけ。本当は、兄さんを守れるくらいに強くなりたかったけれど、今どこにいるか解らない。
プレゼントして貰った時に、兄さんから言われた言葉があるからこそ、私は生きているのかな。そんな事を寝ぼけながら考えていると、誰かが歩いてくる音がした。
私は慌てて体を起こそうとすると、上手くバランスが取れない。一体なんだと思えば、左腕がないではないか。そうだ、あのマンション街で失ったのは現実なのだ。服装も気付けば、病人が着るような簡易的な服に変わっていた。懸命に体を動かしていると、足音が徐々に速くなり、私の前に姿を現した。
「白さん!?」
「誰の名前よ、それ」
「え、執事さんが白狼って名前だと言ってましたよ? 今は横になってください」
「貴女は確か。旅人二人組の一人よね」
「ちゆりです。よろしくお願いします」
水色のツインテールを揺らして、笑顔を私に向ける。もし妹が出来るなら、こんな子がいいな。そんな余計な事を考えつつ、彼女と握手を交わす。私が疑問に思っていた事を先回りするように、ゆっくりと言葉にした。彼女が窓を開けると、草木が揺れる音と風の声が部屋に響き渡る。
「マンション街の先にある、北の区域ですね。ここは、執事さんのご友人のお宅です」
「ここが、北の区域……私の目的地」
執事は北の区域が目的地と言っていた。ここに私が強くなれる何かがあると思うと、自然に右手に力がこもる。ちゆりは食べ物を持ってくると言って、部屋から出て行くと入れ替わるように、執事が入ってくる。
彼は申し訳無さそうに、頭を下げた。どういう風の吹き回しだろうか、彼が頭を下げるなんて初めてみた。その状態で言葉を紡いでくる。
「私が囮になれば、こんな事にはならなかったかと。申し訳ありません」
「済んだことは仕方ないわ。それに、実際に気に入らなかったのだから」
「ですが、次からは私が前に出ます。それでいいですね?」
「邪魔しない程度なら、構わないわ」
執事が責任を感じているだなんて。とてもそんな表情してるとは思えない表情に笑うのを堪えて、私は適当に対応する。執事が顔を上げて頷いていると、ちゆりとはまた別の人物が部屋に入ってきた。